第17話:『再誕の銀腕、打撃特化型への換装』
白浜パンダスタジアムを揺らした、あの殺意に満ちた衝撃から数時間。
勝利に沸く紀伊プラムスの歓喜の声は、地下深くにある「黒金秘密研究所」の分厚い防壁には届かない。そこにあるのは、重苦しい金属の摩擦音と、死を宣告するかのように鳴り続ける電子アラートだけだった。
手術台に横たわるしみまるの右腕は、もはや無残な鉄の残骸に成り果てていた。
剛田まるおの刺客が放った「殺意の剛球」を真っ向から受け止め、無理やりフルスイングをねじ込んだ代償。装甲はひしゃげ、内部の超精密ギアは粉砕され、混濁した黒いオイルが制御基盤を侵食している。
「……致命的だな。もはや修理の域を超えている」
黒金博士の潰れた声が響く。血走った目でモニターの波形を凝視するその横で、明日香は震える手で工具を握りしめていた。
「博士……。しみまる君、またマウンドに立てるよね? 直せば、またあの直球を投げられるようになるんでしょ?」
「……いや、投球用の超精密アクチュエーターは全滅だ。これほどまでの衝撃を受けた神経系では、145km/hのリリースに不可欠なナノ単位の微細制御は、二度と不可能だろう」
投手の死。
意識が朦朧とする中で、しみまるはその言葉を、冷たい刃のように突き立てられていた。
指先の感覚で空気を切り裂き、打者の虚を突く。あの至高のマウンド。泥にまみれて手に入れた「エース」という居場所。それが、今、音を立てて崩れ去った。
(……僕は、もう投げられないのか。あの真っ白なプレートの上に、二度と……)
視界が涙で滲む。だが、脳裏を過ったのは、自分を信じてバットを託した南紀豪の無骨な顔。共に泥を啜った仲間たちの執念。そして、野球を汚して嘲笑う剛田まるおの冷笑だった。
「……でも、打つことは……できるんですよね」
しみまるの声は掠れ、消え入りそうだった。しかし、その瞳の奥には、地獄の底で燻る残り火のような執念が、まだ消えずに灯っていた。
「……投げられなくても。あの鉄屑どもを、粉砕することは……できるんですよね」
黒金博士は、しみまるの覚悟を真っ向から受け止めた。
「ああ。投球に必要な『繊細さ』が失われたのなら、代わりにあらゆる衝撃を跳ね返す『剛性』と、音速を越えるスイングを可能にする『瞬間出力』を組み込むまでだ」
博士は決然と、巨大な冷却タンクの電磁ロックを解除した。
蒸気と共に現れたのは、これまでの細身な右腕とは一線を画す、鈍い銀色の光沢を放つ重厚な義腕だった。
改造手術:打撃特化型プロトコル「バスター・アーム」
「これより、しみまるの右腕を**打撃特化型**へ換装する。明日香、予備のエネルギーセルを最大出力で接続しろ。生身の心臓への負担を最小限に抑えつつ、インパクトの瞬間だけ骨格を完全ロックする新システムを組み込むぞ」
手術が始まった。
青白い火花が飛び散り、レーザーカッターが死んだ鋼を焼き切る。
しみまるの脳内チップには、膨大な「打撃用弾道計算プログラム」が強制インストールされていく。
投球時に必要だった精密振動機能(分身)の全回路を遮断し、その余剰エネルギーのすべてを「スイングスピードの極大化」と「衝撃吸収」へと転換する。
「ぐ、あああああああッ!!」
神経が銀腕と直結した瞬間、しみまるの脊髄を、千本の針が突き抜けるような激痛が走った。
意識が飛びかける。だが、彼は歯を食いしばり、薄れゆく意識をその右腕に繋ぎ止めた。
(投げられない絶望なんて、打席で振り払ってやる。マウンドには立てなくても……僕は、この腕で紀伊プラムスを、勝利へ連れて行く……!)
数時間後。
手術台からゆっくりと起き上がったしみまるの右腕は、以前よりも一回り逞しく、まるで重装甲騎士の籠手のような威容を誇っていた。
軽く拳を握り込む。それだけで、空気が圧縮されるような重低音が室内に響いた。
「……どうだ、しみまる」
「……重い。でも、これなら。どんな殺意(魔球)が来ても、粉砕できる気がします」
しみまるは、自身の銀腕をじっと見つめた。
そこにはもう、かつての「繊細な投手」の面影はない。あるのは、すべての障害を叩き潰すためだけの、暴力的なまでの力。
しみまるは黒いマントを羽織り、研究所の重い扉を蹴り開けた。
かつてのエースは、今、最強の**「からくり強打者」**として、再び血と泥の入り混じるフィールドへ足を踏み出す。
リーグ戦最終局面。
世界で唯一、マウンドを捨てたジョーカーが、打席から「からくり野球」の歴史を塗り替えようとしていた。




