第19話:不屈のバスター、敬遠(シャットアウト)を砕け
紀州ブラックベアーズとの一戦は、スポーツという枠組みを逸脱した、冷徹な「封じ込め」の様相を呈していた。
カクテル光線の下、和歌山県営球場には、耳を劈くようなブーイングが地鳴りとなって渦巻いている。
先制のタイムリーを放った、しみまるの第二打席。ランナーを二塁に置いて彼が打席に入った瞬間、ブラックベアーズの捕手は一切の構えを見せず、ベンチの指示に従い、無機質な動作で立ち上がった。四球。申告敬遠。
「……逃げるんですか。勝負を捨ててまで、数字が欲しいのか」
しみまるの、低く、熱を帯びた声が捕手の背中に突き刺さる。相手捕手は、防具の奥で冷たく鼻で笑った。
「戦略だよ。お前のその右腕、まともに振り抜かれたら、こっちのデータが全部ゴミになるんだ。勝負なんてのは、対等な相手とやるもんだぜ」
その後も、ブラックベアーズの徹底した「しみまる排除」は続いた。
第三打席、第四打席。チャンスの場面で彼がバットを握るたび、スタジアムの期待は不当な四球によって踏みにじられた。彼らはしみまるを歩かせ、後続の打者を心理的に追い詰める「精神解剖」の布陣を敷いたのだ。
「くそっ……! まともに勝負してこいよ、この腰抜けどもが!」
次打者の南紀豪が、苛立ちから強引なスイングを繰り返し、凡退の山を築く。悔しげにヘルメットをベンチに叩きつける仲間の姿を、しみまるは静かに見つめていた。
彼は右腕――『バスター・アーム』の内部で、過熱する駆動回路を強制冷却しながら、自身の「意志」を銀色の装甲へと沈めていく。
(振らせてもらえないなら、振るための『空間』を自分で作るまでだ……)
九回裏。二死満塁。スコアは3対3の同点。
一打サヨナラの絶頂。球場全体のボルテージが爆発寸前にまで高まる中、打席には再び、背番号19が立った。
ブラックベアーズのベンチに迷いはなかった。満塁という極限状態であっても、彼らはしみまるの「破壊力」を恐れた。押し出しによるサヨナラ負けという「最低限の失点」のリスクを背負ってでも、捕手はホームプレートから大きく外側へ、一歩、また一歩と遠ざかっていく。
投手が投じたのは、ストライクゾーンを二つ分は外れた、完全な敬遠のクソボール。
「……そこが安息の地だと思うなよ」
しみまるの視覚センサーが、空間を飛来する白球の軌道をミリ単位でトレースする。
脳内チップが**「緊急伸長モード(オーバー・リーチ)」**を強制発動。右腕の内部ギアが、肉を裂き骨を軋ませるような高周波の駆動音を立て、変形を始めた。
「――バスター・アーム、リーチ・エクステンション(腕部伸長)!」
シュゴォォォォッ!!
誰もが「見送り」を確信した瞬間、しみまるの右腕が装甲をスライドさせ、金属の火花を散らしながら数インチ前方へ突き出た。
さらに、踏み込み足の軸を極限までホームプレート側へと沈み込ませ、全身を一本の長大な「バネ」へと変える。
(届く。いや、届かせるッ!!)
バキィィィィィィィンッ!!
外角の死角。安全圏であったはずのボールゾーンを、しみまるの銀腕が強引に「支配圏」へと引きずり込んだ。
打球音ではない。衝撃波だ。重力加速シリンダーが最大出力で点火し、バットとボールの衝突が、周囲の空気をプラズマ化させる。
放たれた打球は、物理法則をあざ笑うような鋭い放物線を描き、ライトスタンド最上段のフェンスを粉砕して突き刺さった。
「サ、サヨナラ……満塁ホームランッ!!」
静まり返るブラックベアーズのナイン。立ち尽くす捕手。
敬遠すら許さない、規格外のリーチと、すべてを無に帰す暴力的なまでの破壊力。
しみまるは、白煙を吹く右腕を高く突き上げ、自身の限界を越えた一撃の余韻を噛み締めながら、ゆっくりとベースを一周した。
しかし、歓喜の咆哮が最高潮に達した瞬間、球場の大型ビジョンに、不気味な黒いノイズが走った。
映し出されたのは、スタジアムの上空を旋回する、タイタンズの総帥が操る最新鋭の「無人偵察ドローン」の映像。
『素晴らしいデータだ、しみまる君。期待以上の進化だ』
スピーカーから流れる、冷徹な老人の声。
『だが、その腕、我々の「最終兵器」の最後のピースとして、回収させてもらうよ』
歓喜の渦の向こう側から、プラムスの本拠地を包囲するように、地響きを立てて漆黒の装甲車軍団が迫りつつあった。
野球という名の勝負は終わり、今度は「生存」を懸けた、真の戦争が幕を開けようとしていた。




