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蛇の神様

作者: カサキ

 元来、生き物には天敵という概念が存在する。


 例えばネズミ。猫を感知すると逃げ出す。これはその遺伝子が存在するそうだ。その部位を欠損させたネズミは猫が近づいても逃げないという。


 人はと云うと、恐ろしいモノを祭り上げて自分たちの神様にしてしまう、毒をもって毒を制す、ではないけれど、それに近い考え方があるかもしれない。


 そして私。予想外の事が起こると、全く関係無い事を考えてしまう。いや、関係ないことはないかも知れないけれど……。


 日本には蛇神信仰が存在するなあ。あれって神様の使いだっけ?白ヘビだよな。でも、主様、なモノも存在するねえ、日本は。あ、これは信仰じゃないな。蠱毒、だっけ?なにか恐ろしげなものもあった様な…。いやいや、私、蛇とか蝸牛とか足の無い地上生物は大嫌いで苦手だから良くは知らないよな。でも、蛇って人間の遺伝子に怖いと刻み込まれてるよ、絶対に。じゃないと、世界中の国々の神話に善神邪神で出て来るわけないって。


 今現在、私は絶賛現実逃避中だ。


 谷本優理(たにもとゆうり)、二十歳。実家から電車で一時間半の某女子大に通っている。現在、バイトをリストラされ、夜の予定は空っぽだ。彼氏も年齢年間いない。


 夜の八時。家族がまだ帰ってきていない時間。


 部屋を開けたら、蛇がベッドの上でトグロを巻いていた。


 ……ギャー! ギャー!! 何あれ何あれ何あれ何あれ何あれ!! どこの馬鹿が逃がしたのよ!! 警察!? 消防!? どこに電話したらいいの!?


『落ち着け。私は蛇ではない』


 落ち着けるかって! どう見ても大蛇じゃない! アミメニシキヘビ?アミメニシキヘビじゃない!? 三メートルはあるよ!?


『だから、蛇ではない。私は神である』


 はあ!? アミメニシキヘビが神様ぁ!? 蛇が神様って、白蛇だけじゃないの!


『とあることでチカラを無くしてな。療養するために取った姿だ。爬虫類の蛇ではない。取って食わぬから、こっちにおいで』


 ええー!? 何それ、信じられん!近づいたところで、巻き付いて窒息死させるんじゃないの? ちょ、尻尾でおいでおいでしないでよ! て、蛇の尻尾て、なに!?


『蛇ではないと言ってるだろうが。お前も疑い深いな』


 当たり前でしょー!! 私、蛇が一番嫌いなんだから!!


「て、言葉が分かる!?」


『……鈍いな、お前……』


 ベッドの上でトグロを巻いたアミメニシキヘビは器用に溜息を付いた。……何が起こってるの??



**************


 私は、足の無い生き物が苦手だ。そして、苦手で嫌いなものを見付けたら、目を離せなくなってしまう。どこに行ったのか分からなくなるのが怖いのだ。


 なので、苦手なものほど凝視してしまう、という矛盾が出て来る。すると、脳内容量を超えてしまい奇行に転じる。怖い怖いと言いながら実は好きなんじゃないの?と言われることもしばしば。自分でも良く分からない行動だなあ、とは思うけど。


 アミメニシキヘビの自称神様はトグロを解き、ベッドに長々と寝そべった。……寝そべる? 寝そべる?? 長く伸ばした、が正解か…? いや、ベッドの上に収まった、が正しい?


 私はベッドの横で正座だ。


 アミメニシキヘビの自称神様は尻尾(…尻尾?尻尾!?)をパタパタ動かし、頭をもたげた。舌がチロチロしてますけど…! 私、捕食されるんですかー!?


『だから、食わぬと言ってるだろうが』


 器用に溜息を付いたアミメニシキヘビの自称神様はつぶらな瞳で私を見据えた。だから、舌がチロチロして気持ち悪いって!!


