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第三節

『さて、それでは早速話を進めていこうか。我もこう見えて暇ではないのでな』


「分かりました、それでは手短にいかせてもらいます」


 雑記帳から視線を上げた唯一郎さんは、目の前で不敵に笑うカグツチ様と視線を絡めた。

 私もその様子を見て、ようやく暴れる心臓が落ち着きを取り戻す。


 事前に話すことを決めていたのだろう、唯一郎さんの質問へカグツチ様も時折笑みを交えながら答えていく――


『――ふむ、我にとっての愛の概念(・・・・)についてか。これまた難解な質問を考えてくるものだ』


「申し訳ありません。ただ史実で貴方は、生まれて間もなく……いえ、不敬が過ぎました」


 唯一郎さんが頭を下げると『よい、気にするな。史実はあくまで史実に過ぎん』とカグツチ様は豪胆な笑みを浮かべた。


『愛、という概念のとらえ方次第だな。お主が聞きたいことは、家族愛や人類に対して抱く普遍的な愛などではなく、異性間での恋情に近い意味合いの愛であろう?』


「そうですね。今回依頼をいただき、脚本を作っていく中でカグツチ様の中でこれまで無かったものを取り上げるとが最善かと。人々に新たな側面を認知させるのが一番有効かと考えました」


『ふむ、なるほどな。確かに我は日ノ國の中でも、特に化生に似た類として畏怖されている側面もある。我としても焔とはかくあるべきと思う反面、その恐ろしさ故に近寄り難き存在であることも、また真であろう』


「……確かに、火は怖いものだと思います」


 ぽつりと、思わず私は言葉をこぼす。ハッとして視線を持ち上げると、カグツチ様が興味深そうに私を見ていた。


 唯一郎さんがすかさず割って入ろうとするけど『良い、そこの娘の言葉で聞きたい』と遮る。


『焔は畏怖の対象であるべき、と言う我への信仰が愛宕山に神社を作らせた。それは揺るぎない事実であろう。此度の東都を襲う火事についても、その畏れの心が揺らいだことによるものだと我は考えている』


「そうですね。確かに炎は怖いですし、火事の現場を見てその恐ろしさを再度認識したつもりです」


 でも、と私が言葉を続けるとカグツチ様は興味深そうに双眸を細めた。


「同時に、炎は人に温もりを与えるものだとも私は思います。今回、唯一郎さんが作っている脚本はカグツチ様の畏れ(・・)の部分ではなく、人に恵みを与える恩恵(・・)を主題にしています」


『ほぅ、面白い試みではあるな。感情による熱と我の焔を繋げて一つの演劇とする、という試みか。これまでの我の焔としての側面を祀るだけだった神楽には無い発想ということよな』


「そうですね。特に恋情の部分については史実には存在しない部分。それ故に、今日はカグツチ様が恋や愛についてどのように考えているかを教えて頂きたいのです」


 唯一郎さんが入ると、顎に手を当ててカグツチ様は考え始めた。

 しん、と空気が張り詰めた空間は、蝋燭の火が時々入ってくる隙間風に揺れる音しか聞こえない。


『我は、愛はおろか恋を知らぬ』


 ぽつり、とカグツチ様は言葉を落とした。


『それはきっと我自身が概念としての存在(・・・・・・・・)であるからだろうな。伝承の中の存在している我ら神は、人の子が語り継ぐ域を出ることはない。それ故に、元々はあったかもしれない恋や愛の記憶は、現在まで語り継がれていないのなら無いものと同義といえる』


「なるほど……概念としての存在であるからこそ、人とは違う次元での精神構造となっている、と。貴方のお言葉だと、それを悲観している様子もなく『だたそうであるから、その事実を受け入れている』ということですよね?」


『あぁ、お主が期待している答えを提示できず申し訳な――』


「——あ、あの! ちょっといいですか?」


 ばっと、私は挙手をしながら体を前に乗り出した。

 その様子にカグツチ様は笑みを深め、隣に座っていた唯一郎さんは「ちょ、馬鹿かアンタ……っ」と焦って私を制止しようとする。


 そんな唯一郎さんの制止を、今度はカグツチ様が止めた。


『よい、気にするな。それで、そこの娘は我に再び何を聞きたい?』


 聞かれて、私は一瞬言葉を詰まらせる。


 それは、この質問が失礼になるかという迷い……でも、ここで嘘を言ったら確実に見破られてしまう。

 私を見つめる瞳には、言外にその凄味があった。


 ええい、こうなったら進むのみ! 間違ってたらごめんなさいをすればたいていの事は何とかなるし!

 私は思ったことを言葉にすることにした。


「……愛とか恋を知らないのって、カグツチ様は寂しくはないですか?」


『寂しい、とな?』


 私は頷いた。

 隣にいた唯一郎さんが、息を飲んで私のことを見つめるのを感じる。


「はい。私も恋とか愛とか、本当の意味で知っている訳じゃないです。でも、なんだか|知らないことと分からないこと《・・・・・・・・・・・・・・》は違うのかなって思ってしまって。すみません、失礼なこととは思ったんですけど……」


『ふむ、そうか……ふ、ハハハっ! それは面白い視点よな』


 その日初めて笑い声を上げたカグツチ様。

 隣に座っていた唯一郎さんは、びくっとその笑い声に驚いたように肩が跳ねる。


『まさか人の子からそんな心配をされるとはな。いや、ある意味それは昔と違うからこそか。それにしても娘——そういえばお主の名を聞いておらんかった。名は何と申す?』


「……綾瀬川 京です」


『京か、良い名だ。覚えておこう。そちらの男の名もついでに聞いておこうか』


「佐伯 唯一郎です。なんと呼んで頂いても構いません」


 あ、唯一郎さんの苗字って佐伯って言うんだ……知らなかった。

 そういえば四楼さんの苗字は、確か手渡された名刺に書いてあった気がする……あ、確か桐島さんかな? 今度会った時ちゃんと確認しておかなきゃ。


 色んな事が起きすぎてて忘れてたけど、今ここでさりげなく聞けて良かった。

 ありがとう、カグツチ様!


 少しだけ唯一郎さんの方へ視線を向けると、カグツチ様の方を見つめながらも、心はどこか違うところにあるようだった。

 何か考え事をしているのだろうか……それともカグツチ様の一挙手一投足に注意を向けてるのかな?


『ふむ、二人とも良い名だ。さて話の続きに戻るとしよう』


 と、そんな風に内心で唯一郎さんの苗字を知れたことを喜んでいる私は、カグツチ様の声で現実に戻った。

 私と唯一郎さんは自然と姿勢を正し、目の前の方からの言葉を待つ。


 一瞬の静寂、その後にゆっくりとカグツチ様は唇を持ち上げた。


『京の言葉で、少し考えが変わった。今回の演劇で頼みたい事がある――』

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