第12話 イベリア歴621年 野良犬
(アントニオの調査)
アントニオは考えた。なぜ記憶が曖昧なのか。なぜその男から離れたのか。
イザベルは記憶障害について、薬物、洗脳、病気の可能性を考えたが、すべて当てはまらない。その他の不思議な現象――おとぎ話の魔法や呪い? 判らない。
次に、ここに戻ってきた理由。これはある程度予測がつく。男が事件に巻き込まれて死に、拘束が解かれた。あるいは妊娠によって捨てられた。他には思いつかない。
マルタから聞いたが、イザベルはそれほど汚れていなかった。それは近くから移動したに違いない。足の汚れ具合を詳しく聞いて推測すると、約五時間歩く距離。夜から朝に到着した、夜露で靴底が濡れていたら、もっと近い場所から来たはずだ。いずれにせよ周辺の町から来たに違いない。
ここから三時間以内に人の住んでいる場所は二か所、五時間となると六か所だ。イザベルは北・東・西地区には行ったことがない。南地区のここに辿り着くのに、一番怪しい南の都市タファリャまで聞き込みをして可能性を探ろう。イザベルが二度と拉致されないために。
翌日から足取りを追った。警備兵に最近の事件について聞いたり、商店で情報を収集したりしたが、何も収穫がないままタファリャに着いた。まず馴染みの警備兵に事件がなかったか聞いてみる。
「鉱山工夫の男が地元の革職人を殺して逮捕された。」
初回から当たりか。内容は、工夫の女を革職人が奪ったから殺したというものだった。事情を聴きたいから金貨を渡し、工夫に会えないか聞いてみる。
「一人では会えない。」
そう言うので、牢屋の職員同伴で話を聞いた。唐突に問いかける。
「革職人に奪われた女はどこへ行った?」
「……なんだ、コノヤロー……ヤツに捨てられ二年前に死んだよ。…俺の女ではなく、俺の妹だ……コノヤロー。」
「すまない……妹さんはどんな経緯で革職人と?」
「パウラは十四歳の子供だった。あの革職人は年に数回、俺の村に革製品を卸しに来ていたはずだ。二年前、突然パウラが消えた。・・・俺は方々探したんだが、死体で発見されるまで見つけることができなかった。・・・パウラは妊娠していた。(沈黙)俺は周辺にパウラが暮らしている家が近いと思い、休みの度に探して、ついに革職人に辿り着いた。……後は知っての通りだ。……俺は1mmも後悔していない。」
「もう一つ聞きたい。革職人の他の噂を聞かなかったか?」
「ヤツの家にはいつも女がいる。複数人いることもあるらしい。…交流は全くないが、近くに住む男は羨ましいと言っていた。」
「ありがとう。身内のつらい話をさせて、すまない。」
「いや。ヤツをやれて、今は晴れ晴れしている。……あっ、思い出したんだが、ヤツを問い詰めたとき『どんな女でも俺の言うことをきく。たとえ子供でも婆でも。』と訳の分からないことを言っていた……。」
俺は確信した。(これが答えか。)牢屋の職員に金貨を渡し、その場を後にした。馴染みの警備兵に経緯を話すか迷ったが、「工夫の刑はどうなる」と聞いた。
「これは内緒だが、革職人の家から遺棄された女性の死体が数体、裏庭から出てきて今調べている。野良犬が庭で掘り当てたらしい。普段は革職人がいたからな。あの工夫も被害者の身内だろう。軽い刑かもしれない。まぁ、はっきりとは言えないがな。」
彼も被害者関係ということで、馴染みの警備兵にこれまでの経緯を話した。警備兵は上司を呼んできて再度話をし、その日はタファリャに一泊した。
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(管理官の視点)
アントニオ、今回も良い仕事をしましたね。ご苦労様です。直接、労いの言葉を掛けられないのが残念です。
あの革職人は体から女を惑わす特殊なフェロモンを出して人をコントロールする特殊個体でしたが、使い方を間違えましたね。
彼女も特異体質だから、完全にコントロールできなかったらしく、彼も手を焼いていた。襲われ妊娠したが、彼女は事故に遭ったようなものだ。今は、ただ見守るしかない。




