8.思いの行く末
キリアンがアカデミーを卒業した。
卒業後の彼は兄のサポートをしながら一つ年下のリリーのアカデミー卒業を待つことになる。リリーと婚姻後王位継承権を返上し、公爵家を興す予定だ。
そのため現在は勉学に勤しんでいるが多忙を極めていたため、中々リリーと会えない事に不満をおぼえた彼は、王宮の一室に住まわせようと呼び寄せた。
「すまないね、リリー。会いに行く暇が無いもので、それならば王宮に住んでもらえばいいや、と思って」
「いえ……、お邪魔ではないでしょうか?」
不安そうにするリリーの髪を一房取り、口付ける。
この頃になると、キリアンの方から目を合わせてくるようになった。
「大丈夫だよ。リリーが近くにいる方が安心して仕事も捗りそうだ」
キリアンの積極的な態度に戸惑いを隠せない。ルイナと婚約している時の彼は、節度を守った人だった。
まるで逃さないと言うようなキリアンの目に、リリーは喜びよりも戸惑いが勝った。
それでも常にキリアンと一緒にいる毎日は、リリーにとって幸せをもたらすものだった。
執務の合間に逢瀬を重ね、愛を深めていく。
例えこれは魅了の結果なのだとしても、叶わぬ思いと諦めた相手から愛される事に、幸せを感じてもいた。
ルイナから婚約者を奪ったリリーに周りの目が厳しくなかったわけではない。
それでも異を唱える者と目を合わせて話せば、大抵の者は理解を示していた。
夜会などの社交の場で二人の仲を見せれば、次第に噂は収まっていった。
それでも一部は納得いかない者もいるようだったが、それもルイナのその後が噂として流れるようになるまでだった。
「ねぇねぇ、ご存知? 第二王子殿下と婚約を解消されたアウムフォビア公爵令嬢様が、ついに辺境伯令息と婚約なさったのですって!」
「まあ! それは何よりですわ。とても憔悴なさって見てられませんでしたもの」
ルイナのその後を聞いていなかった二人は、令嬢たちの噂話に挨拶周りの足を止めた。
「噂をすればほら、お二人とも幸せそうに微笑んでいらっしゃるわ」
「きっと辺境伯令息に愛されていらっしゃるのね。お似合いの二人で羨ましいわぁ」
「あら、あなたも婚約者と仲いいじゃない」
「それはっ」
噂雀の視線を追えば、ルイナとフィリベルトが寄り添い挨拶周りをしているところだった。
「元気にしているんだな……」
キリアンの呟きは、夜会の喧騒に紛れてリリーにしか聞こえなかっただろう。ルイナを見つめる瞳にまだ愛情が残っているような気がして、リリーの胸がツキンと痛んだ。
キリアンと共にいられるのは幸せだったが、時折何かを探すような目をする事があり、リリーの不安は消えなかった。
更に言えば、キリアンが王位争いから辞退を申し出ても、国王は王太子を決めかねていた。 後ろ盾としても充分なバルトロメオが王位に就く事は誰しもが確実に思えた。
現在キリアンとルイナの婚約が無くなった事で空中分解してしまった武官派とは反対に、第一王子派は着実に勢力を増している。
それでも、確定するまで安心はできなかった。
王太子が決まらない内は希望を持った第二王子派の者がキリアンを担ぎ出し、再びルイナと婚約を結ばせるのではないかと悪い考えが脳裏を過る。
キリアンもルイナを気にしているならば、もっと自分に気持ちを向けさせなければ ならないと気持ちは焦るばかりだ。
「キリアン様、私を見てくださいませ」
リリーは願いを込めてキリアンと目を合わせる。
潤んだ瞳に見つめられたキリアンは、先程までルイナに感じていた感傷が霧散し 、目の前のリリーを悲しませた事で頭がいっぱいになった。
「リリー、すまない。不安にさせてしまったかな」
「キリアン様はお優しい方ですから……」
憂いを帯びた瞳を逸らせば、キリアンの表情に焦りが混ざる。
「すまない、リリー。婚約解消したから、少し気になっていただけだ。私はリリーだけだから、大丈夫だよ」
頬に手を添え、見つめ合う。
熱を帯びているようで、どこか光を失ったキリアンの瞳。
リリーは頬に添えられた愛しい人の手に自身の手を重ね、そのまま頬をずらして唇で触れた。
「信じています……。ですが、不安になってしまうのです」
流し目で上目遣いに見れば、キリアンの頬に赤みが差す。
ごくりと喉が動き、何度も瞬きを繰り返した。
「信用してもらえるように、これからも努めよう」
空いている方の手でリリーを抱き寄せ、髪に口付けた。
微かな花の薫りが、キリアンの鼻を擽る。
ルイナには感じなかった劣情が、キリアンを背後から狙っていた。
だが今はこれ以上関係を進められない。
結婚する前のそういった行動は慎むべきだし、王家に入るのであれば純潔を求められる。その建前と共に、劣情をリリーに晒し、嫌われる事を恐れていたからだ。
リリーはまだ自分を信用していないと感じてもいた。
まずはリリーの不安を払拭してから次に進みたかった。
一方のリリーは、キリアンの中に残るルイナの面影が消えない事に不安を感じ、魅了を使用するのをやめられなかった。
魅了は精神を蝕む魔法だ。乱用すればキリアンの精神に影響を及ぼすかもしれない。
そのため、王太子が確定したら魅了を解いた方がいいと思い始めていた。
魅了を掛け続けている間のキリアンの思いは、偽りのものだ。
キリアンに真に愛されたいと願うリリーは、それが無くともキリアンに乞われたいと思い始めていた。
「キリアン様、私とずっと一緒にいてくださいますか?」
リリーは愛しい人を見上げ、宝石のような瞳を見つめる。
「もちろんだ。私がきみを手放す事などありえない」
光を失ったキリアンの瞳は、リリーの心模様を映しているかのようだった。
だが、リリーはまだ気付いていない。
彼の瞳に、少しずつ光が戻り始めている事に。
それが彼が本来持つ光ではなく、別の異質なモノである事に。