『すまんな。この、お前が言う蛇の姿が一番効率がいい。許してくれ』


 許すも何も、さっさと出て行けっての。うえ。涙出てきた。


『そういう訳にもいかぬ。チカラを取り戻すのに暫くかかる。故に、ここに置いてくれ』


 はああああああ!? なにこの蛇、何を言ってやがるんですか!? 意味分かんない! 意味分かんない!!


『悪いな。ここの地脈のこの位置が一番良いのでな』


 はあ!? 地脈!? なに、ファンタジーな言葉を出してきてるの? 蛇なのに!


『だから、蛇ではないと言っているだろう』


 ……私の考えてること、全部、バレてる……。……まさか、神様のチカラ……?


『お前、馬鹿だろう。口に出ているぞ。全部』


「ええー!?う、うそだー!!」


『私は会話していたつもりなんだがな…』


「えー!えー!!考えてたこと駄々漏れだったの!?」


 嫌ああああ! は、は、恥ずかしい!! はっ! まさか、私、普段もそうなの!? ギャー!!


『憐れだな……』


 アミメニシキヘビの自称神様のことは頭からすっかり忘れて、ひとしきり、心行くまで悶え転げてしまった。あははははは。はあ。



****************


「で。ここにいるだけなの?」


 何だか怖がってるのが馬鹿馬鹿しく感じてきた私。相変わらずベッドの上で寛ぐアミメニシキヘビの自称神様は『アミ、でよい。アミ、と呼べ』と偉そうにの給い、私は「優理とお呼びなさい」と自己紹介をした。


 ベッドの前で正座を崩して横座りになっている私を見たアミは、舌をチロチロ出しながら、視線を下げた。


『……あるものが、欲しい』


 ……!! まさか!! 無理! 無理無理無理無理、絶対無理!!


「ネズミの死骸の冷凍なんて、絶対に買わないからねー!!」


『そんなもん要るかー!!第一何だ、それは!何でそういう思考になる!?』


「蛇じゃん!!」


『蛇じゃない!!神だと言ってるだろうが!!頭に詰まってるのは藁屑か!!』


「なに、その言い方!人に頼み事する態度!?」


 傍から見たら、さぞ滑稽だろう。蛇に真剣に怒ってる乙女。冷静になってから初めて分かる事なんだけどね。うふふ。


 アミがガバーと口を大きく開けたのを見て、ハッと正気に戻った。 く、食われる…!!


「ご、ごめんなさい。……で、ネズミじゃなかったら、何が欲しいの?」


『…ネズミから離れい……』


 また、アミが溜息を付いた。太い体がうにょうにょ波打っている。うう、気持ち悪い。


『……人は、神たる私に様々なものを供えてくる』


「えぇ!?ま、ま、まさか!私の処女が欲しいとかいうんじゃないでしょうね!?」


『お前は最後まで話を聞けないのか!!愚か者めが!!』


 蛇の一括。


 ……神様、怖ー!! 窓ガラスがビリビリしましたよう。


『全く……。私が欲しいのは、酒精よ』


「……酒精……つまり、お酒?」


 ようやく話が通ったことにほっとしたのか、アミの尻尾(尻尾??)がパタンパタンと布団を打った。布団を打ち直した訳じゃないわよ!


 別に神棚に捧げたお酒でなくても良い、自分は今ここから動けないから持って来て欲しい、との事だ。


 幸い、バイト代が手元にある。お洒落する訳でも無く化粧さえしない私は、結構貯金をしている。仕方がない、この為に貯金していたんだろう。そういう風に思う事にした。


 なんで私がこんなことをしなきゃならないのか…とも思うけど。


 神様は祟るからね、丁重に扱わないと。


 ちょっとそこ!手遅れ、言うな!!



