令和の定年退職オヤジがイラストを描く
朝の7時。
定年退職して8ヶ月が過ぎた田中吾郎、60歳は、冷えたマグカップを片手に、静まり返ったリビングの片隅にある古びた机に向き合っていた。
机の上には、真新しい液晶タブレットが、まるで場違いな最新鋭兵器のように鎮座している。
「よし」
小さく呟き、田中は液タブの電源を入れた。彼はその手に持ったスタイラスペンを、まるでGペンでも握るかのように、何度も握り直す。ペン先には、彼が40年前に諦めた夢の続きが託されていた。
すべては、今年の春に始まった。暇つぶしでネットサーフィン中、たまたま見つけた「ピクシブ」という場所。そこに並ぶ、宝石のように鮮やかなイラスト群。
『宇宙戦艦ヤマト』のセル画に熱狂し、若かりし頃に漫画家を夢見た情熱が、定年後の枯れかけた心臓に、再び火をつけた。
「液タブ?なんじゃそりゃ?」から始まり、老眼鏡をかけ、無料のお絵描きソフトと格闘すること五ヶ月。田中は今、一つの完成形にたどり着いていた。
指先を動かし、画面に表示されたヒロインのイラストを、田中は食い入るように見つめる。
そこには、彼が長年抱いてきた「理想の女性」の姿があった。健康的な肌の色、シンプルな線の制服、そして何より、豊かに描かれた胸元。タッチは洗練されすぎず、しかし魅力的な記号に溢れている。
「ふむ……悪くない」
彼が夏から秋にかけて、試行錯誤と情熱を費やして到達した、渾身の一枚。
「これなら、あそこのランキングで、誰かの目に留まるかもしれん」
彼の口元に、控えめだが確かな笑みが浮かんだ。それは、六十歳にして初めて、デジタル世界に挑むイラストレーター・田中吾郎の、確かな一歩だった。
(終わり)
定年退職オヤジのイラストはこちら(イメージ)※この文章の作者が平成時代に描いたイラストです。
http://woomy.mydns.jp/illust.jpg




