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第一節

 ――時は少し遡る。


 説明を終えた四楼さんは薄く息を吐き出すと、私の方へ視線を向けた。


「と、言うわけだ。京ちゃんから何か質問はあるかな? わからないことだらけだと思うから、疑問があれば遠慮なく言ってね」


「そうですね、何から聞いたらいいのかな……」


 私は質問を考えながら、先ほど四楼さんが語ってくれた内容を脳内で反芻する。


 曰く、神楽座は『神様を演じる』特殊な劇団であることだった。

 私がよく分からないといった風に首を傾げると、四楼さんは穏やかな口調で付け加えてくれる。


『最近東都は火事が頻発しているのは京ちゃんも知っての通りだと思う。それは単に不注意によるものだったり、もしかしたら愉快犯による犯行でもあるかもしれない』


 ただ、と四楼さんは続ける。


『京ちゃんも思わなかったかい――|それにしたって多すぎじゃないか《・・・・・・・・・・・・・・・》って』


『多すぎる、ですか?』


 四楼さんは頷く。


『うん、今週だけで東都だけで六件以上も起きてるのは、ただの偶然と片づけるにはあまりにも不自然過ぎる。昨日だって京ちゃんの住んでる下町の方でも火事があっただろ?』


 そう言われて私は、昨日のお仕事の帰り道のことを思い出す。

 西の暮れの空へ立ち上っていく煙と、吹き抜けていく風に乗った町の人達の『火事が起こったらしいぞ』という言葉。


 幸い、火自体はすぐ消えたらしいけど、自分の身近で起こっているという妙な現実感はすっと私の背中を冷たい感覚となって伝っていく。


『でも、それと神楽座が神様を演じる事と、どう繋がるんですか?』


『うん、当然の疑問だね。そうなると、大枠になるけど全体像の話をした方が良さそうだ。今の日ノ圀は西洋の文化が混ざり合ったことで、古来からいた神様の力——ここでは便宜上『信仰の力』とでも言っておこうか』


 その信仰の力は、言わば神様がこの世界に影響を及ぼせる力そのものだ、と四楼さんは補足してくれる。

 逆に誰も語り継ぐ人がいなくなった神様は死んだも同然らしい。


『ともかく、これまで日ノ圀を守っていた力が弱まっているのさ』


『神様の力って……? それに弱まるとどうなっちゃうんですか?』


 それは実際に見てもらった方が早いからまた今度だな、と唯一郎さんの補足が入る。

 四楼さんも『うん、言葉で説明しても理解しきれないと思うから、今は漠然とした理解で大丈夫』と続けた。


『ともかく、神様たちの力が弱まれば自然と、それまで抑えつけられていたものが溢れ出してしまう。特に今回の火事の件については、依頼主かみさまからも早急に事に当たって欲しいと言われている――』


 ——その力を取り戻すために、僕たちは演劇をするんだ。


 四楼さんはそう言うと、いつの間にか手に持っていたキセルのから口を離すと、紫煙静かに吐き出した。

 キセルなんて最初から持っていなかった気がするけど……いや、私の気のせいかな?


