第20話:からくりの要塞、聖地を守り抜け
サヨナラ満塁ホームランの余韻、空気を震わせる狂喜。
和歌山県営球場が、紀伊プラムスの歴史上もっとも輝いたその瞬間、すべては暴力的な重低音によって切り裂かれた。
外周ゲートが、鋼鉄の衝突音とともに爆砕される。
夜の帳を切り裂き、グラウンドへと乱入してきたのは、ヘッドライトを不気味に発光させる漆黒の装甲車軍団。車体には、死神の鎌を思わせる「帝都タイタンズ」の紋章が刻印されていた。
屋根からは、ハチの群れのような自律型ドローンが飛び出し、スタジアムの照明を遮るように上空を埋め尽くす。
「な、何なんだよこれ……!? テロか!? 警察は何してんだ!」
二塁走者だった熊野俊が、芝生を削りながら迫りくる鉄の塊に、本能的な恐怖で後ずさりする。
装甲車のハッチが開き、拡声器を通した冷酷なノイズ混じりの声が、震える観客席へと叩きつけられた。
「……紀伊プラムス、並びに観客諸君。パニックを起こすな。我々は『帝都の資産』を回収しに来たに過ぎない。――試作型義腕『バスター・アーム』、および開発者・黒金大和の身柄を確保する。抵抗する者は、法的、並びに物理的に排除する」
野球道具を武器に
絶体絶命の危機。
最新鋭の兵器を前に、逃げ惑うのが生物の正解だ。だが、プラムスのナインは、誰一人として背中を見せなかった。
「……ふざけんなよ。ここは俺たちが、血を流して守ってきた聖地だ。鉄屑の好き勝手にさせてたまるかよ!」
エースの竜神豪が、マウンドの土を強く踏みしめた。懐から練習用の硬球を鷲掴みにして立ち上がる。その瞳には、かつてしみまるを導いた、あの「虎の目」が宿っていた。
南紀豪は愛用の、鉛のように重いバットを肩に担ぎ直し、白浜砂織はボロボロのキャッチャーミットを、まるで盾を構えるように固くはめ直した。
「しみまる! あんたの腕は、あんたが生きてきた証よ! 誰にも……一ミリだって渡さない!」
ベンチから飛び出した明日香が、高周波ドライバーを握りしめて叫ぶ。
しみまるは、自身の右腕――白煙を上げる『バスター・アーム』を見つめた。過負荷寸前の不快な駆動音が、神経を逆撫でする。
だが、脳内チップは絶望を拒絶していた。
(――解析開始。敵対オブジェクトの軌道を、球種(弾道予測)として再定義。……ストライクゾーンに入ったものは、すべて打ち砕く!)
鉄の雨を打ち返せ
ドローンのセンサーが一斉に赤く輝き、非致死性の電磁パルス(EMP)弾が放たれた。
目視不可能な速度。だが、しみまるの脳内には、それが170km/hの「インコース高めの剛速球」として、くっきりと描画されていた。
――バキィィィィィィィンッ!!
銀色の義腕が、目にも止まらぬ速さで夜の空気を切り裂く。ジャストミートされたパルス弾は、物理法則を逆行するベクトルで弾き返され、あべこべに装甲車のセンサーを直撃、派手な火花を散らさせた。
「竜神さん、投げてくれ! 弾丸はいくらでもある!」
「応よ! 特大のストレートだ。……一球たりとも、空振りすんじゃねえぞ!」
竜神が全力で投じた硬球が、マウンドからしみまるの手元へと吸い込まれる。
しみまるはそれを、正確無比なノッキングで打ち返した。飛来するドローンの動力部、センサーの死角、通信アンテナ。
野球で培った連携。投手の精密な制球力と、打者の圧倒的なスイング。
それは兵器としてのスペックを遥かに超えた、人間という「魂の演算」が生み出す技術の連鎖だった。
「なんだ、この命中精度は……!? 人間に可能な芸当ではない!」
混乱に陥るタイタンズの私設軍隊。
しかし、戦慄する彼らの背後から、さらに巨大な絶望が姿を現した。
アスファルトを砕き、装甲車を押し退けて進み出る、全高四メートルの巨躯。かつてしみまるを苦しめた「アイアン・ゼロ」を、対人制圧用重機として極限まで強化した最終兵器。
「……しつこいですね。でも、僕たちの『からくり』は、ここからが本当の本番です」
しみまるは、自身の銀腕を、そしてバットを、迷いなくその巨躯へと向けた。
和歌山の夜空の下。かつて娯楽の殿堂であった野球場は今、自由と誇りを守り抜くための、最後の要塞と化した。
「……さあ、プレーボールだ。お前たちの『敗北』を打ち返してやる」




