嘘誕生日会で誰も来ないと思ったら美少女が慰めに来た ~ぐへへへ、ママが慰めてあげる!~
「ああああ!解答欄一個ズレてたああああ!」
頭を抱えて悲痛な叫びを教室中に響かせているのは、高校二年生にしてはやや童顔で小柄な男子生徒。
「朝雛、またやってんのか」
「相変わらずしょうもないミスばっかしてんな」
「でも解けてんなら良いんじゃね?」
「そうそう、次気をつければ良いだけだよ~」
その男子、朝雛に向けて何名かの男女が笑顔で和やかに弄り、フォローする。
「皆……ありがとう。うん、次は絶対にミスしないよ!」
失敗してしまった悲しみよりもフォローして貰えた嬉しさの方が上回ったのか、朝雛は純粋無垢な笑顔でクラスメイトに感謝する。
「その調子その調子」
「週末は誕生日会だし、元気出そうぜ」
「主役が凹んでたら祝いにくいよ」
「そ、そうだよね、元気出さないと!」
可愛らしくガッツポーズする朝雛をクラスメイトが温かく見守る。一見して平和な光景だ。
その姿を離れた席から覗き見る女子生徒阿久津に、前の席の女子が話しかけて来た。
「ねぇねぇあっきゅん何点だった?」
「その呼び方止めてって言ってるのに」
「良いじゃん可愛いんだから……って九十五点!? 容姿端麗な上に成績優秀とか、ズルくない!?」
「ズルくないし、努力の成果よ」
阿久津は話をしている間、ずっとスンとした表情のままである。
顔立ちが整っており抜群のプロポーションを持つ阿久津だが、感情があまり表情に出て来ないという特徴があり、真面目系美人として人気があった。
「あの子みたいに解答欄間違える呪いをかけてやる」
「私を下げないで自分を上げることを考えなさいよ」
「むぅ……勉強いーやーだー」
「それに彼も間違えなければ成績優秀のはずよ」
大きなミスをやらかしているにも関わらず赤点になっていないということは、それ以外のところで着実に点数を稼いでいるということ。つまり大きなミスが無ければかなりの高得点になっている可能性が高い。
「あはは。その間違えなければ、ってのがあの子には難しいじゃん。前も名前書き忘れてたり、問題文勘違いしてたりして嘆いてたでしょ」
「そんなこともあったわね」
朝雛が何度もミスをやらかしてしまう性格ということは、クラスで周知の事実だった。
「あれ、そういえば朝雛君っていつの間に皆と仲直りしたんだろう」
「そういえばそうね。確か球技大会のミスが原因で喧嘩してたのよね?」
「そうそう。全員参加の男子サッカーで彼のミスを全員でフォローしながら頑張ってどうにか強敵相手に引き分けに持ち込んでPK戦になったけど、全然勝負がつかなくて彼の番まで回って来ちゃって、外すならまだしも空振りしてそれはないだろって男子とか応援してる女子がブチ切れたやつ」
「泣きながら謝ってたのがかわ……居たたまれなかったわね」
「かわ?」
「噛んだだけよ、気にしないで」
一致団結して戦っていたのに、最後の最後でしょうもないミスで負けてしまったならば怒りたくもなるだろう。せめて蹴りどころが悪くて明後日の方向へと飛んでしまったのならばまだ許せたかもしれないが、空振りはいくらミスをするだろうと思われていても納得できない程に印象が悪すぎた。
「怒ってたのは男子がほとんどでしょ。男子は単純で後に引き摺らないって聞いたことがあるから、時間が経てば和解するものじゃないかしら」
「う~ん。でも誕生日会まで開催してあげるなんて、わだかまりが無くなるの早すぎる気がするんだけどなぁ」
「その誕生日会って何かしら」
「あれ、その話をしてた時に居なかったんだ。朝雛君がこれまでクラスメイトに誕生日会してもらったことがないって話で、それなら次のお休みにしてあげようって話になったんだ」
「そういえば小さい頃はそういうのあったわね」
阿久津も祝ってもらった覚えがあるし、他の子の誕生日会に参加したこともあるが、それが開催されなくなったのはいつからだっただろうか。
「朝雛君って一人暮らしらしいから、次の土曜に彼の家で誕生日会を開催するんだって」
「私は誘われてないわね」
「あはは、そりゃあ男子にモテモテのあっきゅんをいくら誕生日会だからって男の家に連れて行きたくないでしょ」
「何よそれ」
腑に落ちないが、誕生日会の中心となるメンバーは関わりが薄い人達だったので参加する気はない。
「おおい、静かにしなさい。解説を始めるぞ」
「あ、やば」
話をしている間に答案用紙が全員に返却され、先生の解説の時間がやってきた。それゆえ前の席の女子は話を切り上げて前を向いた。
