第17話 イベリア歴622年 鏡の前の愛
国境付近に軍が配備されていたため、両軍は広大な荒れ地で数度の小競り合いを繰り返し、雪が降りだす前に全軍撤退していった。戦争に巻き込まれなくて良かった。もし進行していたら、国境近くの私の村も無事ではすまなかっただろう。
仕事も平時に戻り、極端な注文もなくなった。通信機の完成も間近だ。イレーネは家の仕事の合間に鍛冶場でくつろいでいる。彼女がいると仕事にならないので、私は綺麗な柄の布をハンディミシンで縫い、彼女をモデルにして数着の服を作っていた。
型紙がなくても十五分ほどで仕上げられるから、出来上がると彼女の服を無理やり脱がせて着せてみる。当然――
「この変態!ぎゃー!」
「イレーネ、胸な……!」
「やめて(泣き)!気にしてるんだから!」
そんな悪戯をして、金属の鏡モドキの前で彼女に着せてみる。
「どう、イレーネ。似合ってるんじゃない?」
少し時代が進んだデザインに、彼女はニマニマしながら答えた。
「いいかも!……いや、まあまあじゃないかな」
私はさらに袋を指さして言った。
「あと、似たデザインの服二着ね。その袋に入ってるから見てみて」
イレーネは速足で袋に向かい、キャーキャー言いながら鏡の前で服を当ててポーズをとり、ご機嫌だった。
「イザベルって何でも出来るのね!服って買うか家で作るしかないけど、家で縫うといまいち垢抜けなくてねー」
「イバンのためにはじめたんだよ。結局、愛が原動力なのよ。愛が」
「キー……私の愛が……」そう言って下を向いてしまった。
「あっ!時間だ」
彼女が服を脱ぎはじめたので、私は言った。
「それ、着て行っていいよ。三着あげるから」
すると彼女は近寄って抱きついてきた。
「ありがとう。スキ……」
やめろ~!鳥肌が立つ。
「ばーか、うそだよ。……でも服は、ありがと」
ちっ、やられた。まあいいか。
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三年の孤独と試行錯誤の果てに、ついに通信機が完成した。
ボタンを押す指が震える。――「ポチ」。
その瞬間、鍛冶場の日常は、宇宙へと繋がったはず?
「こちら、惑星ムンドのイザベルです。地球探査船SK-11クルーのみなさん、受信出来ていますか?」
母国語で打ち込み送信したが、反応はなかった。
多分協議中なのだろう。地球にいたころ、有人惑星への対応について聞いたことを思い出す。たしか文明途上国には上空で待機して観察を続けると。いつ返信されるかわからないから、あとは放置だ。ログを確認すればいいだけだし、気長に待つことにした。
次の日、イバンに弁当を持たせて見送り、仕事の準備をした。仕事始めに通信機を確認すると――あ、着信があった!
「惑星ムンドのイザベル様。なぜあなたは我々の惑星探査船のことを知っているのですか。端的に回答お願いします」
AIか? 人がいるはずがない。地球からどのくらい離れているかわからないのに、有人は無理がある。取り敢えず――
「連絡が取れて嬉しいよ。私は115XX年の地球からこの惑星に転生して二十三年になる女性です。偶然SK-11を目撃し、当時の知識で通信機を作り現在に至るのです」
発信。十秒後――
「わかりました。コンタクト希望ですか?」
「もちろん希望してます。でもあなた、メタルフレームだよね?大丈夫?」
「この星に合わせて宇宙要塞《大和》で人肌に改造しています。申し遅れました。私、アンドロイドあかりちゃん第八世代、機体番号GFD-8054-JKI7402です。今から南三キロの平地に到着確認後、ステルス着地します。よろしいですか?」
「了解。あと欲しい装備も揃えることが出来る。防具と武器」
「可能です。では到着を待っています」
通信終了。入口にはイレーネが「不審なものを見つけた」みたいな顔で立っていた。
「おー!ナイスタイミング。昼前に戻って来るから店番頼むね!」
「ちょっと!私、忙しいんだから。暇人じゃないのよー!」
イレーネに留守番を頼み、前から準備していた。袋を持って目的地に向かった。




