光の中
瞼を閉じると『あの日』の記憶が蘇る――
◆◇◆◇◆
――暗い劇場の中は、一か所だけ照射灯が当てられていた。一条の光が連なって束となり、舞台上で広がる『愛の物語』を鮮やかに照らす。
木張りの舞台の上では綺麗に仕立てられた洋装に身を包む男女がいて、それを少女・綾瀬川 京は目を輝かせながら見つめていた。
幼さが残るぷっくりとした紅顔に愛らしい雰囲気を纏わせた少女は、普段のおどおどとした内向的な雰囲気を霧散させ、目の前で広がる恋の演目に瞳を輝かせる。
熱に染まる頬、赤の色素交じりの長い黒髪のお下げと、今日はお出掛けだからと母親が着付けをした朱色の着物が、舞台から漏れる照明の残滓によって淡く照らされていた。
眼前に広がるのは非日常。
謳われる愛の言葉は幼い彼女には鼓膜に甘美な響きで、豪奢という言葉が良く似合う深紅と黒の洋装が網膜の裏側にまで焼き付く。
「わぁ……」
両親に連れて行ってもらった『西洋演劇』の全てが京にとっては鮮烈で、新鮮で、そして何よりも衝撃的だった。
演目は『紅き月の姫君に捧ぐ』という、西洋では有名な悲恋を謳ったものだった。
名の知れた劇団の公演が東都で見られると京の母親は興奮気味で言っていたが、幼い彼女には物語の全容まではよく分からない。
それ故に、目の前に広がる光景に純粋に目を奪われる。
今まで特に強く興味が惹かれるものがなかった『ごく普通の少女』が、舞台で『何者か』になる姿を見て心が揺さぶられた。
風鈴が陽の光を乱反射するような煌めきは、縫製の完璧な滑らかな絹の洋服に付けられた小金属によるもの。
東都ではまだ珍しい洋化粧は元から端正だった女優の顔立ちを更に際立たせ、まるで本当に異国の童話の中から飛び出してきたお姫様のようだった。
透き通る、それでいて芯のある発声は耳触りがとてもいい。
場面によってコロコロと切り替わる表情は見ていて飽きることはなく、感動的な場面に切り替わった瞬間の引き込まれるような女優の涙には、思わず釣られて京の頬にも涙が伝う。
「きれい……」
ただ純粋に少女は思う。
自分の知らない世界で、こんなにも綺麗で心奪われる美しい世界があるなんて思いもしなかった。
純粋な想いは感動へと変わるのに時間はかからず、そして同時に生まれるもう一つの想い。
(わたしも、あんな風になりたい)
歓喜に震えた心が、灼けるような憧憬へと変わっていく――
◆◇◆◇◆
——私はあの日、舞台の上で起こる『奇跡』を知りました。
そして同時に自分がその道を歩くのに不向きな人間である事も、強く痛感しました。
周りに笑われ続けた私だけど、夢を願った瞬間だけは本物でした。
だから私はこうして、今度は『奇跡』を見せる側になりたいと思ったのでした。