阿久津が改めて朝雛の方をチラりと見ると、彼は答案用紙を見ながら肩を落としていた。たくさんフォローされたけれど、まだメンタルの完全回復には至っていないらしい。
「(はぁ~!落ち込んでる朝雛きゅん可愛い!慰めてあげた~い!)」
感情を表に出さない女、阿久津。
彼女の内心はまだ誰にも知られてはいない。
次の土曜日。
阿久津は自宅のベッドの上で怠惰にごろごろしていた。
「(今日は朝雛きゅんの誕生日会。楽しんでるかな)」
目を閉じると朝雛が楽しんでいる姿が浮かんでくる。
『皆来てくれてありがとう!』
『わぁプレゼントだ!』
『じゃ、じゃあ火を消すよ。ふぅ……あ、蝋燭倒しちゃった!』
満面の笑みを浮かべ、失敗をして笑われて照れる様子が鮮明に浮かんでくる。
「かわいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
妄想の中の朝雛の姿に大興奮し、枕を抱きかかえて悶えてしまう。
「あ、ヤバイ、鼻血でそう」
今の阿久津の姿を男子達がみたらどう思うだろうか。
「はぁ、尊い。朝雛きゅんマジ尊い。本気で頑張ってるのに報われないところが可愛すぎる」
優しいイケメンになど興味は無い。
だらしがないイケメンクズ男にも興味は無い。
男らしく勇ましいイケメンにも興味は無い。
おっちょこちょいで健気に頑張る純粋無垢な母性本能をくすぐる男性。
それこそが阿久津のタイプの男性だった。
「はぁ……朝雛きゅんのママになりたい」
しかも相当に拗らせてしまうほどに。
そんな妄想中の阿久津を現実に引き戻す一通のLINE通知が来た。
「妄想中に誰よ」
スマホを手にして相手を確認すると、前の席の女子だった。
一瞬、後で良いやとスマホを放り投げようとしたが、通知の最初の一文が妙に気になったのでメッセージを確認してみた。
『あっきゅん大スクープ! 朝雛君の誕生日会って嘘誕生日会だったんだって!』
「え?」
嘘誕生日会。
なんだそれはと呆けていたら、既読になったことが分かったのかLINEのスクリーンショットが送られてきた。
『皆さん、今日はよろしくお願いします』
『確か十二時からですよね?』
『まだ誰も来てないのですが大丈夫でしょうか。迷ったり事故に遭ったりしてないでしょうか』
『念のためもう一度住所をお伝えしておきます』
『実はこっそりピザを注文してあったので、冷めないうちに来てくれると嬉しいです』
『これ、読まれてますよね?』
『本当に大丈夫ですか?』
『もしかして誕生日会の日付間違えてました?』
『心配ですから連絡を下さい』
これらは全て朝雛と思われる人物からのもので、誰も彼の言葉に反応してあげていない。
相手のことを心配する優しさと、不安な様子が文面から良く分かる。
誰かを疑う様子など全く無く、むしろ自分が間違ってしまったのかと思ってしまうあたり、朝雛の人の好さが滲み出ている。
「何よこれ……」
信じがたい状況に胸糞悪い物を感じた阿久津だが、真の胸糞はこの先にあった。
続いて別のスクリーンショットが送られて来た。
『まだ誕生日会やるって思ってるの草』
『今頃どんな気持ちだろうな』
『あいつのことだからまだ信じてるんじゃね?』
『ピザ頼んでやがったのか』
『もう三時間もたってるしカッチカチじゃね?』
『ウッキウキなのマジで笑える』
『本気で祝ってもらえると思ったんだろうな』
『祝う訳ね~だろバ~カ』
『ミスしまくるのマジむかつく』
『これで自分が嫌われてるって少しは自覚したんじゃね?』
『ざまぁ』
『月曜が超楽しみ』
『普通のメンタルじゃこれないだろ』
『でも普通じゃないし来そうな気もする』
『そん時は今日の事聞かれても無視だからな』
『わ~ってるって』
そこに載せられていたのは、騙された朝雛を嘲笑し侮辱する内容。
クラスメイトは決して朝雛と仲直りなどしていなかった。彼に苦痛を与えるためにそういうフリをしていただけで、内心では嫌っていた。
「どうして……彼はただ真面目にやってるだけなのに! ミスした時だって心から謝っているのに!」
阿久津には彼らが怒る理由がどうしても分からない。
これほどまでの悪意をぶつける気持ちなど全く想像出来ない。
だが一つだけ確実なのは、朝雛がミスを繰り返すことについて少しイラついただけで、仕返しとしてやって良い範囲を明らかに超えているということ。
『嘘誕生日会のメンバーに女子がいたから聞いてみたら、喜んでスクショ送って来た。共感して一緒に笑って貰えると思ってるみたい。馬鹿だよね~』
『ありがとう。でもどうして私に教えてくれたの?』
『だってあっきゅん、朝雛君のこと大好きでしょ』
「どうして分かったの!?」
