『女としての魅力がない』と婚約破棄された令嬢ですが、私を追放した方々の式を手掛ける道理はございません
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この作品は生成aiを用いて執筆を行なっています
あらかじめご了承の上、お楽しみください
「君は仕事ばかりで、女としての魅力がない」
フローラルブライド事務所の応接室。白薔薇の香りが漂う優雅な空間で、エドワードの言葉が響き渡った。
周囲には事務所の同僚たちが立ち並び、好奇と嘲笑の視線が私を射抜いている。その中心で、桃色の巻き毛をした小柄な女性──セリーナが、エドワードの腕にしがみついて涙を浮かべていた。
「セリーナのような可愛らしさが、君には足りないんだ。分かるだろう?」
(分かるとも。あなたが私より三時間も早く退勤する彼女と、毎晩のように密会していたことくらい)
私は静かに瞬きをした。昨夜、たまたま立ち寄った王都外れの酒場で、二人が肩を寄せ合い睦言を交わす姿を見たばかりだ。五年間、休みも取らず働き続けた婚約者より、愛想よく微笑むだけの女を選ぶ。それがエドワード・クレスウェルという男だった。
「リリアナ様!」
セリーナが一歩前に出た。潤んだ翡翠色の瞳には、精巧に作られた被害者の仮面。
「私、もう黙っていられませんの。リリアナ様が……私の担当していたお客様の婚約者様を誘惑なさっていたなんて」
「……何ですって?」
思わず声が漏れた。予想外の角度からの攻撃だった。
「嘘をつかないでくださいまし! クローデル伯爵がおっしゃっていたんです。リリアナ様から熱心な手紙をいただいたと」
(クローデル伯爵? あの、セリーナが三度も打ち合わせを忘れて、私が代わりに対応した案件の?)
「証拠もございますわ」
セリーナは懐から一通の封書を取り出した。私の筆跡を真似た、見覚えのない手紙。おそらく何度も練習したのだろう。だが細部が微妙に違う。私は「様」の払いを右上に跳ね上げる癖がある。この手紙にはそれがない。
指摘することはできた。
だが──
「リリアナ、君には失望したよ。仕事に生きると思っていたのに、まさか人妻の夫を狙うような真似をするとは」
エドワードの芝居がかった溜息。その目には明らかな安堵があった。婚約破棄の正当な理由ができて、彼は喜んでいるのだ。
「リリアナ・フォン・ヴェルディーナ嬢」
事務所のオーナーであるファーガス氏が重々しく口を開いた。恰幅の良い中年男は、王族からの紹介状で入所した私を、五年間便利に使い倒してきた人物だ。
「当事務所の名誉を傷つけた責任を取り、本日付けで退職していただく」
(これが、五年間の答えか)
王太子殿下の婚礼準備。大公爵家の複雑な家族関係を調整した祝宴。隣国との同盟を結婚式で演出した外交案件。その全てを私が担ってきた。事務所には一度も、私個人の名前で記録を残させてもらえなかったけれど。
「分かりました」
私は淡々と頷いた。驚くほど、心は凪いでいた。
「ま、待ってください!」
銀髪をきちんとまとめた使用人頭──ベアトリス・ハーヴェイが前に出た。五十代後半の彼女は、私がこの事務所で唯一、真実を話せる相手だった。
「お嬢様がそのようなことをなさるはずがありません! 私が証言いたします。お嬢様は毎晩、誰よりも遅くまで──」
「ベアトリス。もういいのよ」
私は静かに遮った。
「え……」
「五年間、ありがとうございました」
深く頭を下げる。ベアトリスの目に涙が浮かぶのが見えた。
「リリアナ」
エドワードが気まずそうに咳払いをする。
「その……君の荷物はこちらで送るから。あと、婚約指輪は──」
「お返しいたします」
薬指から、質素な銀の指輪を外す。本来なら子爵家の嫡男が贈るにはあまりにも簡素なそれを、私は五年間大切にしていた。
馬鹿だったと思う。
「それと、エドワード様」
「何だい」
「クローデル伯爵との打ち合わせは、三度とも私が代行いたしました。セリーナ様がお忘れになっていたので。手紙も全て私が書いております。ただし──」
一拍置いて、私は続けた。
「業務連絡以外の手紙を書いた覚えはございません。筆跡鑑定をなさるおつもりでしたら、お気軽にどうぞ」
セリーナの顔が青ざめる。だが私はそれ以上追及しなかった。
(ここで争っても意味がない。彼らはもう、私を切り捨てると決めているのだから)
「お世話になりました」
最後にもう一度頭を下げ、私は応接室を後にした。
背後で、セリーナがわざとらしく泣き崩れる声がした。
「ひどいわ……最後まで私を悪者にして……」
「大丈夫だよ、セリーナ。僕が君を守るから」
(どうぞお幸せに)
廊下を歩きながら、私は深く息を吐いた。
