↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

師匠の勇者召喚は必ず失敗する

掲載日:2026/09/21

そして、部屋の中が光で溢れ――


「くそっ!また失敗か!」


収まった頃、魔法陣の中心に現れたのは小さな白いリスだった。


「まあまあ師匠、前回よりは着実に近づいてるじゃないですか」


今回はちゃんと哺乳類ですよ、と言ったが師匠の耳には入らなかったようで、未練がましく魔法陣を見ていた。


この人――アルベリオ・コードは『勇者召喚』というものに人生を囚われている。

なんでも十数年前、魔塔に所属する魔術師だった頃から、ずっと目指していた夢だったらしい。


今この世界に魔王なんてものは存在していないし、勇者なんてものを召喚したところで一体何の役に立つのか。

そんなごもっともな正論パンチで周囲からボコボコにされ、召喚術の研究にいよいよストップが掛かろうとしたとき、若くして高い役職に就いていた師匠はあっさりと魔塔を辞めたらしい。

それなら所属している意味がないんだと。高給取りだったろうになんて勿体ない。


「時間が足りん…永遠の命が欲しい…」

「悪役みたいなこと言いますね」


何故ここまでの情熱を勇者に向けるのだろうか。

何度か理由を聞いてみたが、勇者の話をするとまともに会話ができた試しがないので師匠七不思議の一つとして今も謎のままだ。


「呼び出すものの大きさに限界があるのか?陣のサイズを変える…?しかし陣を大きくすると必要魔力が…」

「師匠、お昼置いておくんで食べて下さいね」


ちょっと買い出し行ってきます、と長い思考の海を泳ぎだす師匠を置いて家を出た。




「グガァアア…!」


家から少し離れたところで、唸り声が上がる。

昼ごはんの匂いに釣られたらしい野生の熊が、こちらを睨みつけていた。


「熊肉、師匠食べれたっけな…」


薪割り用の斧を掴んで、裾をまくる。


トン、と軽く地面を蹴った。

その一蹴りで、体は木の枝先に届きそうなほど高く跳ね上がる。

獲物を見失った熊は巨体を揺らしながら唸り、辺りを見回した。


落下に合わせて斧を振り下ろす。

首筋に食い込んだ刃はそのまま骨を断ち、熊の頭を胴から切り落とした。

頭が先に落ち、少し遅れて巨体が地面に崩れ落ちる。

その血に汚れないよう距離を取った。


「これでしばらくお肉買わなくて済むかも」


ウキウキで熊とその周辺に洗浄魔法をかける。

血の匂いで他の獣が来ても困るからだ。


よいしょと熊を担ぎ上げ、足取り軽く草むらへと踏み込み、近くにある小屋を目指した。

こういう獲物を捕ったときに血抜きをしたりする、私の秘密基地だ。秘密といっても、もしかしたら師匠は知ってるかもしれないけれど、何か言われたことは特にないからきっと興味もないのだろう。


