第32話:開幕の嵐、揺らぐ信頼と「愛」の洗礼
紀伊プラムスの2年目、開幕戦。
スタジアムには、侍ジャパンでの活躍を経て国民的カップルとなった「しみまる・砂織バッテリー」を一目見ようと、かつてないほどの大観衆が詰めかけていた。
しかし、その華やかな雰囲気は、対戦相手である「帝都キングス・リザーブ」の先発マウンドに登った氷室アリアの登場により、一変する。
「お熱いこと。でも、マウンドの上までピンク色に染まっているようじゃ、終わりね」
アリアは、兄・レイ以上に透き通った瞳でしみまるを射抜く。彼女の右耳には、打者の脳波と心拍数をリアルタイムで解析する最新型集音デバイスが光っていた。
1回裏。しみまるが第1打席に立つ。
アリアの第1球。それは、打者の「迷い」を増幅させる特殊な振動を帯びた、**『サイキック・スライダー』**だった。
「……っ!?」
しみまるの視界に、砂織の笑顔が浮かぶ。だが、その笑顔は次の瞬間、アリアの放つ不気味なノイズによって「僕が失敗して砂織さんが責められる」という最悪のイメージに書き換えられた。
(僕が打てなきゃ、砂織さんまで笑われる。……守らなきゃ、僕が……!)
力み。それが生身の右腕を狂わせた。
バットは空を切り、しみまるは三打席連続三振。さらに、守備に回ってもアリアの心理攻撃は続く。
「砂織さん、あの一球は……」
「しみまる君、考えすぎよ! 自分のリズムで投げて!」
ベンチに戻る二人の間に、わずかなトゲが刺さる。
「付き合ってるから集中できてないんじゃないか?」
「結局、機械がなきゃただのカップルか」
スタンドからの無責任な野次が、しみまるの生身の耳に痛いほど突き刺さる。
5回表、ピンチを迎えたマウンド。砂織がタイムを取って駆け寄った。
しみまるは、自身の不甲斐なさに視線を落としていたが、砂織はその両頬をミットで挟み、無理やり顔を上げさせた。
「……バカ。あんた、私のために投げようとしてるでしょ」
「……だって、砂織さんを守りたいし、二人で勝ちたいから」
「そんなの、愛じゃないわよ。それはただの『独りよがり』。……私が惚れたのは、からくりでもヒーローでもない、泥臭く野球を楽しんでる『しみまる』よ!」
砂織はグイッと顔を寄せ、しみまるの耳元で囁いた。
「……今夜、初デートのやり直し、させてあげるから。……だから今は、私のミットだけを見てなさい」
その言葉に、しみまるの心臓が激しく、だが一定の心地よいリズムで鳴り始めた。
アリアのデバイスが、突如として激しいエラー音を奏でる。
「な、何……? 彼の脳波から『迷い』が消えた……!? 逆に、一人の女性への『信頼』という強固なバリアで、私の干渉が弾かれるなんて!」
しみまるは、小さく頷いた。
右腕に、かつての黄金の光はない。だが、指先には砂織が握った手のぬくもりが残っている。
「……行くよ、砂織さん」
放たれた140km/hの直球。
それはアリアの計算を、世間の野次を、すべてのノイズを貫く「純粋な一球」だった。
バシィィィィィィンッ!!!
砂織のミットが、最高に力強い音を立てた。
二人の瞳が合う。
「カップルでの優勝」という道のりは、まだ始まったばかり。だが、この日、二人は「愛」を武器ではなく「土台」に変える術を学んだ。




