一億総アイデンティティ・クライシス
皆さんは個人情報の保護をしているだろうか?
「最近、服買った?」くらいの軽い感じで問いかけをしてしまったが、私自身、これといった対策を講じているわけでもなく、何かを語れるわけでもない。
なんでいきなりこんな話題を出したかというと、昨今の情報漏洩ラッシュを見て思うところがあったからである。
小難しい話ではなく、いつも通りの妄想交じりの戯言なので、話半分で読んでいただければよいと思う。
まず、情報セキュリティについて、私は完璧な、絶対に突破されないセキュリティなんてものは存在しないと考えている。
そのうえで、企業はリスクマネジメントの考え方や法規に則って、セキュリティ対策を講じている。
完全に攻撃を防ぎきれないことを前提に考えると、私にはセキュリティ対策が、以下のような単純な方程式に見える。
「情報の価値 < 攻撃して盗むコスト」
この方程式に従っていれば、ターゲットから外れる確率が高くなり、結果として情報は守られることになる。
100円のおにぎりを手に入れるために、1000円も払うのは馬鹿馬鹿しいということである。
今まではその均衡が保たれていたのだろうが、最近はAIの台頭により、攻撃コストがだだ下がりしたのだろう。
米アンソロピックの高性能AI「Claude Mythos」が一般公開されず、サイバーセキュリティ関連の能力について限定的な提供に留まっているのが記憶に新しい。
あれもたしか、そういった能力の悪用への懸念があったからだろう。
方程式の釣り合いを保つシンプルな手段としては、情報の価値を下げることだが、そう簡単にもいかないのだろう。
そんなこんなで、個人の努力ではどうすることもできない規模の話になっている今、少し妄想してしまうことがある。
例えば、身分を証明する情報がすべて漏洩して、個人の証明手段が無くなったとき、人々はどのようにアイデンティティを維持するのであろうか。
人間関係があるから、友人や家族を連れてきて「この人は宵凪陣さんです」と言ってもらえば事足りるのだろうか。
でも、悪い人たちが結託して複数人で同じことをすれば、誤魔化せそうな気がする。
そんな世の中は、一億総アイデンティティ・クライシス(自己同一性の危機)社会といったところか。
昔ながらの「一見さんとは取引しない」「知っている人からの紹介が無いと関係を持たない」「現物の書類とハンコを第一とする」。
そんな運用に戻すには、少しばかり世間が広くなりすぎたように思う。
個人情報が漏れまくって、アイデンティティの証明が難しくなった世の中でも、自分を自分たらしめる何かを大切にしていこうと思う。