不思議と、涙は出なかった。五年間張り詰めていた糸が、ようやく切れたような感覚。それは絶望ではなく、どこか清々しい解放感に似ていた。
「お嬢様……」
追いかけてきたベアトリスが、私の手を握った。
「どうか、お体をお大事に。あの方々は必ず……必ず後悔いたします。お嬢様なしでは、この事務所は立ち行かなくなりますわ」
「ありがとう、ベアトリス」
私は微笑んだ。彼女だけが知っている。王太子殿下の婚礼準備が、どれほど複雑な調整を要するか。あと二ヶ月で本番を迎えるあの大仕事を、セリーナが引き継げるはずがないことを。
「さようなら」
事務所の扉をくぐる。
王都の空は、皮肉なほど晴れ渡っていた。
◇◇◇
──実家に戻った私を待っていたのは、母の冷たい視線だった。
「恥さらしが」
オリヴィア・フォン・ヴェルディーナ侯爵夫人。かつては社交界の華と謳われた美貌の持ち主は、娘を一瞥するなり吐き捨てた。
「婚約破棄の上、職場追放? どの面下げて帰ってきたの」
「申し訳ございません、お母様」
形だけ頭を下げる。この人に真実を話したところで無駄だと、十年以上前から知っている。
「あなたの『調和の加護』を当てにして、どれだけの貴族家と縁を繋いできたと思っているの。それなのに──」
(ええ、知っています。私は道具でしかなかった)
「しばらく別邸で謹慎なさい。社交界に顔を出されたら迷惑だわ」
「──かしこまりました」
私は踵を返した。
「リリアナ」
「何でしょうか」
「二度と私の前に顔を見せないで」
振り返らなかった。その言葉は、長い長い年月をかけてできた心の鎧に、もう傷をつけることはなかった。
◇◇◇
──一週間後、私は王都を発った。
行き先は辺境伯領。王都から馬車で五日。荒涼とした風景が広がる、人々から忘れ去られたような土地。
そこで私は、小さなウェディングサロンを開くことにした。
「調和の加護」は私の目に映る。人と人との間に流れる感情の糸。愛情は金色、嫉妬は緑、悲しみは青。複雑に絡み合うそれらを解きほぐし、全ての人が心から祝福できる式を創る──それが、私に与えられた祝福だった。
(王族の式も、大貴族の祝宴も、もう二度とやらなくていい)
馬車の窓から、緑の丘陵が見えた。
(ここで、静かに、自分らしく生きよう)
新しい人生が、始まろうとしていた。
◇◇◇
辺境伯領の中心街──とは名ばかりの、小さな市場町だった。
石畳は所々ひび割れ、建物は古びているが、行き交う人々の表情は穏やかだ。王都の貴族たちが身に纏う猜疑と虚栄の糸は、ここにはほとんど見当たらない。
私が借りた物件は、市場広場に面した二階建ての古い建物だった。一階を接客室に、二階を住居にする。
「えらく辺鄙なところに来たもんだねえ」
隣の仕立て屋から顔を出したのは、赤みがかった茶髪をお団子にまとめた女性だった。そばかすの散った顔に、人懐っこい笑みを浮かべている。
「マルグリット・エルヴァインだよ。あんた、王都から来たんだって?」
「リリアナと申します。ウェディングサロンを開こうと思いまして」
「ウェディング? こんな田舎で?」
マルグリットは目を丸くした。だが次の瞬間、彼女の口元には笑みが戻っていた。
「いいねえ! この辺りじゃ結婚式っていっても、教会でお祈りして、村の広場で宴会するくらいだからさ。本格的なプランナーさんが来てくれるなら、若い娘たちが喜ぶよ」
「そう言っていただけると嬉しいです」
彼女から流れる糸は、温かな橙色。好奇心と善意が混じった、まっすぐな色だった。
「困ったことがあったら言いな。この辺りの職人は私がまとめてるからさ」
「ありがとうございます」
久しぶりに、心からの笑顔が浮かんだ気がした。
◇◇◇
──それから二週間。
小さなサロンは少しずつ形になっていった。壁は淡いクリーム色に塗り直し、古びた家具を磨き上げ、野の花を飾る。王都の華やかさはないが、温もりのある空間ができた。
最初の依頼は、農家の娘の結婚式だった。
予算は限られていたが、私は全力で向き合った。新婦の好きな花を聞き、地元の食材で料理を考え、参列者全員が楽しめる席順を組み立てる。
「調和の加護」が、彼女の家族関係を映し出していた。義母になる女性との間にわずかな緊張がある。原因は──些細な言葉の行き違い。
「お義母様は、花嫁様のことを『気が強い』とおっしゃっていたそうですね」
「え……はい。嫌われてるんじゃないかって……」
「いいえ」
私は首を振った。
「お義母様は『自分の意見をしっかり持っている娘さんだ。息子を任せられる』とおっしゃりたかったのです。ただ、言葉の選び方が不器用だっただけ」
花嫁の目が潤んだ。
