序1-4 サイド:悪2
「ちーわっす。準備出来てるかい? 六華ちゃん」
「あっ、ドクター。ちゃんと正義の奴らから強奪しました」
白衣のドクターに拉致され、もとい連れられて。悪の研究施設へと足を踏み入れた。そこで待っていたのは、濃い紫に黒を混ぜた様な深い深い漆黒色の髪を持つ二十代前半くらいの女性だ。
上半身は改造ライダースーツに包まれ、体のライン、若さ溢れる凹凸が未成年の俺には、目に毒だ。
「おんや? 新人さん? ドクター?」
「そそっ、俺の後継者候補。そのうち、二代目ドクターとか呼ばれるかもな」
「え~っ、これ以上ドクターみたいな変人要らないですよ」
「そいつは手厳しい」
毒を吐かれてもカラカラと笑い、あまり気にした素振りは見せない。そしてあっははっ……と高笑いをする。
「まぁ、何でも良いや。初めまして、私は幹部の一人で戦闘班所属の漆・六華よ。みんなからは姐さんとか呼ばれているけど、ホントは六華さん。って呼んで欲しいんだよね」
誰が姐さん、と呼ぶのだろう。視線を巡らすの今まで視界に入らなかった全身黒のボディースーツに間抜けなマスク。如何にも悪の戦闘員と言った感じだ。
「あー、なんか。喋る言葉が全て奇声だったりして……」
「我々は、誇り高きモブ戦闘員ッス! 姐さんのためなら命張れるッス!」
「しゃ、喋った! 普通に!」
あはははっ、中身は人間だ。普通に喋るわ。と爆笑するドクターと姐さん言うな、と叱りつける六華さん。
「まぁ、正義では【漆黒の戦乙女】(笑)とか呼ばれてるのが六華だ。それは置いておいて、結城。俺の仕事を見ておけよ」
その呼び方で呼ぶな! とドクターの背中に声を掛ける立夏さん。不本意なんだろうな、と思う。
ドクターの後を追い、通ったのは、厳重にロックの掛かった一室。俺とドクターの二人だけ。そこには、俺の知っている科学技術を数代超えた様な装置が存在した。
電磁檻とでも言うべき存在とそこに捕獲された三つ首の外敵。
「お前は、外敵をどう思ってる?」
「そりゃ……外からの侵略者とか、文字通り外敵ですかね?」
「まぁ、一つの側面だ。だが、それとは別の側面がある。正義の味方から見たら、アウターズは、美味しい収入源だ。こいつらと戦った映像をテレビやネットに流せば、広告収入や視聴率、グッズ販売で利益を上げる。正義って言ったって、実際人が加わってるんだ。金も必要だし、人材育成には莫大な費用が掛かっている。つまり、アウターズを使った一大娯楽産業って所だ」
ドクターの言葉には確かに納得できる。俺が言ったのは、アウターズ襲来初期の話だ。今は、アウターズによる死者や町への被害は減った。激減した。正義の味方やヒーローが組織として成立し、効率の良い運営がなされたからだ。だが、それを支えるにも、金が必要。
「とは、言え、不確定要素が多い【外敵】相手にする他に、俺たち悪の秘密結社ともドンパチをテレビで放送してるがな。俺から言わせれば、組織に飼われた哀れな奴隷どもだ」
「ドクター。それは、言い過ぎじゃ?」
「言い過ぎ? はっ、夢見過ぎだろ。お前は、まだ英雄になりたいのか?」
その言葉に、俺は、自分の心臓が跳ねる気がした。
俺は何を言った。正義の擁護……。馬鹿な、あり得ん。異能に目覚めてから環境が一変し、人から冷遇され、それでも正義の味方、ヒーローになれば感心を集められると思っていたのに……。
自分の得意な分野でそれでも結果を残そうとして……残そうとして。
結局は、社会の、場の正義に裏切られ、自暴自棄になっていた俺が……。
「なぁ、結城。歴史を見てみろよ。コロッセオでは、奴隷剣闘士と動物を殺し合わせて、見世物にしてたんだ。所詮は、ヒーローを便利な道具や金儲けのマスコット程度にしか思ってねぇよ。正義の味方は、人間にすらなり切れてねぇんだよ。それでも奴らは人間だ。
人間なんて、残酷で欲塗れなんだよ。俺も、お前も。正義を気取ったヒーロー共も。人間の世の中じゃ生きづらい」
「それでも……人の世の中に生きてる人は居る」