****************


 王道、とは何じゃらほい。


 お洒落も化粧もしない私にはモテる異性の幼馴染がいる。あっちからちょっかいを掛けて来るからいい迷惑だ。おかげで取り巻きの綺麗なお姉さんたちからしょっちゅう釘を刺される。


 こんな感じかな?でも残念。モテる異性の幼馴染なんていません!腐れ縁の同性の幼馴染なら一人、いる。美人ではっきりモノを言うタイプじゃありませんよ。これも残念、王道じゃない。


 普通の私には、普通の友達ばかりだ。なので、突然やってくる友達もいない。皆来る前は電話してくる常識人だ。


 しかし、別のパターンでなら王道かも知れない。


 父は企業の研究員、母は大学の教授だ。出会いは父が大学院生だったときに母が大学に入って来た、らしい。父は企業に就職し、母は大学に残った。企業と大学の薄暗い取引なんか融通してるんじゃないでしょうね。


 八歳上の姉は当時大好きだった野球選手が競艇好きと知り、「私の船番を彼が買う…!!」と斜め上の乙女心を発揮して競艇選手になるべく、二十歳の時に家を出た。現在無事に競艇選手になり、結構勝星を上げているらしい。ギャンブルは良く分からない。


 六歳上の兄は「ブルーインパルスに乗りたい」と航空高校に入学、卒業後航空自衛隊に入隊。休暇で帰ってくるたびに、ブルーインパルスの素晴らしさ、必要性を私に説明する。良く分からないが、情熱は伝わってくる。


 つまり何が言いたいかというと。家族が濃い! 非常に濃い! 顔を合わすたびに「何かに情熱を燃やせ!」と迫ってくる家族。非常に疲れる。私は、世間一般の『普通』がいいんです。


 だけど……。蛇の自称神様を匿う事になった段階で、普通で無くなってしまったのかもしれない……。


 取り敢えず、五人家族の内姉と兄は長期休暇でないと帰ってこないからクリア。父は今、会社の方の重要な開発部門にいるので、毎日帰りが遅い。故にクリア。


 問題は、母だ。このアミメニシキヘビの自称神様を見られてしまったら、確実に警察を呼ぶ。はてさて、どうしたものか。


 簡単な夕食を三人分作り、行儀は悪いが自分の分は部屋に持っていく。盆の上にはビールが乗っている。神様ご所望の酒精だ。取り敢えず、父のを拝借する。何も考えずにグラスを持って部屋に戻った。


 部屋に入ったら、小さなテーブルに食事とビールを置いた。グラスにビールを注ぐ。


 注ぎ終わったとき、ベッドの上にいたアミメニシキヘビの自称神様がうぞうぞと動いた。ウギャー!! 気持ち悪ー!!


 そして、ビールにグラスを注いだことに後悔した。飲んでる様子が丸分かりだ!! 頭を突っ込んでも届かないから、舌でピチャピチャ……。


 フンギャー!!


 はい、食欲無くしました…。


『やはりお前、馬鹿だろう』


 はい、そのようですね。食卓で食べてくれば良かった……。


 ちなみに、神様は酒の肴はいらないとの事だ。うん、ネズミの冷凍を持ってこいと言われてもねえ…。常温に解凍するとかしないとか。


『ネズミなんか食わんわ!!』



***************


 アミメニシキヘビの自称神様ことアミが我が家に現れてから、二週間が経った。十四日経った! 336時間経った!! 20,160分経った!!


 ……ごめんなさい。許してください! 二週間、自分のベッドにアミメニシキヘビの自称神様がグデグデと居座ってたら、おかしくなるってもんだ。その間、私は客用布団を部屋に持って来て寝てた。


 そりゃ、違う部屋で寝たかったけども。お酒を飲んでる時にうっすら青く光ってるのを見たら「……蛇じゃない…?」と思えて来て、かつ、親にバレたら大変だと思ったわけだ。


 神様は、祟るからね!