式の当日、二人は涙を流しながら抱き合っていた。
「ありがとう、リリアナさん。こんな素敵な式、夢みたいだわ」
「お幸せに」
報酬は少なかったが、心は満たされていた。
(これでいい。これが私のやりたかった仕事だ)
王都では決して得られなかった充足感。誰かの幸せに、純粋に寄り添える喜び。
◇◇◇
──その日、見慣れない客が店を訪れた。
深い藍色の髪に、冬の湖のような銀灰色の瞳。長身で均整の取れた体躯を、旅人風の簡素な服で包んでいる。
一見すると冷ややかで近寄りがたい。だが私の目には、彼から流れる糸が見えた。
(……金色と、深い青)
誠実さと、どこか寂しさを帯びた憂い。高貴な身分を隠しているが、その本質は穏やかで温かい人なのだと、瞬時に分かった。
「いらっしゃいませ」
「失礼する。ここがウェディングサロンと聞いてきたのだが」
「はい、リリアナと申します。何かご用命でしょうか」
男性は店内を見回した。質素だが丁寧に整えられた空間、窓辺に飾られた野の花。彼の目が少し和らいだように見えた。
「結婚式の依頼……ではない。少し特殊な相談だ」
「お聞かせください」
私は彼に椅子を勧め、茶を淹れた。辺境で採れる野草のブレンド。香りが高く、心を落ち着かせる効果がある。
「……美味いな」
「ありがとうございます」
男性は一口啜ってから、本題に入った。
「私はこの領地の復興に携わっている者だ。長年の不作と疫病で、領民たちは疲弊している。そこで──」
「祝祭を、ですか」
私の言葉に、男性の目が見開かれた。
「……なぜ分かった」
「お顔を見れば。あなたは領民の幸せを心から願っている。けれど、ただ物資を配るだけでは足りない。人々の心に希望を灯すには、共に喜び合える場が必要だと考えておられる」
沈黙が落ちた。男性は静かに私を見つめている。
「……君は、人の心が読めるのか」
「少しだけ。人の気持ちが分かる程度です」
「謙遜だな」
彼の口元に、わずかな笑みが浮かんだ。
「私の名はアレク。この依頼、引き受けてもらえるだろうか」
「喜んで」
私たちは握手を交わした。
(この人は──信用できる)
直感がそう告げていた。
◇◇◇
──同じ頃、王都では。
「どういうことですの、この席順は!」
王妃の甲高い声が、王城の一室に響いた。
「申し訳ございません、王妃様……」
セリーナ・バーネットは、震える声で頭を下げていた。顔は蒼白、額には脂汗が浮いている。
「エルバート公爵家とヴァイス公爵家を隣り合わせに? あの二家が三代前から犬猿の仲だということも知らないの?」
「存じませんでした……前任者からの引き継ぎがございませんでしたので……」
「引き継ぎ? そんなもの、少し調べれば分かることでしょう!」
王妃の怒りは収まらない。王太子の婚礼まであと一ヶ月。席次の問題一つで、貴族間の確執が再燃し、式の成功が危ぶまれていた。
「それと、この装花の案は何かしら。白百合?」
「はい、王妃様のお好きな花かと……」
「馬鹿者! 白百合は私の母君の葬儀に飾った花です。婚礼に使うなど不吉極まりない!」
「そ、そんな……存じ上げませんでした……」
セリーナの目から涙がこぼれ落ちる。だがこの場では、涙は何の武器にもならなかった。
「王太子妃となるクラウディア様はなんとおっしゃっている」
「クラウディア様は……『リリアナ・フォン・ヴェルディーナ嬢ならば、このような初歩的な失態は犯さなかった』と……」
王妃の眉がぴくりと動いた。
「リリアナ? フローラルブライドを追われたあの娘のこと?」
「は、はい……」
「なぜ追放されたの」
「顧客の婚約者を誘惑したとかで……」
セリーナは自分が流した嘘を、震えながら繰り返す。だが王妃の目は鋭かった。
「ほう。あの侯爵令嬢が?」
「……はい」
「私は彼女に三度会ったことがある。口数少なく、控えめで、しかし仕事には一切の妥協を許さない娘だった。そのような軽率な真似をするとは思えないのだけれど」
「で、ですが……」
「まあいいわ。今は式の問題が先よ。あなたでは話にならない。他に誰かいないの」
「フローラルブライドには、他に王族の式を担当できる者は……」
「いないの? あれだけ大きな事務所なのに?」
セリーナは何も言えなかった。
真実を知っているのは、ベアトリスだけ。全ての極秘案件は、リリアナ一人が担っていたのだと。
◇◇◇
──子爵家では、さらに深刻な事態が進行していた。
「父上、これはどういうことですか」
エドワード・クレスウェルは、執務室で顔を青くしていた。
「クロムウェル大商会との取引が、全て白紙に?」
「……そうだ」
父である子爵は、疲れ切った顔で頷いた。
