第16話:白浜の惨劇、刺客・剛田まるお再び
紀伊半島の青い海を臨む「白浜パンダスタジアム」は、潮風の香りを切り裂くような、殺伐とした熱気に包まれていた。
リーグ終盤、紀伊プラムスの快進撃を不快そうに見下ろす男――剛田まるおは、三塁側ベンチの奥で冷徹な命令を下していた。
「腕が壊れて打者に転向か。泣かせる努力だが……無駄だよ。動かなくなった部位を狙うのは、勝負の鉄則だ」
まるおが不敵に笑う視線の先、マウンドには異形の投手が立っていた。
漆黒の潜水服を思わせる装甲に身を包み、一切の感情を排した覆面投手。名は**「シャーク・デス」**。勝利を奪うためではなく、打者を「解体」するために送り込まれた帝都の刺客である。
試合は中盤。一点リードの好機で、しみまるに打席が回ってきた。
しかし、シャーク・デスが放った第一球を見た瞬間、スタジアムの歓声は悲鳴へと塗り替えられた。
「――っ!? 伏せて、しみまる君!!」
キャッチャー・白浜砂織の叫びが響く。
放たれた150キロを超える剛速球。それはストライクゾーンなど微塵も見ず、しみまるの「故障している右腕」を、寸分の狂いもなく射抜く軌道で襲いかかった。
「……ぐわっ!!」
咄嗟に身体を反らし、直撃こそ免れたものの、硬球がしみまるの右腕の装甲を激しく掠める。凄まじい火花が散り、剥き出しの回路が不気味に明滅した。
シャーク・デス。この投手の本質は、アスリートではない。打者の急所、特に故障部位を狙い撃ちし、再起不能にするようプログラムされた「精密狙撃機」なのだ。
「おい、審判! 今のはわざとだろ! 殺人未遂だぞ!」
ベンチから熊野俊や竜神豪が飛び出し、審判に詰め寄る。だが、まるおは三塁側ベンチで悠然と足を組み、冷笑を浮かべるだけだ。
「ハッ、手が滑っただけだろう? 野球にはよくあることだ。それとも何か? 壊れかけの『からくり人形』は、風が吹いただけでも壊れるのかい?」
第二球。
シャーク・デスが再び、機械的な予備動作から右腕を振り下ろす。
今度は、しみまるの「生身の心臓」を貫くような最短距離。魔球――『ハイドロ・バレット』。
圧縮された空気の壁を切り裂き、着弾の瞬間に全運動エネルギーを一点に放出する、破壊専用の特注重球だ。
(……逃げない。ここで逃げれば、僕は二度と打席に立てなくなる)
しみまるは、歯を食いしばった。
故障した右腕から、鳴り止まない異常振動が伝わる。脳内チップが「生存確率:12%」という非情な数値を視界に叩き出す。だが、死の恐怖よりも深く、熱い何かがしみまるの魂を支配していた。
それは、誇りだ。
明日香が夜を徹して繋いでくれたこの腕を、仲間たちが守り抜いてきたこのマウンドへの望みを、汚いやり方で踏みにじる男への、静かな、しかし烈火のような怒り。
(……見えた。この球、無回転じゃない。超高周波で微振動してる。……僕のナックルと同じ理屈だ!)
解析完了。
しみまるは回避行動を捨て、一歩前へ踏み込んだ。
左腕の筋肉を限界まで膨張させ、故障して動かない右腕をあえて「重り」として利用する。遠心力を最大化し、一点に全質量を集中させる、捨て身の回転軸。
「――野球を……汚すんじゃねえッ!!」
バギィィィィィィィンッ!!
それはもはや打球音ではなかった。鉄骨同士が正面衝突したような、スタジアムの鼓膜を震わせる爆音。
しみまるの渾身のスイングが、殺意の魔球を真っ向から「粉砕」した。
弾け飛んだ白球は、バックスクリーン中央の時計を粉々に突き破り、そのままスタジアムの彼方、白浜の黒い海へと消えていった。
「なっ……馬鹿な! あの腕で、我が社の最新鋭機を……!? 計算が合わん!」
愕然と立ち上がる剛田まるお。
しみまるは、煙を上げるバットを静かに置き、まるおをまっすぐに指差した。
「剛田……。勝つためなら何をしてもいいと思っている奴に、僕たちの『からくり』は絶対に破れない」
紀伊プラムス、執念の勝利。
しかし、歓声の中でホームベースを踏んだしみまるの右腕からは、不吉な黒いオイルが、涙のようにポタリと滴り落ちていた。




