第13話 イベリア歴622年 王子様
あたしは今、鍛冶屋の家で暮らしている。
▼△▼△▼△▼△
アントニオは「ここに住んでもいい」と言ってくれたので、有り難く世話になっている。タファリャでの話を聞いたが、記憶が曖昧なこともあって、なんだかしっくりしない。
家事を手伝う日々を過ごしたある日、外の買い物に出かけ、路地を歩いている時、急にお腹が痛くなった。体が冷えるような感じと寒気に汗が出てくる。吐き気と苦痛で地面にうずくまり、必死に耐えていた不意に、太ももに温かいものが……。
気が付いた時、マルタの優しい声が聞こえた。
「赤ちゃん、残念だったね……」
無意識に涙が頬を伝い流れ落ちた。望んだ相手の子ではなかったことを、お腹の子供が感じて「さよなら」をしたのか……分からない。一つの命がこの世から消えた。
「イバンが知らせてくれたんだよ。あんた前にアレがあったから、連絡先を首にぶら下げてたろ? さっそく役に立ったよ……」
内容はガルシーア家の仕事をしていて、住所がサンチェス商会と仰々しく嫌だったが、役に立ったらしい。
「あー……具合どうですか? オレ、鍛冶屋のイバンです。」
具合が良くない私はイバンの方を向くことができず、「少し良くなった」と言葉少なめに答えた。
「あー、無理しなくてもいいから。どうせ鍛冶屋は親父が死んでから閉店状態だし、ここでゆっくりしてくれ。」
「わかった……ありがとう。助けてくれて……」
「イザベル! あたし家に帰って着替え取ってくるから、ちょっと待っててね。それと旦那たちに迎えに来させるから。」
そう言ってマルタは自宅に帰った。段々と気分も落ち着き、自分の状態が分かるようになり、思わずつぶやいた。
「あっ……下半身が……股から下が滑って気持ち悪い……これじゃ着替えが必要だね。」
「あのー……湯冷まし飲みませんか? 喉乾いてない?」
とイバンから優しく声をかけられた。
「出来れば、お酒を……あたしドワーフだから。」
そう言ってマルタの顔を見た瞬間、あたしは恋してしまった。急に恥ずかしくなり、ギクシャクして滑らかな人の動きから、古いバグのあるロボのような動きになってしまった。「自分はクールで落ち着いている」と何度も暗示をかけ、平静を装った。
「お待たせ。ワインだけど大丈夫?」
「自分はクールで落ち着いている……あっ、だいじょうぶ。」
わぁ、変な言い方してしまった。気づいてない? 近づいてくる明るい髪色のイバンの顔は童顔で、多分年下だろう。木のジョッキに七割ほど入ったワインは湯気が立っていて、私の体を気遣ってホットワインにしてくれたようだ。優しい子だな、と心から思った。
「イザベル、お待たせ……横になってなくて大丈夫?」
「大丈夫。もう立てると思う。」
「そうなの? 無理しないでね。」
マルタから声を掛けられ、立とうとしたら止められた。イバンは水の入った桶を二つ持って外に出て行った。なんと優しい男なんだ、と彼を「子」から「男」に昇格させた。私は失った悲しみで心が空っぽになったところに、イバンの優しさが沁み込んでいく。マルタが体をきれいにしてくれ、着替え終わり、落ち着いたところで――
「私、イバンに惚れた!」と宣言した。
「え、ウソ……なんで?」
「なんでって、ひとめぼれ……イケメンだし、優しい……」
「イケメン? 優しいは分かるよ。子供の時から優しい子だから。」
「イバンは独身?」
「まだ十七歳だし、独身だよ。両親と姉が流行り病で亡くなって、一年間一人で暮らしているよ。大工として。」
「鍛冶屋じゃないのね……私、ここで物を作って、ここで暮らす。」
「イザベル……落ち着いて。話が早すぎるよ。イバンの気持ちはどうなの? 話したの? ……あー、イバンの気持ち聞いてないな……ダメだよ。一方的に押し込むようなことをしたら不幸になる。」
「分かっている……ごめん……少し熱くなった……」




