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からくり野球〜土壇場のジョーカー〜  作者: 水前寺鯉太郎


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12/19

第12話:『鋼鉄のプライド、紀伊プラムス対ロボ軍団』  

 その光景は、野球場というよりも、冷徹な兵器の実験場だった。

 三塁側ベンチに整列したのは、「帝都タイタンズ・アイアンズ」。最新鋭の自律型野球ロボットのみで構成された、帝都資本の結晶である。

 彼らには「土壇場のプレッシャー」も「故障への恐怖」も、そして「勝利への渇望」すらない。ただ入力された勝利条件に従い、最短距離で最適解の数値を叩き出す――血の通わない演算機マシンの集団だった。

 紀伊プラムスの本拠地、和歌山県営球場に乗り込んできたその軍団は、無機質な銀色の強化外骨格をユニフォームに包み、サーボモーターの駆動音を一つに重ねてウォーミングアップを行っていた。

「……冗談だろ。あんな鉄クズの群れと、野球をしなきゃいけないのかよ」

 二塁手の熊野俊が、乾いた笑いを漏らす。

 相手の目は高性能カメラレンズであり、関節は油圧システムでミリ単位の制御を受けている。彼らにとって、バットを振る行為はスイングではない。「弾道予測に基づいた迎撃」だ。

 試合開始から、球場を支配したのは「沈黙」だった。

 先発の竜神豪が放つ渾身の剛球は、アイアンズのセンサーによって初速、回転数、空気抵抗を瞬時に数値化された。150キロ近い直球が、まるでスローモーションであるかのように、冷酷なジャストミートで外野フェンスの向こう側へと運ばれていく。

 四回を終えて、スコアは「0対5」。

 プラムスのナインを包んでいたのは、これまでにない底冷えのするような無力感だった。どんなに叫んでも、泥にまみれても、相手はそれに応答しない。ただ、スコアボードの数字だけが機械的に加算されていく。

「……僕が行きます」

 しみまるが、ベンチの最前列で立ち上がった。

 右腕は、明日香による不眠不休のメンテナンスを経て、ナックルモードへと最適化されている。だが、その肩を黒金博士の老いた手が強く掴んだ。

「待て。相手は計算の塊だ。不規則なナックルといえど、彼らの超高速サンプリングは、ボール表面の僅かな傷から気流の渦を読み取り、コンマ数秒後の軌道を予測してくるぞ。今の君では、文字通り『計算カモ』にされるだけだ」

「それでも、投げなきゃいけないんです」

 しみまるは、自身の胸元――生身の心臓が刻む、不揃いな鼓動に手を当てた。

「僕らにはあって、彼らにはないものを見せるために。……野球は、計算式じゃないことを教えなきゃいけない」

 五回表。背番号19がマウンドに上がる。

 対するはロボ軍団の一番打者、「アイアン・ワン」。

 レンズの奥で赤い光が走る。スキャンされている。しみまるの関節の磨耗具合、疲労度、そして右腕の駆動パターンまでもが、帝都のメインサーバーへと吸い上げられていく。

 キィィィィィィ……。

 しみまるは「からくりナックル」を投じた。

 空気の壁を殴るように、白球が激しく揺れる。しかし、アイアン・ワンの演算回路は揺らぎすらも「変数」として取り込んだ。バットが油圧の咆哮を上げ、ミリ単位の誤差もなくアジャストされる。

 ガキンッ!

 火の出るようなライナーが三遊間を貫く。

 しみまるの視界に、真っ赤な警告アラートが激しく点滅した。

(……予測されている。僕のナックルの『揺らぎ』すら、彼らにとっては規定済みの数式に過ぎないのか……!)

 逃げ場のない焦燥が、しみまるの神経を焼き焦がす。冷却液の逆流。人工筋肉の軋み。そして、何より恐ろしいのは、自分もまた彼らと同じ「機械」の一部であるという感覚に飲み込まれそうになることだ。

「しみまる! 下向いてんじゃないわよッ!!」

 静まり返った球場を切り裂いたのは、正捕手・白浜砂織の絶叫だった。

 彼女は重いマスクを剥ぎ取り、マウンドのしみまるを睨みつけた。

「計算なんて知ったことか! あんたの腕は、お父さんが残してくれた『意志』で動いてるんでしょ! 0と1だけの世界に、あんたの魂が読み取れるわけないじゃない!」

 砂織の、喉が裂けんばかりの呼応。

 それに続くように、泥だらけのナインが声を上げた。

「そうだぜ、しみまる! データの裏をかくのが、俺たちド底辺の『からくり』だろ!」

「鉄クズに、和歌山の底力を見せてやれ!」

 遊撃手の梅林が、一塁手の高野が、次々とグラブを叩いて鼓舞する。

 しみまるは、ゆっくりと目を閉じた。

 耳を澄ませる。

 右腕の中で鳴り止まない不快なエラー音を無視し、そのさらに深層にある、父・大和が遺した「共鳴プログラム」の拍動を感じ取る。

(……計算はやめる。最適解なんて、クソ食らえだ)

 しみまるは、脳内チップの演算機能を、自らの意思で強制終了シャットダウンした。

 視界から数値が消え、世界が「色」と「熱」を取り戻す。

 機械としての正解を捨て、人間としての「無謀」を選ぶ。

 第三球。

 しみまるの右腕が、設計上の限界値リミットを無視した不規則な加速を見せた。

 それはイップスの呪縛を、そして機械の限界を、剥き出しの「勝ちたい」という執念が突き破った瞬間だった。

 放たれたのは、直球ストレートでもナックルでもない。

 145キロの剛速を持ちながら、ナックルのように空間を歪ませて振動し、最後の一瞬で「からくりカーブ」の軌道を描いて奈落へと急降下する――。

 物理法則への反逆。魂の爆発。

「――『プラム・エクスプロージョン』!!」

 ズドォォォォォンッ!!

 衝撃波が、捕手・砂織のミットを叩き割らんばかりに響き渡った。

 アイアン・ワンの演算回路が、瞬時にショートを起こした。

 あらゆる予測モデルを嘲笑い、統計上の確率0%のポイントを撃ち抜いた「意志の一球」。ロボットのバットは、ピクリとも反応することすらできなかった。

「ストライィィィィクッ!!」

 審判の絶叫。

 静まり返っていた球場が、次の瞬間、爆発的な地鳴りに包まれた。

 アイアン・ワンのカメラレンズが、故障したかのように激しく点滅している。

 計算できないもの。

 それは、敗北を拒み、泥にまみれ、不合理なまでに明日を信じる、人間の「執念」という名のエネルギーだった。

 しみまるは、激しく脈打つ心臓の痛みさえも誇らしく感じながら、呆然と立ち尽くす銀色の打者へ、不敵な笑みを投げかけた。

「……さあ、ここからが逆転の『からくり』だ。スクラップになる準備はいいか?」

 紀伊プラムスの逆襲。

 鋼の身体に宿った熱い人間の魂が、冷徹なロボット軍団を根底から揺さぶり始めようとしていた。

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