「先方が言うには、『仲介役の侯爵令嬢がいなくなった以上、取引を続ける理由がない』とのことだ」
「仲介役?」
「知らなかったのか。リリアナ嬢が、我が家と大商会の間を取り持っていたのだ。彼女の父君である侯爵と商会長が旧知の仲でな。彼女の顔を立てて、破格の条件で取引してくれていた」
「そ、そんな話は聞いていません」
「当たり前だ。お前は婚約者の仕事にも実家にも、何一つ興味を持っていなかっただろう」
エドワードは言葉を失った。
「あの娘がいなくなったことで、うちは最大の取引先を失った。他にも、社交界での根回し、各家との調整……全てあの娘が担っていたことだ」
「で、でも、リリアナは顧客の婚約者を誘惑して──」
「それが本当だと思っているのか?」
父の視線が冷たくなる。
「私は王妃様から直接お叱りを受けた。『お前の息子は見る目がない』とな」
「……」
「セリーナとやらが流した噂の裏を取ってみた。クローデル伯爵は、リリアナ嬢から熱心な手紙など受け取っていないと証言している。むしろ彼女の仕事ぶりを絶賛していた」
「嘘だ……」
「嘘をついているのはセリーナの方だ。お前は、つまらん女の言葉を信じて、得難い婚約者を自ら捨てたのだ」
エドワードは椅子にへたり込んだ。
(そんな、馬鹿な……)
リリアナの最後の言葉が蘇る。『筆跡鑑定をなさるおつもりでしたら、お気軽にどうぞ』。あの時、彼女は全て分かっていたのだ。自分が嵌められていることも、真実を語っても信じてもらえないことも。
「どうするのだ、エドワード」
「……分かりません」
「分からない、では済まんぞ。このままでは子爵家は没落する」
父の言葉は、残酷なほど正確だった。
◇◇◇
──辺境では、祝祭の準備が着々と進んでいた。
「すごいね、リリアナさん。どうやってこんな予算でこれだけのことを?」
マルグリットは、計画書を見て目を丸くした。
「地元の素材を最大限に活かすんです。王都から高価な品を取り寄せなくても、この土地には美しいものがたくさんある」
祝祭のテーマは『実りへの感謝と、明日への希望』。
領民たちが持ち寄った収穫物で会場を飾り、各村の伝統料理を振る舞い、子供たちには手作りの小さな花冠を配る。華やかさよりも、温かさを重視した設計。
「あんたの作る式は、人を幸せにするね」
マルグリットがぽつりと言った。
「都会の偉い人たちがなんと言おうと、ここの人たちはみんな喜んでるよ」
「……ありがとう」
胸が温かくなった。
アレクと名乗った男性は、毎日のように進捗を確認しに来た。身分を隠しているようだが、私にとってはどうでもいいことだった。彼が領民を心から想っていること、誠実な人間であること、それだけで十分だった。
「君は、なぜこの辺境に来たのだ」
ある日、彼が静かに尋ねた。
「王都での経歴を聞けば、もっと良い場所で働けたはずだ」
「……追放されたんです」
隠す理由もなかった。
「婚約者に捨てられ、職場を追われ、実家にも見放されました」
「理由は」
「『女としての魅力がない』のだそうです。あとは、同僚の讒言を信じた上司に」
アレクの目が、わずかに細められた。
「……愚かな者たちだ」
「え?」
「君の価値を見抜けなかった者たちは、愚かだと言っているんだ」
「……」
「君がこの祝祭にどれだけ心を砕いているか、私には分かる。細部への配慮、人々への敬意、そして──この土地を愛そうとする姿勢。それが『魅力がない』などと、誰が言う」
初めてだった。
仕事の成果ではなく、私自身を見てくれる人に出会ったのは。
「あなたは……変わった方ですね」
「そうか?」
「普通の方は、私の仕事を褒めることはあっても、私自身を見ようとはしません」
アレクは少し困ったように笑った。
「それは周囲の人間の目が節穴だっただけだ。君は──美しいよ。外見のことではない。在り方が」
顔が熱くなる。
「……お世辞がお上手なんですね」
「事実を言っているだけだ」
彼の目は真剣だった。冬の湖のような銀灰色の瞳が、まっすぐに私を見つめている。
(この人は、嘘をついていない)
「調和の加護」がなくても分かる。彼の言葉には、一片の虚偽もなかった。
◇◇◇
──祝祭の日は、晴天に恵まれた。
辺境伯領の中央広場は、色とりどりの飾り付けで彩られていた。地元で採れた穀物の穂、野の花で編んだ花冠、子供たちが描いた旗。どれも高価なものではないが、人々の想いが詰まっている。
「リリアナさん、見て! 娘が泣いてるの」
マルグリットが指差す先で、若い母親が幼い娘を抱きしめていた。
「どうしたの、ミア」
「だって……こんなきれいなお祭り、初めてなんだもん……」
私の胸に温かいものが広がった。
(これだ。これが、私のやりたかったこと)