 しかし、今はそれ以上に気になっていることがあった。

 私はすっと右手を上げる。


「一つ、いいですか?」


 どうぞ、と四楼さんは視線だけで私を促す。


「どうして私なんでしょうか? 女優を目指していて、正直私は駆け出しも駆け出しで、女学院時代に演劇部に所属していたくらいしか実績がありません」


「まあ、京ちゃんの言う通り当然の疑問だね。ただこれは僕の口からじゃなくて、唯一郎くんから言った方がいいんじゃないかな?」


「……本当に性格が悪い」


 四楼さんと私が視線を向けると、何かを諦めたように唯一郎さんが肩で息を吐き出していた。

 下がっていた視線が持ち上がると、吸い込まれそうになるほど綺麗な瞳が私の視線と絡む。自然と上がりそうになる心拍を、私はギュッと握りしめた拳で押さえつけた。


「さっきの話しの中で抜けてたんだが、実はアンタ……いや、綾瀬川が入ってきたときに出ていった奴がいただろ?」


「意識飛びかけてたんで、顔までは覚えてないですけど、走っていく人がいた気はします」


 記憶の中には、私のことを一瞬心配するために振り返って、でもそのまま逃げるように走り去っていった花模様の着物の後ろ姿が朧げにあった。


 顔まではわからなかったけど、綺麗に結われた髪型と着物の着こなし。それに、走っていても乱れる事のない姿勢に、女優としての風格を感じたからかもしれない。


 それにあの花の香水の香りは、確か東都の女性の間で流行ってる香水だった気がする。


 覚えているなら話は早い、と唯一郎さんは続ける。


「そいつ、神楽座の看板女優だった奴なんだ。本人曰く飛び出して行く時に辞めると言っていたから、元ってつけた方がいいかもしれない」


「そう、だったんですね」


 一体それと何の関係があるんだろう、と思っている私の心を見透かしたように唯一郎さんは続けた。


「実は、そいつにはアンタを女主役ヒロインに据えるって話をした。その話が拗れに拗れてそいつが出ていった先で、綾瀬川に扉をぶつけてしまったんだ」


「え?」


 アンタって私?


 予想していなかった言葉に、私は素っ頓狂な声をあげてしまう。というよりも、完全に意識外の言葉だった。


 と、そんな様子を楽しむように視界の隅であはは、と四楼さんが愉快そうな声をあげる。

 それに合わせたように、空間を漂っていた紫煙が風に乗って揺れた。


「あれは流石に僕でも言っちゃ駄目だって分かるよ。特に自尊心プライドが高い子からお気に入りのオモチャを取り上げたら怒るに決まってる」


「あ、あのっ! いきなり話が飛躍し過ぎてるんですけど、私は端役じゃないんですか? それか最初は雑用係とかから始めてって、勉強してから舞台に立つと思ってたんですけど……」


「うんうん、そう思うのも無理はないよね。でも君を主演に抜擢したのは他でもない唯一郎くんだ。どーしても君がいいって駄々をこねられたら僕も従わざるを得ないからね」


「えっ⁉︎ 唯一郎さんの推薦、なんですか?」


 驚きの声を上げながら唯一郎さんの方を見ると、彼は「語弊しかないけど間違ってはない」とぎこちなく頷いた。

 そんな彼の様子を愉快そうに見ていた四楼さんが「ちなみに」と言葉を付け足す。


「唯一郎くんは神楽座の脚本担当、僕は神楽座の座長兼次の舞台では人手不足もあって演出関連もやるから、その辺りもよろしくね」


「あぇ、あー……って、えぇっ⁉︎ と言うことは脚本家さんからの直々の指名ってことですか⁉︎」


「そういうことになるね」


 驚く私に、軽い調子で四楼さんは言った。

 次から次へと出てくる情報の波に私の頭は軽い錯乱状態になりそうになる。


 脚本家からの指名は、ある意味特殊なことだ。

 それは物語の根幹を作る人が『この役は君がいい』と言ってくれているものであり、それはつまり脚本自体に自分が認められた(・・・・・・・・)と同義だからだ。


 で、でも私が唯一郎さんと出会ったのは一回だけ。

 あの神社で話している時だけだ。


 そこから私みたいな人間を選ぶのは、なんというかよくわからない。それに、そんなことを聞かされて急に看板女優の人が怒って飛び出していくのも無理ないなって思える。


 でも――その時に彼が何かを『直感』したんだとしたら?