「ステーキ…ハンバーグ?やっぱ鍋かな…」


ああ、スマホがあれば最適なレシピを検索できるのに。


――師匠の勇者召喚は成功している。

だって、私がその勇者なのだから。




私がこの世界に喚ばれたのは三年ほど前のこと。


夜寝て、朝起きて、気づいたら森の中だった。

最初は夢なのだと思い楽しんでいたが、裸足で踏む地面、肌に触れる草木や体を這う虫の感触に現実なのだと理解した。


心臓が嫌な音を立てて、呼吸は荒くなって、とにかく森を抜けようと必死に歩いた先に師匠の家があったのだ。


当時は今よりもっとボロ屋で、周りには雑草が茂っていて、人が住んでいるのかわからない状態だった。

ドアから髪も髭もボサボサの人間が出てきたとき、安心感で泣いてしまった。


『助けてほしい』『帰る家がない』『ここに置いてほしい』『なんでもする』


そう何度も訴えて懇願して、なんとか置いてもらった。

小間使いでもいいと言ったけど、名目は弟子としてくれた。


生活力ゼロの師匠の生活に入り込むのは意外と簡単だった。

本当に勇者召喚以外のことを疎かにする人だったので、お世話しがいのあることあること。

健康的な食生活をして、身なりを整えた師匠は見違えるような美人になった。


そんな美人が気まぐれに見せてくれる魔法の世界に、私はすっかり夢中になった。


その頃にはもう自分の異常な身体能力に気づいていた。

師匠の研究記録を見て、私が召喚された勇者なのだと確信した。

私はこの人のせいでこの世界に喚ばれ、この人の勝手で元の世界を捨てさせられたのだ。


勇者は世界に一人しか存在できない。

だから、師匠の研究が失敗するのをわかっていながら、黙っていることにした。


…けれど一緒に暮らしているうちに、純粋にこの人の側にずっといたいと思った。

勇者などと祀り上げられ、下手に引き離されては敵わない。

本当のことは、ますます言えなくなっていった。




ある日のこと。


「え?私にです?」

「そうだ。お前ももういい歳だろう」


縁談なんてものを持ってきた男は形のいい眉をひそめて私を見た。

子爵の…名前はなんだったか。


「いつまでこいつの世話になっているつもりだ」


自身も師匠も独身だというのに、なんて棚上げだ。


この貴族の人は師匠と長い付き合いらしく、こんな所までわざわざ様子を見に来るくらいには仲良しさんだ。

私が弟子入りするときも猛反対にあった。

でも行く当てがないのだと情に訴えかけ、泣き落としながら師匠の生活力のなさ、私が来てからの健康的な生活をプレゼンしたら渋々受け入れてくれた。

コツを掴めばまあまあ扱いやすい人である。


「お世話してるのは私の方ですよ」


少し目を離すと寝食を忘れる師匠の人間らしい生活を守っているのは誰だと思っているのだろう。

私の淹れた紅茶を美味そうに飲んでいるくせに。


「釣書があるだなんて、全員お貴族様じゃないですか」

「お前、学はあるからな。言葉遣いを少し直しさえすれば下位貴族なら狙える」

「えぇ…別に狙わんでも」


紐で括られたその釣書をパラパラとめくって見る。

絵姿は皆着飾って華やかだ。この国の美醜なんかはあまりわからないが、皆若くまともそうだ。


「てっきりお金持ってる変態に売り飛ばされるのかと」

「人をなんだと思っている。まあ…どいつもお前の成果物を気に入っている方々だ。研究費も支援してくれるだろう」


ああ、そうなのか。そう言われると悩んでしまう。

流石に勇者召喚はお金にならず、自給自足も限界がある。

そのため生活費と研究費を稼ごうと、師匠の資料や材料を拝借し、ちょっとしたモノ作りをして売っていた。

まさかお貴族様に気に入ってもらえているとは。


師匠が美味しいものを食べられるならそれもありだろうか?