 今日も今日とて、酒精を頂く。


 色んなお酒を試した結果、日本酒が一番合っているとの事。時々白ワイン。冷やのまま、大きめの御椀に注ぐ。私もご相伴にあずかり、小さいぐい呑みに注いだものをチビチビやっている。するめを齧りながら。


 一日最低五合、アミは飲む。バイト代が本当にお酒に消えそうだ。仕方がない、大人しくここから出て行ってもらう為だ。涙を飲もう。


「優理、明日なんだけどね」


 ノックも無くいきなり部屋の戸が開いた。


「あら、いやだ。部屋呑みって……。アル中にはならないでよ」


「お、おかあ、さん……」


「明日ね、お母さん飲み会があるから、晩御飯要らないわ。お父さんも要らないって」


 それだけだから。と母は部屋の戸を閉めた。私の背中は汗だくだ。


「わ、か、ら、な、かった……?本当に分からなかった……!?ベッドにデカい態度で寝て私の向かいで酒を呑んでる大蛇が見えなかったの!?」


『当たり前だ。私が見えるのはお前だけだ』


「何で!?供物係りだから!?アミの下僕認定!?」


『コラー!お前、本当に失礼だな!この地の地脈の影響をお前が一番受けているんでな、私と波長が合っているのだよ。私が見えるのも、声が聞こえるのもそのせいだ』


 ええー!? 全く持って、迷惑な!


「別に特別な力がある訳でも無く、波長が只あってるから見えてるというコト?」


『そうだ。私もチカラを失っている状態だからな』


 お酒をチロチロと飲みながら『お前の意識に何等かの影響を与えた訳では無いよ』とアミは言う。うーん、チカラを失うって、どうやったらなるんだ?根本的な事を教えてもらって無いぞ。


「アミ、聞いても良いかな?」


『何だ、改まって。優理らしくない』


 かっちーん! なに、私らしくないって何よ!!


「何でチカラを失ったの?神様がチカラを失うって、ヤバいんじゃないの?アミ、ヤバい敵がいるの?ここも狙われるんじゃない?大丈夫なの?」


 そう、何の神様かは知らないけど、チカラを失うってことはそれだけの事をしたって事じゃない? だったら敵が息の根を止めにこの家に来てもおかしくない!


「アミだけじゃないじゃん!私も狙われるんじゃない!?ヤバいヤバいヤバいヤバい、ヤバいって!!どうしよう!!」


『落ち着け!ええい、この、馬鹿者!!』


 蛇の一括、大きな口がパッカーと開いたら私の蛇に対する恐怖がブワッと表に出て来て硬直してしまった。だって、怖いから仕方ないじゃん……。


『まったく……。まあ、仕方がないな。教えてやろう、私はお前の世界の神ではない』


「…………は?」


『ちょっとしたオイタをしてしまってな。大神さまに反省しろと、こちらの世界に落とされたのよ。そこで、親切なお前に拾われた』


 ……。親切って……、拾ったって……! なに、その状況変換力! いつの間にか押し入って居付いた、の間違いじゃないの!!


『時が満ちれば帰還できるとは思うが……』


 アミはそう言って窓を見た。窓の外には、掛けた月が輝いている。……まさか……!


「か、かぐや姫!?」


『はあ?』


「かぐや姫が月から落とされたのはオイタをしたから。でもでも、私、金銀ざっくざくじゃないよ!?」


『ちょっと待て』


「これからいろんな求愛が来るの!?蛇!?やっぱり蛇が来るの!?」


『待てと言うに!!私は蛇ではないと言ってるだろうが!!馬鹿者が!』


 再び、蛇の一括。はい、大蛇の大きな口がパッカー。アミ、私の扱い方を分ってるなあ……。ビクッとして体が硬直しましたよ、本当に。


『かぐや姫、と言ったか?そんなものは知らん。求愛など、絶対に無い!』


 ええー!? かぐや姫じゃないのー?