広場の隅から、アレクがこちらを見ていた。その顔には穏やかな笑みが浮かんでいる。
「素晴らしい祝祭だ」
「皆さんのおかげです」
「謙遜はいい。これは君の力だ」
彼の言葉に、素直に頷くことができた。
祝祭は大成功だった。領民たちは久しぶりに心から笑い、歌い、踊った。疲弊していた人々の顔に、少しずつ光が戻っていく。
「アレク様」
広場の片隅で、私は彼に声をかけた。
「あなたは──本当は何者なんですか」
「……気づいていたか」
「最初から。身分を隠していらっしゃることは」
彼は苦笑した。
「隠し通せると思っていたんだが」
「『調和の加護』は、人の本質を映します。あなたは高貴な生まれで、多くの責任を背負い、けれど心根は誠実な方だと」
「……なるほど」
アレクは姿勢を正した。
「改めて名乗ろう。私はアレクシス・ルーヴェン・ファルシオン。隣国の第二王子だ」
「存じておりました」
「いつから?」
「お名前を聞いた時から。隣国の第二王子が辺境復興を任されていることは、王都でも噂になっていましたので」
アレクシス殿下は目を瞬かせ、それから声を上げて笑った。
「……君は面白い女性だな。なぜ今まで黙っていた」
「殿下が隠していらっしゃるのに、こちらから暴くのは野暮かと」
「敬語になったな」
「王子様相手ですから」
「やめてくれ」
彼は手を振った。
「私は君に、リリアナとして接してほしかった。王子としてではなく、一人の男として」
「……え?」
「おかしいか? 初めて会った時から、君に惹かれていた。身分など関係なく」
心臓が跳ねた。
「殿下……」
「返事は急がない。ただ、覚えておいてほしい。私は君を、一人の女性として見ているのだと」
銀灰色の瞳が、まっすぐに私を見つめていた。
◇◇◇
──辺境の祝祭の噂は、瞬く間に広がった。
「聞いたか? 辺境で開かれた祝祭が大盛況だったらしい」
「ああ、荒廃した領地が息を吹き返したとか。企画したのは若い女性だそうだ」
「なんでも王都で有名なウェディングプランナーだったらしい」
「フローラルブライドを追われた侯爵令嬢? 彼女か!」
王都の社交界では、リリアナの名が再び囁かれ始めていた。
そして──
「王妃様がお呼びです、セリーナ様」
フローラルブライド事務所に、王城からの使者が訪れた。
「は、はい……」
セリーナは青ざめた顔で王城へ向かった。そこで待っていたのは、王妃の氷のような視線だった。
「リリアナ・フォン・ヴェルディーナ嬢が、辺境で見事な祝祭を成功させたそうね」
「……存じております」
「彼女を追放したのは、あなたの讒言だったそうね」
「そ、それは誤解です!」
「クローデル伯爵から直接話を聞いたわ。あなたが偽の証拠を作り、リリアナ嬢を陥れたのだと」
「嘘です! 伯爵が嘘を──」
「伯爵と私が、どちらの言葉を信じると思う?」
セリーナは言葉を失った。
「王太子の婚礼は破綻寸前よ。席次の問題、装花の失態、料理の手配ミス……あなたの無能のせいで」
「も、申し訳……」
「謝罪はいらないわ。リリアナ嬢を連れ戻しなさい。彼女に救援を頼むのよ」
「で、ですが、彼女は辺境に──」
「知っているわ。使者を送り、王家として正式に依頼するのです。あなたが」
セリーナの顔から血の気が引いた。
自分が追い出した相手に、頭を下げて助けを求める。これ以上の屈辱があるだろうか。
だが、王妃の命令に逆らうことはできない。
◇◇◇
──数日後、私のサロンに予期せぬ来客があった。
「リ、リリアナ様……」
セリーナ・バーネットが、震える声で私の前に立っていた。
(あら)
驚きはしたが、動揺はなかった。いつかこうなることは、分かっていた。
「お久しぶりです、セリーナ様。どのようなご用件でしょうか」
「王太子殿下の婚礼のことで……王家から正式なご依頼を」
「お断りいたします」
即答だった。
「え……」
「聞こえませんでしたか? お断りいたします、と申し上げました」
セリーナの顔が歪んだ。
「な、なぜですの! 王家からのご依頼ですのよ!」
「王家がご依頼なさっているのではなく、あなたの失態を補うために私が必要なのでしょう」
「……」
「違いますか?」
返す言葉もなかったようだ。
「セリーナ様。私はあなたと元婚約者に『女としての魅力がない』と公衆の面前で辱められ、身に覚えのない罪を着せられて追放されました」
「それは……」
「今更、何事もなかったかのように助けを求められても、応じる道理がございません」
「で、でも──」
「『でも』?」
私は静かに微笑んだ。
「セリーナ様。王太子の婚礼は国家的行事です。それを任されたのはあなた。であれば、最後まであなたがおやりなさい」
