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ようこそ劇団・神楽座へ!  作者: 夜丹 胡樽
『演じる』その意味
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第一節

 私は唯一郎さんの言葉を思い出しながら、自室で脚本を読み返していた。

 宵の中に沈む部屋で、明かりは脚本を置く机の上にある蠟燭の光だけ。


 綴られた文字群は簡潔で分かりやすく、ト書きの横にある注釈が彼の丁寧な仕事ぶりを物語っていた。


 ぺらっと、一頁めくる。


 あれから四楼さんは別室にいた団員である『つくも神ぃず』を呼び出した。


 部屋から出てきた彼らの見た目は実に様々だった。

 茶釜を胴体にした子犬、筆を尾にした狐に、ふわふわと浮く風鈴と、猫の耳と尾が可愛らしく生えている人形たち。


 その他にも、様々な『物』が別室から出てくる。


 話に聞いたことがある付喪神様は、長年大事に使われたものに宿る神様だ。

 四楼さんはその存在を、昔に日ノ圀を周っている際に収集して神楽座の団員にしたらしい。


『付喪神の中でも、彼らはすでに役目を終えて消えかける間際の存在だったんだ。僕はそれを現世に繋ぎとめて、神楽座で足りない人手を補ってもらってるのさ』


 突然の出来ごとに目を白黒させていると、四楼さんは説明してくれる。


 そんな彼らは、私が目を通した脚本を嬉しそうに受取ると、そのまま大量の紙を用意して『印刷』を始める。

 唯一郎さんが書いた脚本を、演者である私たちに配るためだ。


 時間はそれほどかからず、まずは私が読む用の一冊が完成。

 私はそれを今食い入るように読んでいる。


「……わぁ」


 その焔は愛の調べ――


『——主役メインとなる登場人物は二人。一人はカグツチ様で、もう一人は普通の女の子(・・・・・・)だ』


 唯一郎さんの言葉が自然と蘇った。


 舞台となる愛宕山で二人が出会うところから始まる。


 事実通りの焔の神として存在している彼の元に、一人の少女が訪れる。

 その少女はカグツチ様への供物として捧げられた存在であったのだが、カグツチ様は別段供物などには興味なかった。


 それでも彼女を村へと帰せば、村の者からどういう扱いを受けるかを知らないわけではなかった。


 仕方なく始まった、神と人の共同生活。


 ただ、その生活の中でカグツチ様は焔として畏怖され遠ざけられていた時には感じることができなかった『温もり』を知っていく。


 ここは楽しそうに、ここでカグツチ様に花の香りを教えて、そして無邪気な笑みを向ける。


 私は脚本の中にいる少女に自分を重ねながら、まだ文字だけの世界に自分なりの色を載せていった。


 そうして仲を深めていく中で、少女は語る。


『カグツチ様は怖い神様なんかじゃなかった。優しくて温かい、恵みの神様だってな』


 カグツチ様は少女の言葉を否定をする。

 それはかつて母の胎を焼き、父によって体を八つ裂きにされた神だから、そんな存在では無いと。


 しかし、次第に少女の心に触れていく内に、カグツチ様自身もそんな神になるのも悪くないと思い始める。


 そんな束の間の安息とも言える日々の中で、事件が起きる――


『――少女を供物として捧げた村の住人が、まだ彼女が生きているところを目撃してしまう。供物として捧げた筈の少女が生きているとなれば、少女が直前で逃げ出して生き延びたと勘違いするものがいてもおかしくない』


 その後、少女は村の者たちに捕まり、どう言う事情かを問い詰められる。

 本当はカグツチ様は供物なんかに興味がないと必死に弁明するが、激昂した村の住人は一切聞く耳を持たない。


 明日、日の出と共に再び供物として捧げよう。


 その決断は無知であるが故だった。

 神への絶対的恐れと、村の古くから続くしきたりを今更破ることでの祟りを恐れたのだ。


 それでも村人の中には、再び供物を捧げる儀式に反対する者もいたし、少女へ恋慕を寄せていた村の青年に関してはギリギリまで抗議を続けていた。

 それでも少数を犠牲にして多数を助けるという村の指針を変えるには至らなかった。


 明日の夜、冬が来る前に――そして、今度は逃げないように殺してから捧げよう、という言葉を少女は暗い牢獄の中で聞いてしまった。


 どうして、どうして、どうして……絶望に沈んでいく少女の元に、彼女の両親が現れる。


『例え生きていた事が罪だとしても少女が生きていることが両親は嬉しかった……そして、夜中に監視の目が緩んだ隙に少女は両親の助けもあって逃亡する』


 一方、少女の帰りが遅いことに心配をするカグツチ様は、様子を見にいくために山へ降りる。

 そこで、逃げてくる少女と、その少女を庇うために犠牲となる両親の姿を見た。


『そんなものを目撃すれば、カグツチ様は怒りに震えるだろうな。この辺りは史実から逆算して物語に落とし込んでる。少女もカグツチ様がいつもと違う様子だと一瞬で悟るんだ。それはある種ので、その愛によって両親を喪失した直後にも関わらず、少女の足を動かした』