「竹取の翁は金銀がザクザクだったのに……」


『悪いな。私は、只の、異界の神の一柱にしか過ぎない』


 ……金食い虫かー!! いや、酒飲み蛇かー!! 束の間の夢よ、さようなら……。


「じ、じゃあ、結局、結論って……」


『私が狙われる事は無いし、お前も勿論ない。安心しろ』


 …………。なんだか疲れた………。


「もう、寝る。おやすみなさい」


 お風呂には入っていたけど、お酒を呑んだ後、歯も磨かずに布団に入った。アミが青くほんのりと光っているのを感じながら。


 だから、知らなかった。アミが切なそうな目で私を見ていたことに。



*****************


「バイト無いかなー」


「なに、優理ちゃん、バイト捜してるのー?」


「そうなんですよ!この子、バイトを首になっちゃってぇ」


「えー!可哀相―!」


 今、私は合コンなるものに参加している。


 酒が、マズイ。


 アミと呑んでるのは日本酒が多いが、奴は味にうるさい。ので、一緒に色々呑んだ。行き着いたのが、地元の酒蔵で造られてる地酒と、私の手に届く範囲で良い白ワイン。結構なお値段であります……。竹取りの翁ではない私には、いささかキツイ。


 つまり何が言いたいかというと、酒に対する舌が肥えてしまった、という事だ。


「優理ちゃん、お酒強いの?」


 ちょっとイケメン風の勘違い男が声を掛けてきた。私は、所詮は人数合わせ人員。会費分だけの飲み食いが目的だ。


「強いっていうか……飲める方、かな」


「だったらさあ、これ飲んでみて」


 イケメン風勘違い男、イケ勘君|名前覚えてない!)が、グラスワインを勧めて来た。セットでいくら、の中には入っていない別料金の白ワイン。


 一口飲むと、切れ味爽やかな風味が口に広がった。


「…美味しいかも……」


「そうでしょー!!いやー、これが分かる女の子、少ないのよ!」


 一杯目はカシスオレンジ、カルアミルク等々、甘いのから飲む女の子が多いでしょー。等とイケ勘君が女の子の酒談義を始めた。


 ……何だ、ただの酒好きの酔っ払いか……。一杯目からウーロン割を頼む私を見て、酒飲みだと思ったらしく声を掛けたようだ。酒飲みじゃない!! ……はず……だ。


 会計時に私は例の白ワインのボトルを買った。店のオリジナルらしく販売もしている。アミも喜ぶかも、と思いつつ店を出ると、イケ勘君に声を掛けられた。


 アドレスと番号交換?あ、お付き合い等じゃなく飲み友達ね。了解ー。てな感じで二次会にも参加せず、急いで帰路に就いた。


「ただいまー……」


 現在、午後十時。電気は付いていないし靴も無い。誰も帰ってきていないようだ。


『お帰り。優理から、酒の匂いがする……』


 ギャー!! 一瞬で体が硬直する。だってね、玄関にアミメニシキヘビがいたら、誰でもビックリするでしょう!


 アミメニシキヘビの自称神様・アミは舌をチロチロ出しながら近づいてきた。来ないでー!!


「ワイン!買って来たから飲もう!」


 ずい、とボトルを差し出せば、嬉しそうに『分かった。部屋に戻っておく』と言い残して巨体をズリズリ動かして去って行った。うええ。階段上がる様子、見ちゃったよー。


 アミが我が家に来てからもう一ヶ月ほど経った。その間に、アミは私の部屋から出て家の中限定で動けるようになっていた。見えるのは私だけなんだけどね!母に向かって口を大きく開けるのはやめてー!!


 何故、家の中だけなのか。説明を聞いても良く分からなかった。こう、区切りが結界になっていて? 地脈の一部が家の中で綺麗な対流を起こしていて? 一番濃い私の部屋でなくても動けるようになったとか。


 ……凡人だから、分かりません!


 部屋に入ると、アミがいつもの場所で待っていた。私のベッドの上だ。舌をチロチロ出している。


 蛇は、舌で匂いを感じ取るそうだ。うん、アミは神様だと自称してるけど……蛇に近くなってるんじゃない?


 ワインを御椀に注いで、アミの前の小さいテーブルに置く。それに顔を突っ込むアミ。なんだろう、この胸のもやもやは……。


『今日な、テレビとやらでパワースポットなるモノをしていたんだが』


「アミ、テレビ見てるの!?」


『ああ。なかなか面白いな。愛憎物の戯曲や地方の名物料理や』


 蛇がテレビ見るなんて……!!