「っ!」


 そう思った瞬間に心臓が変な音を立てて暴れた。

 私が視線を向けると、その視線から逃げるように唯一郎さんはそっぽを向く。


「べ、別にそんな大それたことじゃない。あの時アンタを見て、煮詰まっていた脚本を主演にしたら解決するんじゃって思ったんだ……それは純真さみたいなものがハマるんじゃいかと思っただけで、変に期待されても困る」


「それでも、嬉しいです!」


 私は二人へ視線を向けた。


 今、東都で起こっていることの実感は正直薄かった。

 神様を演じるというのも分からないし、私なんかが上手くできるなんて思ってない。


 でも、それでも目の前の人は――唯一郎さんは私のことをどんな形であれ必要としてくれた。


 不安はある。

 これからの生活のこととか、私にはまだよくわかっていない『神様』の事とか。


 分からない状態は不安で、同時に怖さに似た感情を抱かせる。


 でも――


「——っ」


 役者として動き出すのにこれ以上の理由なんて必要ない。


 なら、あとは覚悟を決めるだけ。

 足りないものは、その道行の中で学んで、得ればいい。それは唯一郎さんが教えてくれたこと。


 部屋の外から流れてくる喧騒が今は心地いい。

 それはまるで世界から自分わたしが必要として、そして祝福してくれているように感じたから。


 私は瞳に意思を込めて、真っすぐ四楼さんを見つめる。


「私でよければ、ぜひ協力させてください!」


「うん、君ならそう言ってくれると『座長としての勘』で思っていたよ――」


 四楼さんは手に持っていたキセルをぱっとどこかに仕舞うと、見慣れ始めた笑みを浮かべる。

 席を立ちあがると、どこか芝居がかった所作で私の方へ近づくと右手を差し出した。


「――ようこそ劇団・神楽座へ! 君を歓迎するよ、京ちゃん」


「はい! よろしくお願いします!」


 差し出された右手を、私は右手で握り返した。

 隣では少し安心したように唯一郎さんが笑みを浮かべていて、私も釣られて頬が上がる。


 これが、つい先日あった『私が神楽座に入るまで』の経緯だ。



◆◇◆◇◆



 そのあと、四楼さんから言われたのは『唯一郎くんと一緒に、依頼主の神様の取材を手伝うついでに役作りの勉強もしておいで』という、なんとも曖昧な指示だった。

 そのために今、私は今回の演劇の依頼主の神様へ会うために神社まで続く長い階段を上っている最中。


 辺りは深い森の中に、石造りの階段がまるで参拝者を迷わせないように続いていた。

 急な斜面に無理やり階段を取り付けたような雰囲気で、進むにつれて足取りは次第に重くなる。


 閑散とした空気はどこか静謐さを纏っていた。遠く聞こえる鳥の声と、木漏れ日の温かでどこか冷たい光がよりそう感じさせるのかもしれない。


「……ふぅ」


「大丈夫か? もし荷物が多いなら持つぞ?」


「いえ、大丈夫です! これくらいの量だったらむしろ少ないくらいです!」


 前を歩く唯一郎さんが振り返って、心配そうな表情を浮かべる。

 私が頭を振って笑みを浮かべると「そうか。でも無理だけはするなよ?」と言って、また私の前をずんずんと歩き始めた。


 私よりも多くの荷物を持っているのに、息一つ上げずを階段を登っていく。

 体鍛えてるのかな? 私も体力に自信あったほうだけど、もしかして細い見た目に反して唯一郎さんは体鍛えてるのかな?


 私は鞄と、手に持っている荷物を背負い直すと、彼の背中を追いかけるように歩き出した。


 そんな事を考えながら暫く歩いて、その階段の終わりを告げるように鳥居が見えてきた。


「誰か、いる?」


「あぁ、みたいだな」


 と、そんな私の視界の先に人影があった。

 背丈は私と変わらないくらいかな。目を引く白と朱の巫女装束で、この神社の関係者だと分かる。

 真っ黒な髪の毛を後ろで一つにまとめて、鳥居の柱の前に立つ女の子は私達が近づくとペコリと頭を下げた。


「お待ちしていました。唯一郎様と京様ですね」


「えっと、はい。そうです」


「よかった。この様子だと四楼さんから話しは通ってるみたいだな」


 唯一郎さんの言葉に「はい、伺っております」と淡い笑みと、鈴の音のような可愛らし声で応える。


 そんな巫女の女の子は、私達を先導するためにくるっと身を翻した。


「それではこちらへ――お二人を『カグツチ様』がお待ちです」

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