「駄目だ」


印象のいい人に印でもつけようと紙の端に指を伸ばしたとき、上から声が降ってくる。

釣書から顔をあげると、奥の部屋で研究に没頭していたはずの師匠がすぐ隣に立っていた。

子爵はさらに眉を寄せ、マグカップを机に置いた。


「アルベリオ、お前のためにも言っているんだ」

「私のことはどうでもいい。余計な世話だ」

「どうでもよくはないですよ」


思わず口を挟むと、二人して険しい視線を向けてくる。

私のことなのに、私には発言権がないのだろうか。圧に負けて押し黙った。


「他所へやる必要はない」

「だが、このままでいいはずがないだろう」


改めて釣書を一枚ずつめくって見る。

どれも家柄のしっかりした相手ばかりだ。絵姿の中の人々は皆、優雅に微笑んでいた。

私とはあまりにも縁遠く見える。

本来なら分不相応。だが、きっとこの子爵のコネクションや売り方がうまかったのだろう。


「一番言うことを聞いてくれそうな人、誰です?」

「お前な…」

「だって結婚するなら、研究費の用途にあまり口出ししない人がいいですし。あ、通いでここに来れる家がいいですね」


我ながら図々しいとは思うが、折角選択肢をくれるのならば希望を伝えておくに越したことはない。言うだけならタダなのだから。


「美醜はどうでもいいですよ。愛人とか何人いてもらっても」

「俺がそんな縁談持ってくると思うのか」

「それでいて私に愛情を求めない人が理想ですね」

「おい!折角この俺が調査をだな…!」


本当にしっかりと準備をした上で勧めてくれているらしい。

なんて真面目で面倒見のいい人だ。この人には大した利益もないだろうに。


そこで、ずっと気になっていた疑問がポロリと口からこぼれた。


「というか、この国って同性婚可能なんですね」

「…は?」

「長子とかひとりっ子の人多いですけど、跡継ぎは養子とか取るんですかね」

「…?どういう意味だ?」


子爵が意味がわからないというような顔で私を見る。

手元の華やかな淑女(・・)ばかりの釣書を、人差し指の背で軽く叩いた。


「え、いや女同士でどうするのかなと」

「は?」

「え?」


数拍、沈黙が落ちた。


子爵は口を開けたまま固まる。

その隣の師匠まで、まるで書き途中の研究資料にコーヒーを零したみたいな顔をしていた。


震える声で子爵が呟く。


「お前、まさか、女なのか…?」

「は?いくらなんでも失礼が過ぎますよ」


反射的に低い声で返すと、子爵は本当に困惑したように眉を下げた。

隣で師匠が、ひどく静かな声で繰り返す。


「女、だったのか…」

「師匠まで!?」


そりゃ口に出したことはないが、隠していた訳でもなく普通に過ごしていたってのにそんな漫画みたいなことあってたまるか。


子爵は震える指で私をさす。


「いや、だってお前、髪も短いし、声も低いし、胸も」

「そこまで言います?見たことあんですか!私の胸を!」


思わず語気を強めると、子爵は頭を抱えた。抱えたいのはこっちだ。

ずっと一緒に住んでたのに、師匠まで誤解してたなんて。

そんなに女性らしくなかっただろうかと落ち込む。


「…クリント、この話は白紙に戻せ。もう帰れ」


師匠が私の持っていた釣書を奪い、子爵に突き返した。

クリント、そうそう、クリントだったなと今更ながら思い出す。


