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からくり野球〜土壇場のジョーカー〜  作者: 水前寺鯉太郎


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第13話:『沈黙の守護神、アイアン・ゼロ』

八回裏。

 和歌山の山々を揺らす地鳴りのような歓声が、スタジアムを熱狂の渦に叩き落としていた。

 泥にまみれ、歯を食いしばり、人間の執念が「鋼鉄の正解」をこじ開けていたのだ。

 一番・熊野俊が、三塁ベースへ頭から突っ込む激走でチャンスを作れば、主砲の南紀豪が吠えた。内角高めの最適解を力でねじ伏せ、弾丸ライナーを右翼席へ叩き込む。さらに紀ノ川雫、高野徹の執念の連打。

 スコアは「4対5」。

 無機質なロボット軍団を相手に、生身の男たちが一打同点の瀬戸際まで追い詰めた。

「いける……いけるわよ! ひっくり返して、スクラップにしてやりなさい!」

 ベンチで明日香が拳を突き出す。

 だが、その歓喜を冷気で凍りつかせるように、タイタンズ・アイアンズのベンチが動いた。

 監督の横に鎮座していた、一際巨大な銀色のコンテナ。その重厚なハッチが、プシュゥゥと圧縮空気の音を立てて開く。

「最終プロトコル開始。――クローザー、『アイアン・ゼロ』、マウンドへ」

 現れたのは、これまでの量産機とは一線を画す、漆黒の重装甲を纏った投球専用機だった。

 丸太のような右腕は、もはや腕というより「砲身」だ。背負った大型冷却タンクからは、白濁とした液体窒素のガスが絶えず噴き出し、マウンドの土を瞬時に霜で白く染めていく。

「……嘘だろ。あんなの、野球の道具じゃねえ……」

 次打者の那智滝男が、その圧倒的な質量感に圧され、思わず一歩後退した。

 アイアン・ゼロは感情のないレンズを捕手へ向け、無機質な機械音とともに振りかぶった。

 シュゴォォォォ――ッドォォォォンッ!!

 爆鳴音。

 瞬きをする間もなかった。白球が通過した軌道上の空気が加熱され、陽炎のように揺れる。

 バックネットの球速表示が、人類の常識を置き去りにした数値を叩き出した。

『175km/h』

「なっ……!?」

 那智のバットは、肩から一ミリも動かなかった。いや、脳が信号を送る前に、ボールは既にミットを貫いていたのだ。衝撃に耐えかねた捕手ロボのミットが爆ぜるように裂け、ボールは後方のコンクリート壁にめり込み、白煙を上げている。

「ストライィィィクッ!!」

 審判の絶叫さえも、恐怖で微かに震えていた。

 175キロ。それは、生身の人間が立ち入ることを許されない、純粋な「暴力」としての速度。

 那智、そして続く白浜砂織。プラムスが誇る選球眼と意地も、その絶対的な出力の前には無力だった。三球三振。反撃の火は、わずか数分で、冷徹な漆黒の鋼によって踏み消された。

 九回表。

 マウンドには、既に限界の向こう側にいるしみまるが立っていた。

 右腕のユニットからは、過負荷によるオレンジ色の火花が散っている。生身の心臓は、警鐘アラートを鳴らし続けていた。「これ以上動けば、止まるぞ」と。

(……175キロ。一世紀かけて人類が積み上げてきた『限界』を、彼らは一瞬で踏み越えた……)

 しみまるの脳内チップが、勝手に敗北確率を計算し始める。

 九九・九%。

 残りのコンマ一パーセントを探し、視界に走るノイズを必死に振り払おうとするが、絶望が思考を侵食していく。

 その時。

 泥だらけのスパイクの音が、マウンドに近づいてきた。

「しみまる。175キロにびびってんのか?」

 エース、竜神豪だった。

 彼はしみまるの前に立つと、自身の胸に拳を当て、そのまましみまるの胸元を力強く、痛いほどに叩いた。

「……竜神さん。でも、あんなの人間業じゃない。僕の演算じゃ、勝機が見えないんです」

「ああ、人間業じゃねえな。……だがな、野球ってのは『速さ比べ』じゃねえんだよ」

 竜神の瞳には、まだ火が灯っていた。

 敗北を認めた者の目ではない。自分よりも出力の勝る機械を、どうやって仕留めるかだけを考えている、飢えた虎の目だ。

「175キロ投げる機械が最強なら、俺たちの『からくり』は何のためにある? 綺麗な球を投げるだけが仕事か? ……違うだろ。どん底で、土壇場で、ありえねえ奇跡を形にしてひっくり返してこその、『ジョーカー』だろうが」

 しみまるの思考が、一瞬で真っ白になった。

 演算でも、確率でもない。竜神がぶつけてきたのは、不条理で、非科学的で、しかし何よりも熱い「エースのプライド」だった。

「……わかりました。九回表、一点もやりません。逆転のチャンスは、僕が……この腕で作ります」

 しみまるの瞳に、蒼い、静かな火が灯った。

 脳内チップの設定を「アイアン・ゼロの攻略」に全振りする。

 直球が投げられないという呪い(イップス)。

 ナックルがもたらすカオスな揺らぎ。

 そして、父が遺した、魂を燃料にする「共鳴システム」。

(父さん。僕に、最後の力を貸してくれ。……機械として勝つんじゃない。人間として、あいつを越えたいんだ)

 マウンドに一人残されたしみまるは、深く、長く呼吸をした。

 右腕の内部。マイクロモーターたちが、かつてないほどに同調し、規則正しい、しかし不気味なほどの「未知の駆動音」を奏で始める。

 それは、死へ向かう序曲か。あるいは、真の覚醒への咆哮か。

「さあ……種も仕掛けも、ここからが本番だ」

 絶体絶命の最終回。

 漆黒の死神アイアン・ゼロを背に、しみまるの右腕が、大気を震わせる共鳴音とともに振り上げられた。


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