『そのテレビでな。とある場所を見つけた』


「え?」


『そこに行きたいんだが、連れて行ってくれないか?私のチカラもそこに行けば完全に戻るように思うのだが……』


 蛇がテレビ見て、行きたい場所があるという。何だか、非常にショックを受けた。説明は難しいんだけどね。


「どこに行きたいの…?」


『奈良県』


 アミが言ったのは、山そのものがご神体となっている、とある神話が残っている山だった。



**************


 いま、私は列車に乗っている。体には大蛇が巻き付いた状態で。ひえー!! 人には見えないし締め付け感は無いし重さは感じないけど……!! 怖いよ!! いつ、キュ…とされるか分からないし…。アミは大分気心は知れたけど…体がアミメニシキヘビだからね!!


 家から離れて良いの?と訊ねたら『大分回復した。それにお前がいる』と言われた。生まれてからあの家で過ごし、あの部屋に住むことで私にもその地脈の残り香があるそうだ。なんだ、残り香って……意味分からん。


 奈良の町は、遠かった!! 新幹線で京都まで行き、そこから在来線に乗り換える。まれに、私を見てギョッとする人がいた。アミが見えてるんだろうか……。うん、気にしちゃいけないよね!!


 奈良の有名どころの神社仏閣を見て回る。アミはキョロキョロ頭を動かすだけで私から離れない。


 ああああ……。なんだか私を見て一歩下がる人が明らかに増えたんですけど。お坊さんだったり神主さんだったり、若かったり壮年だったり。一度は拝まれてびっくりした! いくら神様だとしても、アミメニシキヘビだよ、恰好は……。


 アミ曰く、魂の位が高いらしい人はアミが見えるという。修行した為だったり生まれつきだったり……。


 聞けなかったけど…私の「波長が合う」てのは、やっぱり特殊でないか?


 今日はそのまま、お宿へ向かう。


 お風呂に入り(アミは絡みついたままだ!厄介な!!)、美味しい料理に舌鼓を打ち、寝床を設えて貰ってからお酒を頼んだ。地元の銘酒を一本。よほどの呑兵衛だと誤解されたなあ、あの仲居さんの表情だと…。アミだけじゃなくて私も呑むけどね。


 荷物の中から、アミ専用の御椀を出した。そこにお酒を注ぐ。アミは嬉しそうに飲み始めた。うん、表情の無い爬虫類なのに、蛇なのに、嬉しそうなのが分かるようになってしまいましたよ!! あ、一応自称神様、だけどね。


『この土地は、良いな』


 お酒をチロチロと呑みながら、アミは感慨深く言った。


「途中の京都は?あそこも神社仏閣は多いけど。ま、駅で乗り換えしただけだから分かんないかもだけど」


『ああ。あそこか。あそこは、駄目だ。私には合わない。人が、多すぎる。人気が強いな。反面ここは、人がいても揺らがない。私には合った土地だ』


 私には分からない事柄で判断したようだ。第一、奈良が良いのなら始めから奈良に現れればいいのに……。何で私の部屋だったのよ。


『それは仕方がない。弱った体では、私が負けただろう。始めから奈良では、私が奈良に取り込まれていただろうな』


 ……うん、分からない。酔った頭じゃ何が何だか。


「結局、今だから奈良に来てよかったの?」


『そういう事だ』


 アミが私の部屋に現れてから初めて! 初めて同じ布団に寝た!! 離れられないのと、布団が一組しかないから。ええ、そうですよ! アミは布団を被って布団の中で寝るんです!! 神様も睡眠って必要なの!?