「…いや、だが、アルベリオ」

「…少し、頭を整理させてくれ」


その言葉に、子爵は言葉を飲み込んだ。


「…気持ちはわかる。だが、いずれにしろ限界だろ」

「…わかっている」


子爵は師匠から私へと視線を移し、一つため息をついてから立ち上がった。


「…またくる」


少し建付けの悪い木戸の閉まる音がした後、部屋の中に静寂が訪れる。

沈黙が気まずい。

そろそろとテーブルの上を片付け始める。


「チサト」


師匠が硬い声で名前を呼んだ。

思わずビクリと身体が跳ねた。


「…珍しいですね、名前で呼ぶなんて」


なんだか不安になって、思わず茶化してしまう。

まさか、まさかだけど。


「…出ていったほうがいいですか?女なら」


片付けを続けながら、何でもないかのような声色で聞いた。

隠していたわけではないが、きっと師匠にとって私が女であることが都合が悪かったのかもしれない。

出ていけ、と師匠の口からはっきり聞いてしまうのが怖い。

師匠の目をまっすぐみることができない。


「あの人が持ってきてくれた縁談、ちょうどいいかもしれないですね。確かに、未婚の男女がひとつ屋根の下って外聞悪いですもんね」


いつものようにヘラヘラと笑って茶化す。


「あれは忘れろ。それより、座れ」


師匠は、逃がしてくれなかった。


「すまなかった」

「…え?」


座ると、開口一番謝罪を受けた。

まさか師匠が謝ると思っておらず、目を丸くした。


「こんな場所で、女が暮らすには不便も多かっただろう」

「え、いやいや…置いていただいてただけでありがたかったですし」


そうか、師匠は元貴族だったっけ。

魔塔を辞めたときに一緒に除籍されたらしいけれど、女性への紳士的な振る舞いを教育されていたのかもしれない。


師匠が天を仰ぎ、ふー、と長く息を吐き出す。


「…なら、何を悩んでいたんだ、私は」

「え?師匠悩んでたんですか?」


勇者召喚が上手くいかないこと以外に悩みがあったとは思わなかった。弟子失格である。


「私は男色なのだと思っていた」

「そうなんですか?」

「違う。鈍いやつだな」


師匠が立ち上がり、軽く指先を動かす。

その瞬間、光の帯が私の手首と足を縛りつけた。


「え?え?」

「くそ、三年も無駄にした」


唖然としているうちに、ふわりと浮かされて、どこかへと連れて行かれる。

向かった先は師匠の寝室だった。


中に入り、ベッドの上に思いのほかそっと寝かされた。


「あ、あの?師匠のベッドって恐れ多いんですけど」

「好きだ」


あまりにも真っ直ぐ告げられて、頭が真っ白になる。


「お前が好きだ。結婚は私としろ」

「ちょ、ちょっと、え?うそ」

「この状況で嘘など吐くか」


師匠がベッドへ手をつき、顔を寄せて覆いかぶさった。

師匠の長い髪が帳のように降りてくる。綺麗な顔が近づいてきて…思わず避けた。

すると手で顎を押さえられて向かされ、ムッとした顔の師匠と目が合う。


「何故避ける」

「いや、だって、いきなりすぎて…」

「嫌なのか」

「嫌なわけないでしょう」

「なら問題ないな」


そう言って問答無用で唇を塞がれた。

啄むように何度も柔らかな感触が降ってくる。

目を閉じてガチガチのまま受け入れた。


ヒエ、いま私、師匠にキスされてる!


