第24話:侵食する銀腕、父たちの罪
オールスター第2戦、舞台は熱狂の阪神甲子園球場。
しかし、ベンチ裏の通路で、明日香は黒金博士を問い詰めていた。昨夜の密会、そして「共鳴システム」の真実を。
「……博士、答えて! しみまる君を、氷室厳に売ったの!?」
黒金は眼鏡を指で押し上げ、重い口を開いた。
「……売ったのではない。救おうとしているのだ。大和が遺した『共鳴システム』は未完成だった。それは、同調率が上がるほど、人間の脳を機械側の演算論理で上書きしてしまう……**精神侵食**を引き起こす欠陥品だ」
驚愕する明日香。氷室厳は、その侵食データを集めることで、究極の「意志なき兵器」を作ろうとしていたのだ。黒金は、しみまるの脳が焼き切れる前に、氷室が持つ「制御コード」を奪い取ろうと取引を持ちかけていた。
試合は終盤。再び、しみまると氷室レイの対決が訪れる。
だが、しみまるの様子がおかしかった。銀色だった右腕の装甲が、血管のような黒い筋に侵食され、禍々しい変色を始めている。
「……あ、あ……」
しみまるの視界に、無数のエラーログと、血のような赤いノイズが走る。
感情が消えていく。ただ「球を打つ」という最適解だけを求める、冷徹な機械の思考が脳を支配し始めていた。
「見ろ、からくり人形。それがお前の本性だ」
氷室レイが、勝ち誇ったように162km/hの剛速球を投げ込む。
しみまるの右腕が、自律的に動いた。
人間では不可能な角度、不自然な速度。
バキィィィン!!
打球はスタンドへ消えたが、審判の判定はファウル。それ以上に、しみまるの表情には生気がなく、ただ人形のようにマウンドを見つめていた。
「しみまる君!! 負けないで!!」
バックネット裏から、明日香の絶叫が響く。
「機械になっちゃダメ! あんたは、紀伊プラムスのしみまるでしょ! 泥だらけで、仲間と笑ってた、あの『しみまる』に戻って!!」
その声が、侵食される脳の奥底に届いた。
しみまるの脳裏に、マウンドで共に汗を流した竜神の不器用な笑顔や、砂織がミットを叩く音がフラッシュバックする。
(……そうだ。僕は……精密な計算がしたくて、バットを振ってるんじゃない……!)
しみまるは、自身の右腕に左手を添え、強引に「共鳴システム」のスイッチをオフにした。
脳内のノイズが消え、代わりに猛烈な激痛が全身を襲う。
「……氷室。データも、計算もいらない」
しみまるの瞳に、人間としての熱い光が戻る。
「今、僕の心臓が刻んでるリズムが……僕の『野球』だ!」
氷室レイが、全力の『フォークボール・ゼロ』を放つ。
しみまるは、もはや予測ラインなど見ていなかった。
ただ、仲間と繋いできたこのバットの重みだけを感じ、一歩踏み込む。
バキィィィィィィンッ!!!
黒く変色した義腕が、衝撃で装甲を吹き飛ばしながら、白球を粉砕した。
打球はバックスクリーンを直撃する、特大のサヨナラホームラン。
氷室レイは、呆然と立ち尽くしていた。
「……なぜだ。計算上、今の球は100%空振りだったはずだ……」
「……計算できないのが、人間なんだよ」
しみまるは、砕け散った右腕を抱え、グラウンドに倒れ込んだ。
駆け寄る明日香と黒金博士。
そして、スタンドから降りてきた氷室厳が、冷たく言い放つ。
「……共鳴を止めたか。だが、代償は大きいぞ。その腕は二度と動かん」
しかし、しみまるは笑っていた。
「……いいですよ。また明日香さんが、最高の腕を作ってくれるから」
オールスターの夜、少年は機械の呪縛を打ち破り、真の「人間」としての勝利を掴み取った。だが、その背後では、父・大和の遺産のさらなる深層、「からくり計画」の全貌が動き出そうとしていた。