「無理です……私には……」
「知っています。あなたには無理でしょう。だから私を陥れて、私の仕事を奪おうとしたのでしょう?」
セリーナは答えられなかった。
「お帰りください。私は忙しいのです」
「リリアナ様……お願いです……このままでは私は……」
「社交界から追放される? それはお気の毒に」
私は感情を込めずに言った。
「でも、それはあなた自身が蒔いた種でしょう。私が刈り取る義理はありません」
セリーナは泣き崩れた。だが、その涙に心を動かされることはなかった。
「最後に一つだけ教えてさしあげます」
「……何を」
「王妃様は白百合がお嫌いです。お母様の葬儀に飾った花だから。代わりに淡いピンクの薔薇をお勧めなさい。席次については、エルバート公爵家とヴァイス公爵家を離れた位置に。あの二家は三代前から犬猿の仲です」
「え……」
「私が知っているのはこれだけです。あとはご自身でお調べなさい」
セリーナは呆然としていた。
「なぜ……教えてくださるのですか」
「王太子妃となるクラウディア様に罪はないからです。あの方の式が完全に失敗するのは忍びない」
「……」
「さようなら、セリーナ様。二度とお会いすることはないでしょう」
私はドアを開けた。
セリーナは力なく立ち上がり、よろめきながら去っていった。
◇◇◇
──それから一週間後。
「大変だったな」
アレクシス殿下が、私のサロンを訪れた。
「お聞きになったのですか」
「王都の噂は早い。君が王家の依頼を断ったと」
「ご迷惑でしたか?」
「いいや」
殿下は首を振った。
「むしろ感心した。君は自分の価値を正しく理解している」
「……自分を安売りする気はありませんでした」
「それでいい」
殿下の目が、優しく私を見つめた。
「君を傷つけた者たちのために働く必要はない。君の才能は、君を大切にしてくれる人のために使えばいい」
「……ありがとうございます」
「礼を言うのは私の方だ」
殿下が一歩、距離を詰めた。
「祝祭の成功は、君のおかげだ。領民たちは皆、君に感謝している。私も──感謝してもしきれない」
「殿下……」
「アレクシスと呼んでくれ」
「それは……」
「駄目か?」
銀灰色の瞳が、静かに私を映している。
「……アレクシス様」
「『様』はいらない」
「では……アレクシス」
名前を呼ぶと、彼は嬉しそうに目を細めた。
「いい声だ。君に名前を呼ばれると、悪くない気分になる」
「……お上手ですね」
「事実だ」
彼はいつも、そう言う。そして本当に嘘をつかない人だと、私は知っている。
「リリアナ」
「はい」
「正式に伝えたいことがある」
彼の表情が、真剣なものに変わった。
「私と結婚してほしい」
心臓が止まるかと思った。
「え……」
「驚かせてすまない。だが、これ以上待てなかった」
「待てない、とは……」
「君のことを、毎日考えている。傍にいたいと思っている。それは身分や利益のためではない。純粋に、君という人間に惹かれているからだ」
「私は……追放された身です。社交界での評判も──」
「そんなものは関係ない」
彼の声には、揺るぎない確信があった。
「君の価値は、他人の評価で決まるものではない。私には分かる。君がどれほど誠実で、心優しく、そして強い人間であるか」
「アレクシス……」
「返事は急がない。考える時間が必要なら、いくらでも待つ。ただ──」
彼が私の手を取った。
「君の幸せを、私に任せてはくれないか」
温かい手だった。大きくて、けれど優しい。
五年間、婚約者であったエドワードから、こんな温もりを感じたことはなかった。
「……考えさせてください」
「ああ。待っている」
彼は笑った。冬の湖のような瞳が、初めて春のように温かく見えた。
◇◇◇
──王太子の婚礼は、予定通り執り行われた。
ただし、当初の計画からは大幅に規模を縮小されて。
「まさか王太子の婚礼で、地方貴族しか招待されないとは……」
「エルバート公爵家とヴァイス公爵家の両方から参列拒否の返答があったらしい」
「席次で揉めた件か。あの担当者は何を考えているのだ」
社交界では、セリーナの失態が囁かれていた。
婚礼は「成功」とは言い難いものだった。参列者は当初の三分の一。装花は無難な白薔薇に変更されたが、統一感がなく、会場は寂しい印象を与えた。料理の手配ミスで一部の客に食事が届かず、王妃は終始不機嫌な表情を崩さなかった。
それでも式は終わった。
だが──
「セリーナ・バーネット嬢の社交界追放が決定しました」
婚礼の翌日、その報せは瞬く間に広まった。
「王妃様の逆鱗に触れたそうだ」
「無能の烙印を押されて、実家の男爵家も連座で社交界から遠ざけられるとか」