一度離れた師匠の顔が、こちらの反応を窺うように止まる。

何も言えずにいると、今度は先ほどよりも深く唇を重ねられた。

顎を押さえていた手が首筋を辿り、そのまま服の合わせ目にかかる。

そこでようやく、この先に何をされるのかを理解した。


「んっ、し、師匠!待って、それはまだ…!」


咄嗟に両腕へ力を込める。

手首を縛っていた光の帯が弾け飛び、ぐいっと師匠の身体を押し返した。

続けて身を起こすと、足の拘束も呆気なく千切れる。


「…」

「…」


師匠が乱れた髪のまま、私の手首と、弾け飛んだ魔法の残滓を見比べる。


「…何をした?」

「普通に力を入れただけですけど」

「その拘束は大型の魔獣でも破れない」

「あー…」


潮時かもしれない。これ以上隠し通すのは限界だ。

いずれは話さないといけないとは思っていた。きっと今がそのときなのだ。

意を決して、いや、ちょっと目を逸らしながら告げた。


「…実は私、師匠に召喚された勇者なんです。異世界から来ました」


師匠は何も言わない。


「三年前、目が覚めたらこの近くの森にいたんです。師匠が大掛かりな召喚術を使ったって言ってた日と同じ日ですよね」


師匠の視線が、千切れた光の帯へ落ちる。


「…召喚位置が、ずれたのか」

「たぶん。異世界の勇者って、同時に一人しか存在できないんですよね?だから、私がいる限り成功するわけないんです。…黙っていてごめんなさい」


師匠の身体から、力が抜けた。


「なんだ。はは、そうか…そうだったのか…」


師匠はしばらく俯いていたが、やがて真剣な顔でこちらを見た。


「このことを他に知っているのは」

「いません。師匠だけです」

「ならばそのことはもう誰にも言わないように」

「え、でも…師匠、ずっと勇者を召喚したがっていたじゃないですか。成功したって公表しなくていいんですか?」


師匠の手が、今度はひどく優しく私の頬を包んだ。


「お前を国や魔塔に取られてたまるか」


そのまま引き寄せられ、再び唇が重なる。

今度は自由になった手を師匠の背中に回し、深くなっていくそれにも自分から応えた。


やがて師匠はわずかに顔を離し、吐息が触れるほどの距離で告げた。


「お前は」

「え?」

「お前の気持ちを聞いていない」


何を今更。

せめてもの抵抗で目線だけを泳がせる。


「…わかるでしょう」

「聞きたい」


そんな熱を孕んだ目で見られながら告白するなんて、なんて拷問だ。


「…チサト」


今まで聞いたこともない甘い声で名前を呼ばれる。

ずるい。


「ああ、もう。好きですよ、そりゃ。じゃなきゃ他の人と結婚してまで通おうとしません」


観念してそう言うと、師匠は蕩けるように笑ってもう一度唇を重ねた。


「今のうちに既成事実を作るぞ」

「そ、れはちょっと早いんじゃないですかね!?」


服の中に手を差し込んでこようとする師匠の腕を掴んで抵抗すれば、なんとか諦めさせることができた。

こっちにだって色々と準備があるのだ。心にも体にも。




結局その日は一日中、師匠の部屋でべったりとくっついたまま過ごした。


掃除も洗濯も終わっていないが、今日は諦めることにする。

二人でベッドに横になり、後ろから腕を回され、ぬいぐるみのように体を抱えられていた。


「そういえば、結局どうして師匠はそこまで勇者を召喚したかったんですか?何かしてほしいことがあるならやりますよ」

「いや…見せてやりたいと思っただけだ、お前に」

「…それだけ?」

「元々は私の夢だった。だが、お前が来た頃には、もう諦めかけていた」


それを、私のために続けてくれてたんだ。

胸の奥がじわりと熱くなる。


「…お前は、私を恨んでいないのか」

「最初はそりゃ恨みましたよ。元の世界の家族も、友達も、ぜーんぶ捨てさせられたんですから。勇者だって黙ってたの、そのせいってのも大きいです」

「…すまない」


背後から回されていた腕が、わずかに緩む。離れてしまいそうなその腕に、私はそっと手を重ねた。


「でも、そのあと拾ってくれたのも師匠です。師匠に会えなかったら、魔法がこんなに綺麗だって知らなかった」

「……それで、許せるのか」

「うーん、もう許しちゃってるんですよねえ」


そればかりは自分でもどうしようもない、と軽く笑う。


「師匠のそばにいたいです」


背後で、師匠が小さく息を呑む気配がした。

返事の代わりに、師匠は私の肩口へ額を押しつけた。


「…あの研究は、もう必要ないな。下手にお前に帰られても困る。資料は全部燃やす」

「ええっ!もったいない!」


師匠が今まで心血を注いでいた資料を燃やすなんて絶対に駄目だ。

師匠の腕の中でじたばたと暴れ、強引に腕を振りほどいて振り返る。


「いらないならください!絶対帰らないですし」

「駄目だ。気が変わるかもしれんだろう」

「どれだけ薄情だと思われてるんですか。夫を残して帰るわけないじゃないですか」


そう言うと、再び腰に腕を回され、強く引き寄せられた。


こんなに尽くしてるのに信用ないのか。

なんとか燃やさずに済むよう説得して、師匠しか開けられない箱に封印魔術を施す、という形で落ち着いた。


「今後は、召喚した勇者本人の研究に移る」

「それって私が実験台になるってことですか?別にいいですけど」

「隅々まで調べる必要があるからな」

「…なんか言い方がいやらしいです!」


抗議しても、師匠は楽しそうに笑うだけだった。

どうやら勇者召喚の研究は終わっても、師匠の研究熱まで収まることはないらしい。




後日、再訪した子爵に師匠が結婚を報告すると、展開が早すぎると散々文句をつけられ、問い詰められた。

どうやら彼は、師匠の気持ちも葛藤も以前から知っていたらしい。

最終的には祝福して、婚姻の手続きまで手伝ってくれた。

さらに後日には祝いの品なんかも持ってきてくれるほどの手厚さ。やっぱりいい人なのである。




もちろん、私が勇者だということは、これからも二人の秘密だ。


「師匠!ドラゴン肉ってお好きですか?」

「ああ、あれは美味いな。…おい、まさか」

「今夜はドラゴンステーキにしましょう!夕飯までには帰ってきますね!」

「待て馬鹿弟子!ああ、もう、やはり魔道具で足枷を作るべきだった…!」


魔王を倒す予定はない。

愛する夫のため、ドラゴンを狩りに行く予定はあるけれど。


師匠の喜ぶ顔を想像しながら、私は今日も足取り軽く森の奥へ踏み込んだのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。