 人の醜悪さ、そして何より自分が気にかけていた少女を辛い目に遭わせた存在を目の前にして、カグツチ様は己の権能を用いて村の人たちを焼き殺そうとする。


 カグツチの怒りによって、森全体が揺れ始めた。

 冬前だというのに熱を帯びる空気と、その中心にいるのは『静かにこちらを見つめるカグツチ様』。


 こんな者達に恵みを与えるなんて、馬鹿馬鹿しい。

 きっとこの時の唯一郎さんは、カグツチ様をある意味降ろして心情を作っているんだろうか。


 きっと少女も、見たことがないカグツチ様の姿に一瞬恐怖に竦むかな。


『……でも、村の者達は死ななかった。それは神としての権能で、自身の体を灼焔に変えるカグツチ様に触れる(・・・)存在がいたからだ』


 カグツチ様が視線を下げると、自身の身が焼けることに苦悶の表情を浮かべながらも、彼に『恐怖としての焔』であって欲しくないと笑う少女がいた。


 離れろ、とカグツチ様は叫ぶが少女は抱きつく力をさらに強めた。

 ここでカグツチ様は少女からの『最期の言葉』を聞く事になる。


『少女の最後の言葉は、逆に曖昧にしてある。あえて描かないことでの空白で、観客側にも想像の余地を残したいんだ』


 崩れていく少女の体、そして同時に様々な感情がカグツチ様に去来する。


 喪失による痛み、後悔、思い出、熱……そして初めて知る愛の形。

 急速に温度が下がっていく熱の中でカグツチ様の頬を伝うのは、一滴の涙。


 そうして終幕。

 私の脳裏には、終わり際に拍手を送ってくれる観客の姿が見えた。


「……すごい」


 読み終えて、私は自分の頬を温かいものが伝っているのに気が付いた。

 手のひらで拭って、そこで初めて自分が泣いている事に気が付く。


 同時に胸の中に宿るのは、早くこの演劇をやりたいという強い想いだった。


 演じたい、役になりたい――そして何より、この感動を観客に届けたい。


 それが誰かの役に立つのなら尚更だ。

 カグツチ様の願いも、四楼さんの思いも全て乗せて私は演じたい。


「私も頑張らないと……っ」


 唯一郎さんが描いた物語をより良いものにするために、私はより一層気合いを入れるのだった。



◆◇◆◇◆



 唯一郎は夜の屋上にいた。

 見上げると、雲間から三日月と、そんな三日月を彩る様に瞬く星が見える。


 故郷に比べれば数の少ない星はどこか物悲しさがありながらも、ここが東都であるという証明でもある。

 遠くまで来てしまったの様な、そんな事もない様なそんな不思議な気持ちが唯一郎の中にあった。


 神楽座が借りている建物の屋上は、鍵が壊れていて誰でも出入りができる状態になっている。

 煉瓦造りの屋上は、心地よい風が静かに吹いていた。


「……はぁ」


 吐息には憂いが混じる。それは不甲斐ない自分に対してだった。


「どうしたんだ、俺は」


 脚本の出来は、今の自分が出せる最大限のものとなった。

 王道の物語の中に、カグツチとの対話の中での抽出物エッセンスと、京を見た時に見た輝きを脚本の中に織り込んだ。


 現に、今も階下では戻ってきた神楽座の団員と彼の脚本をどういった演出にするかを話し合う四楼は、その完成度を褒めてくれた。

 その他の団員も唯一郎の脚本で問題ないと言ってくれている。


 だからこそ、こうして思い悩んでいるのはその点ではなかった。

 

 彼の悩みの中心にいるのは、一人の少女――綾瀬川 京だった。


 夜風を浴びて思考を切り替えようとしたが、それも上手くはいかないよう。胸の中に去来するざわめきが、ずっと唯一郎の心を搔き乱していた。


(綾瀬川のことを気が付けば考えてしまう――)


 ——唯一郎はその感情(・・・・)の正体を知らなかった。知識としての部分ではなく、経験として彼は未熟であるがゆえに無自覚だった。


 これまで女性と友好的な関係を築けたことすら片手で収まる。

 恋に落ちるといった経験はなく、性格的に愛に飢えることもなかった。


 だからこそ、その正体の名前を知りながらも唯一郎は未経験であるがゆえに翻弄されていた。


 なぜ瞼を落とすと、彼女の顔が出てくるのかが分からなかった。

 嬉しそうに脚本を受け取る笑顔が、愛宕神社での神にすら物怖じしない横顔が、必死に女優になりたいと祈る姿が――唯一郎の脳裏を焼いていた。


 きっと彼女の持つ純粋な輝きに触れなければ、あの脚本を作る事は出来なかった。

 自分にはない輝きに触れたからこそ、カグツチを止める少女の物語を作れたのだと思う。


 だからこそ、この気持ちは脚本を書き終えれば収まると思っていたが、現実はむしろその逆だった。

 京の細かな仕草だけで早鐘を打つ心臓と、熱が昇る頬を隠すだけで精一杯になる。


 しかし、この感情へ名前を付けることは、まだ唯一郎にはできない。


 見上げていた視線を、今度は眼下に広がる多々美の街の方へ移した。

 遠く見える人影たちの愉快そうな足取りと声は、店から漏れ出す音楽に乗って空の星と遜色ない煌めきを放っている。


 だが、そんな光景もどこか他人事のようで、唯一郎は大きく息を吐き出した。


「はぁ……早く稽古始まらないかな」


 吐き出す空気は五月の穏やかな夜風に乗って消える。

 多々美の街を彩るガス灯の不安定な明りは、そんな唯一郎の心を映し出しているようだった。

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