「あれだけ『可愛い可愛い』ともてはやされていたのにな」
「所詮、見かけ倒しだったということだ」
◇◇◇
そして、クレスウェル子爵家。
「も、もう駄目だ……」
エドワードは、実家の執務室で頭を抱えていた。
クロムウェル大商会との取引が破談になって以来、子爵家の収入は激減した。他の商会との交渉も難航し、社交界での立場も危うくなっている。
「エドワード」
父である子爵が、重い足取りで入ってきた。
「王都の社交界で、リリアナ嬢の噂を聞いたか」
「……いいえ」
「彼女は隣国の第二王子に見初められたそうだ。正式な求婚を受けているらしい」
「……は?」
エドワードは顔を上げた。
「隣国の……王子に?」
「ああ。辺境で開いた祝祭が大成功を収め、その才能を認められたのだと。アレクシス殿下は彼女を『稀有な才能と誠実さを持つ女性』と絶賛されているそうだ」
「そんな……馬鹿な……」
「馬鹿はお前だ、エドワード」
父の声は冷たかった。
「あの娘の何を見ていた。五年間も婚約していながら、彼女の価値が分からなかったのか」
「だって……リリアナは地味で、華がなくて……」
「外見しか見ていなかったということだ。だから、計算高いだけの女に騙された」
「セリーナは……」
「社交界を追われた。お前を頼ってくることもないだろう。彼女にとって、落ちぶれた子爵家の嫡男など利用価値がないのだから」
エドワードは言葉を失った。
セリーナは確かに可愛かった。守ってあげたくなる儚さがあった。だが──彼女はエドワードを愛していたわけではない。利用していただけだ。
「リリアナは……」
「何だ」
「僕のことを、愛していたんでしょうか」
「……愚かな質問だな」
父は嘆息した。
「五年間、あの娘がお前のために何をしてきたか。お前の実家を支え、社交界での立ち回りを助け、商会との橋渡しをし──全て、婚約者として当然だと思っていたのか?」
「……」
「愛されていたかどうかは知らん。だが少なくとも、彼女はお前のために尽くしていた。それをお前は『女としての魅力がない』の一言で切り捨てた」
「僕は……」
「もう遅い。彼女は二度と戻らん。そしてお前には、彼女の代わりになる者を見つける力もない」
父は背を向けた。
「子爵家の没落は避けられないだろう。お前は、その結果を一生背負って生きていくのだ」
扉が閉まる音が、執務室に響いた。
エドワードは、ただ呆然と座り込んでいた。
◇◇◇
──王都で全てが崩壊していく中、私は辺境で穏やかな日々を送っていた。
「リリアナ」
アレクシスが、夕暮れの丘の上で私の名を呼んだ。
「考えは、まとまったか」
「……はい」
求婚から、一ヶ月が経っていた。
「私は……ずっと、自分には価値がないと思っていました」
「……」
「婚約者には『魅力がない』と言われ、母には『恥さらし』と罵られ、職場では功績を全て奪われて。自分が何のために生きているのか、分からなくなることもありました」
風が吹いて、蜂蜜色の髪が揺れた。
「でも、ここに来て──アレクシスに会って、変わりました」
「私に会って?」
「はい。あなたは私を、初めて『私自身』として見てくれた。仕事の成果だけでなく、私という人間を」
アレクシスの銀灰色の瞳が、優しく細められた。
「当たり前のことだ」
「でも、私にとっては当たり前ではなかった。だから──」
私は深呼吸をした。
「あなたの申し出を、お受けしたいと思います」
「……本当か」
「はい。私を──幸せにしてくれますか」
「約束する」
彼が私の手を取った。
「君の才能は、君自身の幸せのために使ってほしい。私のためだけでなく」
「アレクシス……」
「君は、もう誰かのために自分を犠牲にしなくていい。君が幸せでいること──それが、私の一番の願いだ」
涙が溢れた。こんなにも優しい言葉を、私は今まで聞いたことがなかった。
「……ありがとう」
「礼を言うのは私の方だ。君が、私を選んでくれたことに」
夕陽が二人を照らしていた。辺境の荒野が、黄金色に染まっている。
王都での日々は、もう遠い過去のようだった。
◇◇◇
──一年後、隣国の王都にて。
「リリアナ様、お美しいです」
マルグリットが、涙声で言った。
鏡の中には、純白のウェディングドレスを纏った女性がいた。淡い蜂蜜色の髪は、今日だけは華やかに結い上げられ、小さな真珠の飾りが光っている。
「……本当に、私なの」
思わず呟いた。かつて『地味で華がない』と言われた私が、こんなにも美しいドレスを着ている。
「リリアナ」
ベアトリスが、静かに歩み寄った。彼女は今、私のサロンで使用人頭として働いている。
「お嬢様──いえ、リリアナ様。本日のお式は、全て貴女自身が設計なさいました。ですから、きっと完璧な式になります」
