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第二節

 ――愛宕神社。


 事前に四楼さんから教えられていた神社に祀られている神様が、今回『神楽座に演劇をやってほしい』と依頼をしてきたとのこと。


 丹塗りの真っ赤な門をくぐると、権現造りの社殿が陽の光による陰影による荘厳さを携えながら建っていた。

 今から約二百年くらい前に、東都を収めていた人が防火の神様を祀るために、この神社を建てたのが始まりらしい。


『火を操る神様というところから転じて、愛宕の神様は防火の守護神として人々に畏れ敬われるようになったのさ』


 私に資料としての紙束を渡しながら捕捉してくれた四楼さんの言葉が蘇る。


「ここが、愛宕神社……っ」


「総本社は西の方にあるから、この東都に建てられたのは勧請をされたものらしい。それでもこの荘厳さには感服だ。いつか総本社にも行ってみたいな」


「ですね!」


 私の少し興奮気味な様子に、唯一郎さんも落ち着いてはいるけど少し昂った雰囲気だった。

 そんな私たちの声は、境内に静かに響く。


 境内に人はおらず、しんとした静寂に包まれていた。私たち以外に人の気配はなくて、遠く聞こえる鳥の囀りだけが鼓膜を揺らす。

 石畳の参道を歩く音が合わさると、どこか静謐した空気に神聖さが混じるようだった。


 そのまま私たちは社殿の目の前へ。


「どうぞお上がりください。普段は祭事以外での開放はされていないのですが、今日はお二人とぜひお話がしたいとのことですので」


 巫女の女の子が社殿に上がると、そのまま戸を引いた。

 彼女に頭を下げながら、私たちは社殿の中へと進む。


 私と唯一郎さんは靴を脱いで上り、そのまま板張りとなっている数段の階段を上がって社殿の中へと入っていった。


「わぁ、綺麗……」


「これはすごいな」


 中に広がっていたのは、装飾が施された祭壇は金色こんじきがまず目を引く。

 柱から垂れ下がる簾はまるで黄金の焔のようであり、質素な造りの社殿とはまるで違う雰囲気と相まって、異世界に来てしまったのではと錯覚するほどだった。


 そんな祭壇の前には、私たちを待っていたように誰かが正座で座っている。


 私たちを先導してくれていた巫女さんとはまた別の人のようで、大人の雰囲気を纏った女の人だった。

 肩口で揃えられた黒の髪は、祭壇前に置かれている蠟燭の光を妖艶に照り返す。


 神聖さと、同時に女性としての凛とした佇まいが同居していた。


 さっきまで案内してくれていた女の子と同じ巫女装束を身の纏っているはずなのに、着こなしだけでここまで雰囲気って変わるんだ。

 喜美さんの愛嬌がある雰囲気とはまた違った、凛とした雰囲気の女性に私は思わず見惚れそうになる。


 伏せていた綺麗な二重の瞳を持ち上げて私たちの方を見ると、彼女は微笑んだ。


「ようこそ、お待ちしてました。どうぞ遠慮なさらずお掛けください」


「あ、ありがとうございます!」


「こちらこそ、手間を取らせてしまって申し訳ない」


 中にいた女の人に促されて、私と唯一郎さんは用意して頂いた座敷へ腰を下ろす。

 腰を下ろした唯一郎さんは、背負っていた鞄から雑記帳と万年筆を取り出すと、さっそくと言わんばかり女の人の方へ視線を向けた。


「俺たちを『カグツチ様』が待っていると聞いていたんだが、ここにはいないんですか?」


「そうですね……ここには既にいますし(・・・・・・)ある意味まだいない(・・・・・・・・・)とも言えますね。カグツチ様含め、神という存在は気まぐれですから。でも、あまり待たせすぎるのも良くないことも事実です」