「そんなの幻想だ。いまだに、俺たち異能者が差別されてる。正義の味方が、ヒーロー気取って、一般人に尻尾振ってるから表面上は人間として扱われるんだ。俺たち炙れ者はな。犬になりてぇんじゃねぇんだよ。人間になりてぇんだよ。分かったか」
「……」
ドクターの言葉が重く圧し掛かる。人間になりたい。古いアニメにそんなセリフを言う作品があるのは知っているが、こんな気持ちだろうか。肉親でさえ、人として扱わない。精々扱いの困るペットのように……。
「さて、説教はこれくらいだ。正義の奴らが外敵を使って一大娯楽やサブカルチャーを作るなら、悪のある俺たちは、如何すると思う?」
「そんなの分かるわけないだろ」
「じゃあ、逆に使い道を考えてみろ。空想力や想像力は、創造系の異能の原動力だ」
俺は、自分の頭を働かせる。一般的な悪の秘密結社にあるもの。それを口にする。
「アウターズを使って、悪の戦闘員や怪人。または装備ですか?」
「まぁ、大方正解だな。俺たちは、外敵を資源として使い、怪人を作る。きっと正義の奴らやどっかの宗教団体は、生命の倫理だの神のなんちゃらから外れた。とか言いそうだが。そこは一言。俺たちは【悪】で片付けろ。逐一相手にするのは面倒だ」
「わ、分かった。けど、大丈夫なのか?」
外敵を素材とした怪人など、暴走する可能性がある。完全に制御下におけるか分からない。
「ん? 何を心配してるんだ? 正義がただ使い捨てにしていく外敵を資源として集めているだけだ。言うなれば、道端に捨てられた空き缶をスクラップにして再生するのと同じだ。悪って優しいな」
人類の敵と空き缶を同列って、やっぱりドクターは頭が可笑しいのかもしれない。
「それに、資源採取や生成物での事故ってのは過去でもある事例だ。炭鉱の崩落事故、ガソリンの扱いを間違えた結果の火災。世の中に絶対に安全は無い。だが、それ以上に利益がある。または資源を巡っての国対国の戦争。ぜーんぶ、外敵を巡る正義と悪っていう対立って置き換えることができる」
「……」
「物事を複雑に考えるな。単純に別の物に当て嵌めろ。複数の視点と想像力を駆使するのが創造系に必要な要素だ。そんで」
電磁檻に囚われた三つ首へと歩いていくドクター。警告とも取れる低いうなり声を上げるズタボロの外敵へと手を伸ばす。
「どうやって外敵から怪人を作るかのプロセスは悪の結社ごとで違う。俺の場合は、異能を使って外敵の因子を卵として取り出す」
伸ばした手は、アウターズに触れると、全てが粒子状に分解し、ドクターの手に収束する。
「俺の異能は【幻想の卵】って言って対象を卵にして、一段階高次の存在に変質させる」
そう言いながら、鶏の卵くらいの大きさの卵を大事にカプセルへと保存するドクター。
「凄い。異能ですね」
「馬鹿言え。異能に凄いなんてねぇんだよ。俺の【幻想の卵】だって制約が多い。制約が無きゃ、俺が直々に出向いてアウターズを片っ端から卵に変えてやらぁ」
「そ、そうですか」
「まぁ、俺はこの卵をベースに怪人を作る。まぁ、それはおいおい見せてやるよ。お前のバイトの仕事は、俺の助手だ。暇な時は俺の所に来い」
「はい」
「じゃあ、上に上がって総帥に挨拶するとするか」
「って、止めてください! 自分で歩けるんですけど!」
「気にすんな! 口のクセェおっさんが絡んできたと思って適当に流せ」
そう言って、歩き辛い恰好で肩を組むドクター。
だが、すぐに寂しそうな横顔を見せる。
「おめぇ、人に触れる機会が少ねぇだろ。今から言っておくが、ここに居ると嫌でも触られる機会が多いんだ。だから、俺で慣れとけ」
「う、うっす」
「それにな。俺みたいなおっさんでも人を感じていたいんだ。お前が酒飲める歳になったら、酒でも飲もうや」
……なんだろう。少しだらしが無くて、変人なドクター。彼に微かな父性を感じたのは、俺が親という物を飢えているのだろうか。
ただ、一つだけ言おう。
「俺の尻は、狙ってませんよね」
「当たり前だ。俺が好きなのは、巨乳の姉ちゃんだよ」
まぁ、ドクターは、変人であり、スケベ親父という事は分かった。