序1-7 サイド:悪4
パリン、とガラスの割れる音と共に、俺は、中の液体と一緒に外に押し流される。
その時、呼吸できる液体としての性質を失ったのか、口に入った水が気管詰り、盛大に噎せ返る。
液体のひっくり返した床に跪いて、咳を続ける頭を上げると、目の前に自分が居た。
正確には――自分の抜け殻である。
「お、俺が萎んでる!」
触ってみると、中身が無い様に薄っぺらい自分。まるでゴムのようで、背中の部分がパックリと縦に割けている。人の皮とは、こんな物だったとは……。
「はっ!? まさか、俺は、脱皮したのか!」
「おーい、結城くん。少し、おっさんから借りた白衣を羽織ってね」
後ろから優しく声を掛けたのは、俺を拘束して水槽に入れた六華さんだ。だが、その更に後ろで白衣の無いドクターと愉快な戦闘員の仲間たちが慌ただしく動いている。
「おい! 戦闘員25号、61号。機材の準備しろ。24号と87号は、怪人41号スキャナンを至急呼んで来い。女性戦闘員の2号と74号は、変えの服を用意しろ。結城くんは、元々着の身着のままだから、現場の作業着で良い」
「「「了解です! ドクター」」」
一糸乱れぬ行動の速さに、流石は幹部と戦闘員だ、と眺めていたが、俺に関してで大慌てのようだ。
「結城。少し質問するけど良いか?」
「あっ、はい」
「外部から多少の人生と再体験をモニタリングしていたが、最後の方で異能の覚醒促進が見られた。その時――何を思った?」
今までの短い付き合いだが、どこか剽軽なドクターとは思えないほど真剣な声に、真剣に思い出そうとする。
「えっと、羨ましいと思いました。それと変わりたいと」
羨ましい、そして変わりたいね。と反芻するように呟くドクター。
「じゃあ、具体的に、誰を思い浮かべたりは?」
「えっと……妹を。いえ、妹の様に普通に何かを持った存在に」
あー、どういうことだ? と天井を仰ぐドクターに、俺もどういう事なんだろうと首を傾げる。
濡れて張り付く髪の毛を手に取ってみると完全に水色に染まっている。そして、自分の手足が非常にほっそりとしていることが分かる。
身体から余計な物が削ぎ落とされた様な、軽さを感じる。本当に生まれ変わったよう……。
「ドクター! 男としての大事な物まで失っています!」
「どっちかっていうと、置いてきてしまったのだよ。結城くん」
どこか哀愁を漂わせる中年男性の言葉に再度、体を確かめる。
顔は、ぷにっともちっと肌。手足は、無駄な物を削ぎ落とされたが、以前と全く変わらない。いや、覚醒前よりも力強さを感じる。
そして、運動で鍛えられたはずの胸板は、緩やかだがしっかりと張りのある脂肪の塊へと変わり、腰回りは、うっすらと皮下脂肪が覆っているがしっかりとしたくびれがあり。
男としての大事な物を抜け殻に置いてきてしまったようだ。
そこで、一度気絶する。
再び目覚めたのは、作業用の繋ぎを着せられ、大きすぎる丈をぶらぶらとさせて、ドクターとドクターの呼んだ怪人の前に座っていた。
ドクターの作り上げたスキャナー怪人のスキャナンさん。今は、俺の全身を解析して、ドクターと共に分析している。
「やっぱり……創造系の中でも最上位の分類か。しかも、パッシブだったのが、アクティブとパッシブの両立まで……」
「それと、副次的な効果ですけど、水を媒介にする創造系ですので、水流操作が可能でヤンス。あとは、自分自身で身体を創造した。という事でヤンショ。」
まぁ、俺の能力についての会話だ。
どうやら、予想外の出来事らしい。
さて、どうした物か、と呟くドクターは、一瞬だけ俺を見て、心配するな。と笑ってくれた。
それから簡単な説明に入ってくれた。
「結城くんの能力は、とても強力な創造系だ。創造系は、出来る範囲によってランク分けがされている。無から有を作る創造系でも、実在可能な存在しか無理だ。逆に、有から有を作る創造系は、空想を超越した物すら作ることが可能だ。で、結城くんは、俺と同じ、空想を超越した物を作った」
「それって?」
「自分だ。外部から人生と再体験を見ていたが、結城くんの内部には、奪われない。自分らしい何かを持つ。という思いと羨ましいという思いが絡み合ったようだ。そこで、奪われない存在として、妹。とりわけ、弱者の立場である少女の姿を創り上げたんだろう。という理由だと検討をつけた」
人の深層心理を覗ければ、真実は分かる。変身願望か、現実逃避か。どうして少女の姿になったのか。
だが、現在は、調べる怪人や異能者が居ないために無理と結論付けた。
「次に、結城くんの抜け殻だが……色々使い道はあるが、俺から三つの使い方を提案する。一つは、悪の科学技術を利用した精巧な【結城くん着ぐるみスーツ】として作り変えることだ。本革100%だぞ」
「いや、自分の革ってなんか、気持ち悪いです」
「その二に、怪人の素体の一部に使う。大体、この怪人スキャナンを見ても分かる通り、フォルムが戦闘向けじゃないんだ。人に近いほど戦闘向けってのが怪人の通説で、結城くんの抜け殻を利用した事で戦闘力が飛躍的に上昇出来る」
「なんか、自分の似た怪人が現れるってこそばゆいですね」
苦笑いを浮かべる。そして最後の提案は――
「あれだけの抜け殻なら、死体の偽装に使える。芳野・結城をこの世から完全に抹消できる。勿論、その後のアフターケアとして、結城くんの新しい戸籍や経歴は、用意できる」
どれも良いアイディアだ。だが案外、自分の抜け殻には、思い入れは無いのかもしれない。だから、俺は――
「芳野・結城を殺してください。俺は、違う人間ですから」