第22話:『夢の聖域、銀腕と氷室』
和歌山の夜を焼き尽くした死闘から数週間。
紀伊プラムスの劇的な逆転勝利と、不法な軍事介入を試みた帝都タイタンズの失墜は、日本野球界の勢力図を根底から塗り替えた。
そして今、その中心地にいた少年は、眩いばかりのカクテル光線の下に立っている。
日本の野球の聖地、東京ドーム。
全プロ野球界の至宝が集結する、「全日本オールスター・ドリームマッチ」。
プラムスからは特別枠としてしみまる、そして不動のエース・竜神豪、主砲・南紀豪の三名が選出された。地方の「からくり球団」と揶揄された彼らが、ついに正統なスターたちと同じ土俵に立ったのだ。
聖地の光の中で
巨大な白い屋根の下、しみまるは自身の右腕を調整していた。
タイタンズ戦の最後、鉄の雨を打ち返すために大破した「バスター・アーム」は、黒金博士と明日香の執念によって、更なる深化を遂げていた。
「いい、しみまる。この新しい腕は、破壊力はそのままに、微細な『感覚フィードバック』を復活させたわ。投球はまだ無理だけど、指先の震えひとつでバットの面を制御できる」
ベンチの隅で、明日香が真剣な面持ちでタブレットを操作し、出力を微調整する。
「ありがとう、明日香さん。……でも、ここには本物の『怪物』たちが集まっているんだ」
しみまるの視線の先。バッティングゲージで快音を響かせているのは、パ・リーグの三冠王や、生身の腕で160キロを叩き出す本格派たち。彼らには「からくり」など必要ない。神に選ばれた肉体と、地獄のような研鑽で磨き上げられた本物のスターたちだ。その輝きの前では、自分の銀腕が、ひどく異質で歪なものに思えた。
氷の刺客
「……君が『からくり』のしみまるか」
背後からかけられた声は、真夏のドームに冷気を走らせるほど冷徹だった。
そこに立っていたのは、セ・リーグの新人王最有力候補、帝都キングスの氷室レイ。スマートな体躯に、獲物を射抜くような鋭い眼光。彼はしみまるの銀色の義腕を、汚らわしいものを見るような目で見つめた。
「不純だな。野球とは、肉体と精神を極限まで研ぎ詰めた者だけが許される聖域。機械を継ぎ足して結果を奪うのは、スポーツに対する冒涜だ」
「……冒涜かどうかは、グラウンドが決めることだ。僕はこれでないと戦えない。これでないと、守れない場所があった」
しみまるが言い返すが、氷室はフッと憐れむように鼻で笑った。
「君の父、紀伊大和は私の父の弟子だった。だが、私の父は紀伊の考えを『邪道』として切り捨て、破門した。……オールスターの打席で教えてやるよ。本物の『人間』の力が、機械の計算などという安っぽい壁を、いかに容易く凌駕するかをな」
夢の祭典、開幕
オールスター第一戦。
満員、四万人の大歓声が地響きとなって東京の夜に鳴り響く。
しみまるは「代打」として、ベンチで静かにその時を待っていた。
試合は中盤、プラムスのエース・竜神豪がマウンドに上がる。
「おい、しみまる! 見てろよ、俺たちの野球は東京でも、世界でも通用するってことをよ!」
竜神が吼えた。
唸りを上げる155キロの直球。精密な変化球ではない。ただ「打てるものなら打ってみろ」というエースの矜持。全日本の強打者たちが、その熱量に圧され、次々と空を斬る。その光景に、しみまるの胸の奥で眠っていた「野球少年」の血が激しく沸き立った。
そして七回裏。一点リードされた場面。
ついに、全パ・リーグの監督が動いた。
「――バッター、しみまる」
場内アナウンスが響いた瞬間、ドーム全体がどよめきと、それ以上の期待感に包まれた。
マウンドには、既に無失点で回を重ねている氷室レイ。
彼はしみまるを視界に入れると、一切の無駄を排した、芸術的なフォームで右腕をしならせた。
第一球。
――162km/h。
それは、単なる数字の記録ではなかった。
初速と終速の差が極めて小さく、打者の手元で暴力的に「浮き上がる」――物理法則を極限まで突き詰めた、本物の直球。
「……っ!? これが……氷室……」
しみまるの脳内チップが、かつてないほどの演算負荷を記録し、視界に赤い警告を発した。
機械の計算をあざ笑う、人間の極致。
銀腕のスラッガー、しみまる。
かつての師弟の因縁、そして「からくり」か「生身」かという野球界最大の命題を背負い、夢の舞台での究極の対決が、今、幕を開ける!
「……見せてやる。僕のこの腕に宿っているのは、歯車だけじゃないってことを」
しみまるは銀腕を固く握り締め、白く輝くライジング・ファストを、その瞳の奥に焼き付けた。




