第7話:聖地の継承者、朱色の衝撃
黒潮シャークスとの死闘から一週間。
退院したばかりのしみまるを待っていたのは、球団史上、最も異質な練習試合だった。
対戦相手は、和歌山が誇る高校野球の絶対王者――「智和学園」。
「おいおい、高校生相手にプロが胸を貸すってのか? 冗談きついぜ」
二塁手の熊野俊が、三塁側ベンチに整列した朱色のユニフォームの集団を見やり、鼻で笑った。しかし、エースの竜神豪の表情は、いつになく険しい。
「……舐めるなよ、熊野。あいつらは去年の甲子園覇者だ。おまけに、ドラフト上位候補の『バケモノ』が三人は混ざっている」
ベンチでグラブを整えるしみまるの背後に、監督が音もなく立った。
「しみまる。今日の先発、お前で行くぞ」
「……えっ、先発? 僕、ジョーカー(抑え)の役割じゃ……」
驚くしみまるに、監督は不敵な笑みを浮かべた。
「長いイニングを投げてこそ、本当の『からくり』の使い道が見えてくる。145キロの幻影、五回まで持たせてみろ」
初めての先発登板。
マウンドに立つしみまるの右腕には、明日香が不眠不休で調整した新型の『長時間駆動用・循環冷却プラグ』が、初夏の陽光を浴びて鈍く光っていた。
「……智和学園。何だ、この熱気は」
アルプススタンドからは、高校野球特有の、腹の底を揺さぶるようなブラスバンドの重低音が響いてくる。やがて、あの「魔曲」が流れ始めた。
――『ジョックロック』。
数々の逆転劇を演出してきた呪術的な旋律が響き渡った瞬間、しみまるの精密センサーが微かなエラーを吐き出した。球場の空気が、物理的に変質したかのように重く、熱く、澱んでいる。
一回表、智和学園の攻撃。
一番打者が打席に入る。金属バットを短く持ち、獲物を狙う鷹のような眼光。
しみまるは、セットポジションに入った。
(先発だ。出力を70%に抑え……140キロ前半の直球で、まずはコーナーを突く……)
脳内チップが「効率的」な省エネモードを選択しようとした、その刹那。
キィィィィィィィン!!
右腕の殺気検知が、最大級のアラートを鳴らした。
打席の高校生たちの瞳には、未来を、人生を、この一球に懸ける狂気的なまでの執念が宿っていた。
「……甘いよ、プロの兄ちゃん」
三番に座る高校球界最強の怪物、黒潮海斗が不敵に口角を上げた。
第一球。
しみまるが様子見で投じた、外角低めのスライダー。機械の計算上、空振りか内野ゴロに仕留められるはずの「正解」の一球。
しかし、黒潮は微塵も揺らがなかった。踏み込んだスパイクが土を噛み、金属バットが猛烈なヘッドスピードで空気を引き裂く。
――ガギィィィィィィィンッ!!
耳を劈くような金属音。
打球は、しみまるの演算予測を遙かに上回る初速で、一直線にレフトスタンドの最上段へと突き刺さった。
「なっ……先頭打者ホームラン……!?」
プラムスのナインに戦慄が走る。静まり返るスタンド。
しみまるは、マウンドで呆然と立ち尽くしていた。
計算では、あそこからスタンドまで運ばれるはずがないのだ。しかし、高校生たちの「一球にかける執念」は、サイボーグの論理回路を、物理法則を、強引に捻じ曲げていた。
(……僕は、何を考えていたんだ)
しみまるの右腕が、己への屈辱に反応するように熱を帯び始める。
(相手が高校生だからって、無意識に見下していたのか? 出力を抑えるなんて……そんな失礼な真似を……!)
ドクン、と生身の心臓が激しく波打った。
父の遺産であるコア・ユニットが、主の純粋な「怒り」と「闘争心」に呼応し、深層プログラムを起動させる。
『精神共鳴・レベル上昇。リミッター解除シークエンスを開始』
「……すまない、みんな。少し、熱くなりすぎたみたいだ」
しみまるは、帽子のつばを深く被り直した。
右腕の冷却プラグから、シュウゥゥッ! と激しい蒸気が噴き出し、マウンドを白く染め上げる。
「第二球……。ここからは、一球たりとも手は抜きません」
マウンドに立つしみまるの背番号19が、陽光を跳ね返して眩しく輝く。
サイボーグのエースと、聖地を背負う若き猛獅子たち。
限界を超えた145キロの「分身投法」が、智和学園の誇る鉄の打線と、正面から衝突しようとしていた。