「それは――」


 ——と、唯一郎さんが質問するよりも一拍早く巫女の人が足元にあった鈴神楽を手に持つと、そのままシャンと鳴らした。


 ずん、と空気に重さが加わる。


「っ!」


 私は、突然起こった異変に言葉と息を詰まらせた。


 最初に感じたのは形容しがたい程の『熱気』。

 しかし、それがあくまで錯覚で、実際は女の人から漏れ出す『気配』によるものであり、本当はこの肌を焼くような感覚すら錯覚なのだと後から分かる。


 視線を恐る恐る持ち上げると、先ほどまで柔和な笑みを浮かべていた女の人はいなかった。


 透き通るような黒髪は狂い火を思わせる炎髪になり、慈愛に満ちていた表情を豪胆な笑みに変えた『何か』がそこにいた。


 背後で揺れる蝋燭の灯火が、風に吹かれて強く揺らめく。


『……人の子を依り代とするのも久方ぶりだな』


 声質が、違う。


 先ほどまでの優しさと気品のあるところから一転、高圧的な男性のような口調へと変わっていた。

 それまでの正座の姿勢を崩して片膝を立てた座り方をすると、にやっと女の人——もとい『何か』が口角を持ち上げた。


『お主らが四楼の言っていた人の子であろう? そう固くならず面を上げろ』


「ありがとうございます。その雰囲気から聞く必要もないと思いますが、貴方がカグツチ様で間違いないですよね?」


 そんな雰囲気の変化に動じていない唯一郎さんの質問に、鋭い眼光をさらに細める。


『あぁ、我はヒノカグツチ――偉大なる二柱の神から生まれた焔の神である』


 カグツチ、と名乗ったと同時に空気が重さを増したように両肩へ食い込む。

 ギュッと変な音を立てる心臓と一緒に、背中を冷たい汗が伝った。


 これが神様……この前言われた、実際に見ないと分からない『本物の神性』。


 私はぐらつく視界と意識を懸命に保ちながら、目の前で笑みを深める神様へ覚悟を込めた視線を送った――



◆◇◆◇◆



 ——時を同じくして、東都北部。


 揺れる馬車の中、二つ分の座席を占領して四楼は寝転んでいた。顔には読みかけの本を載せ、組んだ足先でカンカン帽を器用に回している。


 馬車の車輪が回る音に交じって、外からは下町の喧騒が板材越しに聞こえていた。


 そんな彼の様子に同乗者の一人は気にした風もなく外を眺め、もう一人は少し不安そうな表情を浮かべている。


「ねぇ、シロー。二人はうまくやれてるかな?」


 その不安そうな声色に反応するように、四楼は本を持ち上げると声の主へ視線を送りながら笑みを浮かべた。


「まぁ、大丈夫じゃないかな? カグツチ様はあぁ見えて気さくな神様かただし、粗相さえ起こさなければ問題ないと思うよ」


「そうよ蒼狛あおこ。あの二人は四楼くんみたいに奇人じゃないから、心配するだけ無駄よ」


「あはは、白ちゃんは今日も手厳しいなぁ」


 蒼狛と呼ばれた少年は「でも、カグツチ様は怖いよ……」と、震えるように言葉を落とす。

 四楼が本を持ち上げて、蒼狛と白——こと白狛しろこの方へ視線を向ける。


 二人は一見すれば、十代に見たいない人間の子供の見た目と体格をしている。

 しかし頭から生える『犬の耳』が強烈な違和感として存在していた。


 蒼狛の方は空に似た蒼に白の斑点が混じる毛並み、白狛の方は純白に夕陽に似た橙が混じった毛並み。

 その下にある髪の毛はその名を表すように蒼狛は蒼一色、白狛は穢れを知らない純白。


 髪色と同じ色の瞳はどちらも子供特有の可愛らしさを宿していて、血色の良い肌と相まってよく大人から可愛がられている。


 軍服に似た真っ黒の詰襟の蒼狛とは対照的に、白狛の方は白地に紅葉模様の着物と深い紺色の袴を身にまとっていた。

 そんな二人の背中で揺れるそれぞれの耳の毛並みと一緒の『もふもふの尻尾』がゆらゆらとそれぞれの感情を表すように揺れている。


 この見た目通り二人は人間ではない。


 これでも齢百歳を超える――神の使いとして有名な『狛犬』の双子の姉弟であり、神楽座の団員メンバーでもある。


 そんな明らかな異形の存在を目の前にして、四楼はあくまで自然体だった。

 むしろ人前にいるときの演技がかった雰囲気はなく、年齢相応の青年の顔を覗かせている。


 四楼は持ち上げていた本を閉じて、寝転んでいた姿勢から起き上がった。

 そのまま手を伸ばし、なおも不安そうな表情を浮かべる蒼狛の頭を優しく撫でる。


「白ちゃんの言う通りだよ。蒼くんが心配しなくても、唯一郎くんと……特に京ちゃんなら問題ないさ。むしろ気に入られて、上手くいくとすら思ってる」


「そうなの?」


 四楼は「うん、きっと上手くいくさ」と言いながら笑みを深める。

 そんな蒼狛に「な、なんであんたが四楼くんに頭撫でられてるのよ……っ!」と、嫉妬全開の白狛の様子を見て見ぬ振りしながら続ける。


「だから、僕たちは僕たちの仕事に集中しよう。そうしないと、二人がうまくいってるのに僕たちだけ失敗しましたなんて言ったらかっこ悪いでしょ?」


「う、うん! 僕かっこ悪くなりたくないから頑張る!」


「よし、その意気だね。蒼くんも頑張るみたいだし、白ちゃんも一緒に頑張ってくれるかな?」


「あ、当り前じゃない! 四楼くんに言われなくてもアタシはいつでも頑張るわよ!」


 再びやる気を取り戻した蒼狛と白狛に、安心したような表情を浮かべながら四楼は「それならよかった」と呟く。


 座席に再び腰を深く落とすと、馬車の窓へ視線を向けた。


 その瞳には軽妙な雰囲気は一切ない。

 細められた視線はどこを見つめるでもなく、ただ漠然と世界を見つめているよう。


 深い曇り空は、雨が降り出しそうな空模様だった。

 それなら安心だ。雨が降れば少なくとも『今日は大丈夫』だから。


 ただ、それはあくまで一時的なものに過ぎない。


 根本的なものの解決をしなければ、近い将来東都は火の海に呑まれてしまう――それは四楼が『カグツチ様』から依頼を受けた際に聞いた『もしかしたらの未来の話』だった。


「……早くに越したことない、か」


「ん? 四楼くん何か言った?」


 ぴくっと可愛らしく耳を揺らす白狛に「ううん、何でもないよ」と、再び手元の本を広げながら四楼は優しく呟く。


 馬車はまだ、目的地には着かない。

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