 まあ、巻き付く感じはあったけど重さも締め付け感も無く、肌触りも恐怖を感じる事も無く、朝までぐっすり。酔ってたのもあったから良かったのかなあ…。


 目覚めは意外と爽やかだった。


 アミは既に目を覚ましていて、顔を窓の方に向けていた。


 うん、そうだね。目覚め一番に蛇の顔を見なくてよかったから、爽やかだったのかもしれない。


 朝食を取ってから、今回の旅の目的地に向かう。長閑な風景を見ながら、列車に乗った。


 目的地となった神社。大きな拝殿に立派な鳥居。私は拝殿で参拝した。


「余計なモノが付いてますけど、お許しください!!」


 アミがテレビで見たパワースポットなるものは、拝殿よりも信仰対象となっているご神体の御山の方だという。うーん、社務所に申請すれば入れるみたいだけど……。こんなモノ(アミメニシキヘビの自称神様の事だ)を引っ付けて入山しても良いものか……。


 神主さんが一人、私を見て硬直し私を凝視していることには気付かない。アミはそれに気付いたようだけど。


 アミが私に告げた言葉は、入山はせずに指示する場所に行け、だった。あんた、奈良は初めてだよね?


 アミの指示通り歩を進める。神社から少し離れた林の中、開けた場所があった。アミはそこで良いと言う。


「アミ、どうしたの?あの神社でチカラを貰うんじゃなかったの?」


『悪かったな、優理。既にチカラは頂いた』


「ええ?どういう事?」


『意外とチカラが戻っていたようでな。かの御山からの流れのみで十分だった』


 アミが私から離れて、トグロを巻いた。お酒を呑んだ時のように薄く青く光っている。どんどん光が強くなり、一瞬眩い光が辺りを満たした。


 いや、アミが見えない人には見えない光かも知れないけれど……。


 チカチカした目が元通りになる。アミのいた場所には、一人、美形が立っていた。水色の髪に水色の瞳、白い肌。漫画かアニメかCGか、と言いたくなるような整った顔。唇が弧を描いている。


「……誰よ、あんた……」


『私が分からぬか、優理?アミ、だ』


 水色の髪は腰まであり、真っ直ぐストレートだ。古代ローマのトーガの様な格好に腰にはベルトをして、ずれない様に押さえている。その腰にも、首にも手首にも装飾品がじゃらじゃらついている。


「……アミ……?アミメニシキヘビの、自称神様……?」


『そうだ。これが私の姿だ』


 うっわー!! なに、この美形!! なに、この美形!! 水色の髪って、アニメじゃない! チカラが戻ったら蛇から美形になるって、あまりにも捻りが無さすぎ!!


「あはははははははははははははははははは!!」


 思わず爆笑してしまった。アミは何故私が笑ってるか分からないようだったけど、気にせず話を進めてきた。


『優理。お前には感謝している。私がここまで回復できたのは偏にお前のおかげだ』


 おお、分かってるじゃない。偉い偉い。笑いが取れないまま、アミに話しかける。


「ねえ、アミ。アミって、女の人?それとも男の人?」


 この質問は、許して欲しい。だってねえ。分からないんだよ! 本当に!! 男か女か分からない。いや、男にも女にも見える。どっちよ?


『私は、無性でもあるし両性でもある。男にも女にもなれる。今は、無性だ。優理が望むなら男になろう』


 ……ギャー!! 気持ち悪いー!!


「か、か、蝸牛ー!!雌雄同体って、アミ、蝸牛じゃん!!ヤメて、嫌いー!!」


『馬鹿者!!私が蝸牛に見えるか!?そんなもの、なった事も無いわ!!』


 大きな手で頭を掴まれ、グキっと顔を上げさせられた。アミと私の目が合う。……うん、人と同じ目だね。


「ごめんなさい……」


『全く……』


 謝った私に対して溜息を付いたアミは、少し視線をずらし、頭を掴んだ手も離してくれた。少し逡巡してから、アミが口を開いた。長い髪がさらさら流れる。


『優理………私と一緒に来ないか?』


「…………は?」


『私の世界に、一緒に来て欲しい』


「…………はあ?」


 何言ってんの! 何言ってんの!! 意味分かんない、頭湧いたんじゃないの!?