「……ありがとう、ベアトリス」
自分の結婚式を、自分でプロデュースする。奇妙に思えるかもしれないが、私にとってはこれが最も幸せな形だった。
花はアレクシスの瞳の色に合わせた銀灰色の薔薇と、私の故郷の野花。席次は、両国の貴族たちが自然に交流できるよう細心の注意を払って配置した。料理は辺境の素朴な郷土料理と、隣国の宮廷料理を融合させたコース。
全てに、私の想いが込められている。
「リリアナ」
扉が開いて、アレクシスが入ってきた。
「殿下! 花婿様が花嫁のお部屋に入るなんて──」
マルグリットが慌てるが、アレクシスは笑って手を振った。
「少しだけだ。どうしても、君に伝えたいことがあった」
「何でしょうか」
彼が私の前に立つ。銀灰色の瞳が、まっすぐに私を見つめている。
「君は、美しい」
「……また、そんなことを」
「何度でも言う。君は美しい。今日だけでなく、初めて会った日から、ずっと」
心臓が跳ねる。一年経っても、彼の言葉には慣れない。
「外見のことではない。君の在り方が、生き様が、美しいんだ」
「アレクシス……」
「今日から、君は私の妻になる。王子妃として多くの責任を負うことになるだろう。だが──」
彼が私の手を取った。
「何があっても、私は君の味方だ。君を一人にはしない。約束する」
涙が溢れそうになった。
「……ありがとう」
「礼を言うのは私の方だ。君が、私を選んでくれたことに」
彼は優しく笑い、そして去っていった。
◇◇◇
──結婚式は、盛大に執り行われた。
両国の王族、貴族たちが参列する中、私はアレクシスの隣で誓いの言葉を交わした。
「汝、アレクシス・ルーヴェン・ファルシオンは、リリアナ・フォン・ヴェルディーナを妻として娶り、生涯愛し、敬い、支えることを誓いますか」
「誓います」
「汝、リリアナ・フォン・ヴェルディーナは、アレクシス・ルーヴェン・ファルシオンを夫として迎え、生涯愛し、敬い、支えることを誓いますか」
「誓います」
指輪が交換され、祝福の鐘が鳴り響いた。
参列者たちの間に、金色の糸が流れていた。祝福と喜びの色。誰一人として、偽りの笑顔を浮かべている者はいない。
(これが、本当の結婚式)
私が生涯をかけて創り続けてきた『全ての人が心から祝福できる式』。それを、今日、自分自身のために──
「リリアナ」
アレクシスが囁いた。
「幸せか」
「……はい」
「良かった」
彼が私の手を握る。温かい手。この一年間、何度も私を支えてくれた手。
「私も、幸せだ」
参列者たちから拍手が起こった。
◇◇◇
──披露宴の最中、一人の女性が私の前に現れた。
「リリアナ様」
淡い金髪と聡明な碧眼──王太子妃クラウディアだった。
「クラウディア様。本日はお越しいただき──」
「お礼を申し上げたいのは私の方です」
彼女は深く頭を下げた。
「あの時、助言をくださったのでしょう。セリーナに、白百合のことと席次のことを」
「……お恥ずかしながら」
「あなたのおかげで、私の式は完全な失敗を免れました。感謝しております」
クラウディアは顔を上げ、真剣な表情で続けた。
「そして──あなたを追放した者たちの愚かさを、心からお詫びいたします。王家として、あなたの功績を正当に評価できなかったことを」
「そのお言葉だけで、十分です」
私は微笑んだ。
「過去のことは、もう気にしておりません」
「……強い方ですね、あなたは」
「いいえ。ただ、前を向いているだけです」
クラウディアは少し笑い、そして去っていった。
◇◇◇
──宴も終わりに近づいた頃。
私はバルコニーに出て、夜空を見上げていた。
「リリアナ」
アレクシスが隣に立った。
「疲れたか」
「いいえ。ただ──少し、考えていました」
「何を」
「一年前の私に、伝えたいことがあるなと」
「何と伝えたいんだ」
私は微笑んだ。
「『大丈夫。あなたは、幸せになれる』と」
アレクシスが私の肩を抱いた。
「伝わっているさ。きっと」
「……そうかしら」
「ああ。だから君は、諦めずにここまで来られた」
星が瞬いている。王都の夜空は、辺境よりも明るいけれど、それでも美しかった。
「アレクシス」
「何だ」
「私を見つけてくれて、ありがとう」
「……こちらこそ」
彼の声は、優しかった。
「君が、私の人生に来てくれたことに──心から感謝している」
二人で星を見上げた。
かつて『女としての魅力がない』と言われた私は、今、誰よりも愛される王子妃として、誰よりも幸せな花嫁として、ここにいる。
過去の傷は消えない。でも、もう痛まない。
新しい人生が、始まっている。
愛する人の隣で、私は──笑っていた。
【完】