「何で!?行かないわよ!!」


 私がハッキリ言い切ってしまうと、アミは少し切なそうな、でも分かっていたと云うような表情をした。器用だな。


『無理を言ったな。すまない』


 当たり前じゃない。誰がいきなり違う世界に行きたいなんて思う?第一、アミと一緒に、て事は神様の守護が貰えるんでしょ?政争の中心に入っちゃうって。連れてくつもりなら守護くらいするでしょー!!て、何の守護?


「アミってさ、何の神様なの?」


 そう、今になっての疑問だ。オイタをして大神さまに異界に落とされた、て事は他にも神様がいるって事でしょ?


『言っていなかったな。私は、闇の神、だ。水も操るが』


「闇!?」


『そうだ。安らぎの闇。礼として、お前に闇と水の守護をやろう。この世界の神々に影響しない程度のモノだが…』


 そう言って、私の指に指輪を嵌めてくれた。…髪の毛を抜いて光らせて作ってましたよね?このシンプルで可愛らしい指輪、アミの髪の毛ですか……。


「ありがとう。闇の神様って、もっと恐ろしいのかと思った。性質と髪色は関係ないの?」


『これは、水の方が強く出ている。私の世界に戻ったら、闇の性質の色になる』


 神様も、色々あるらしい。


『さて。そろそろ戻るか』


 にやりと笑って私を見る。何、その何かを企んだかのような笑い方は。


『私の名前を教えてやろうか?』


「いらん!厄介の種を持ち込みたくない!」


 私の返答にアミは、声高に笑った。そして私に綺麗な顔で微笑みかける。


『お前らしいな、優理。では、な』


「うん。ばいばい」


 アミの体が光り始めたかと思ったら、空に一筋の光が放たれた。ゆっくりと光が収束していく。その中に、アミはいなかった。


 アミメニシキヘビの姿をした自称神様は、自分の世界に帰って行った。



*************


 そこはかとない寂しさを胸に抱いて、帰路に就く。今までなら、家に着いたら当たり前のようにアミがいて、蛇は大嫌いなはずなのに、一緒に酒盛りをした。


 少し、寂しいかな。


携帯にメールが入る。呑み友達になったイケ勘君から酒呑みの御誘いだ。来週の火曜日。……彼から美味しい白ワインを教えてもらったなあ。そんな事を思いつつ、了解のメールを送る。


 行きはアミと一緒だったけど、帰りは全くの一人だ。誰と会話する事も無く、自宅に帰った。


「ただいまー…」


「おかえり。奈良はどうだった?」


 母親が、夕食を作って待ってくれている。父親もニコニコと居間で私の話を待っている。


 これが、幸せだ。アミに、ついて行けるはずがなかった。


「これ、おみやげ」


 奈良漬けに地元産のお酒。柿の葉寿司。それと……。


「……シカせんべい……?」


「何でこんなモノ、買って来たんだ?鹿にやってくればいいだろうに」


「だってお父さん。ここにしかシカせんべい売ってないんだよ。立派な名物じゃん。気は心!」


「……やっぱり変わってるわよねえ……お父さん」


「ああ。変わった子だな……母さん」


 両親の言葉は気にすることなく、部屋に戻る。荷物を置きたい。



 部屋の入口に立ち、深呼吸を一つ。大丈夫。もう、アミは帰った。取っ手を持った右手で、勢い良く戸を開けた。





『…邪魔してるぞ。俺は神だ。地脈で療養したくてな。キングと呼べ』





 戸を閉めた。なんだあれは!! 額に汗が浮かび、足が震える。


 そう、また、ベッドにトグロを巻いて居た。テレビでしか見た事の無い恐ろしいモノ。


 キングコブラだ。


 …………。家を出よう。どこかで、下宿しよう。両親もきっと反対しない筈。


 固い決心とは裏腹な虚ろな瞳になったのは許して欲しい。


 貯金が酒に消えたのは言うまでもない。





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