反射的に大声をあげてしまった。
自分の気持ちを徹底的に隠していたはずなのに。
感情が表に出て来ないなんて言われてるくらいに必死にリビドーを抑えていたのに。
『恋愛マスターの私には何でもお見通しなのです。それで、どうする?』
理由が気にはなるが、それより先にやるべきことがある。
『彼を慰めた後、全力で潰す』
『おお怖。でも正直私も胸糞なんで、やる時は協力するから言ってね』
『ありがとう』
阿久津はスマホを放り投げ、部屋着から外出着へと急いで着替え、身嗜みを整えてから家を飛び出した。そして同じマンションの別の階へと移動し、とある部屋のインターフォンを押す。
「はい!」
中から元気の良い声が聞こえて来ると同時に、玄関が勢い良く開かれた。
「こんにちは、朝雛君」
「あれ、阿久津さん?」
阿久津と朝雛は同じマンションに住んでいて、阿久津は彼の部屋番号を知っていたのだ。
てっきり誕生日会の参加メンバーが来たと思ったのだろう。
しかしそこにいたのは参加を予定していない阿久津であり、朝雛の顔から生気がみるみるうちに抜けてしまう。
「お誕生日おめでとう」
「え!?」
誕生日会とは無関係の阿久津から祝いの言葉を受けて驚く朝雛。
「誕生日会があるって話を聞いたから、私もお祝いしようかなって思って」
「あ……」
途端に朝雛の顔に再び影が差す。
不安というよりも苦しそうな表情であり、どうやら何が起きているのか察してしまっているようだ。
「中に入っても良いかしら?」
「いや、それはちょっと」
「ダメなの?」
「その、実はトラブルがあって誕生日会は中止になっちゃって。中には僕しかいないから」
苦笑いをしてそう答える朝雛の様子に阿久津の胸は張り裂けそうだった。
「(ああああもおおおお! 抱きしめて慰めてあげたああああい!)」
もちろん狂った意味で。
「なら問題ないわね。中に入らせてもらうわ」
「え?え?」
男性が一人でいるところに、年頃の女性が入るのは問題だろう。
朝雛はそう気遣って中に入れないようにと思っていたのだが、阿久津は遠慮なく中に入ってしまった。
「あら、準備万端じゃない」
部屋の中は派手に誕生日会の飾り付けが為されていた。
机の上には豪華な料理が並び、中心だけぽっかりとスペースが空いているのはケーキを置く予定の場所だろうか。
一体どれだけ楽しみに待っていたのだろうか。
祝ってもらうことがあまりにも嬉しくて、祝ってもらう立場の人間なのに最大級のもてなしをしようと準備していた。
それなのに嘘だった。
誰も来ない。
この事実に気付くまでの朝雛の心情を思うと、阿久津は無意識のうちにきつく拳を握ってしまった。
「あ、あの、阿久津さん。こんな感じで今日は誰もいないから……」
「なら二人で誕生日会をやりましょう」
「ええええええええ!?」
「コンビニで買ったものだけど、小さいケーキが家にあったからそれを持って来たわ」
たとえ安物であってもケーキがあるのとないのとでは誕生日会らしさが全く違う。阿久津が二個入りのショートケーキをテーブル中央の空きスペースへと置くと、ぐっとそれらしくなった。
「冷めた料理は電子レンジで温めれば十分美味しく頂けるわ。でもその前にケーキを食べちゃいましょう。実は私、お昼食べて無くてお腹減ってるの」
もちろん嘘である。
朝雛に急いで席に着かせるための方便だ。
「ほら主役なんだから座って」
「わわ。阿久津さん!?」
まだ何が何だか分かっていない様子の朝雛は、強引に席に座らされた。
そして阿久津はその真横に腰を下ろした。
「!?」
部屋の中にスペースは沢山あるのに、正面ではなく敢えて一番近い席に座って来た阿久津の態度に朝雛は驚くが、阿久津はそんな朝雛の様子をスルーしてケーキを手前に持ってきて、テーブルに用意されていたフォークをお互いの目の前に配る。
「改めて、お誕生日おめでとう。朝雛君」
「え、あの、その、ありがとう、ございます」
「歌も歌いましょうか」
「ええ!?」
阿久津は一人で淡々と誕生日を祝う歌を歌い。最後に小さく拍手をする。
「おめでとう、朝雛君。蝋燭は無いけれど、ケーキを食べましょう」
「う、うん」
朝雛は雰囲気に流されてフォークを手に取り、ショートケーキを口に運ぶ。
安物の甘い味が口いっぱいに広がると、涙がこぼれてしまう。
「あ、あれ、あれ、どうして、嬉しいのに、なんで?」
嘘誕生日会で騙された悲しみと、阿久津が来て祝ってくれた喜びがごちゃ混ぜになり、しかもいきなりの展開だったことも重なって感情がコントロールできなくなってしまったのだろう。
そんな朝雛に向けて阿久津は優しく語り掛ける。
「ねぇ朝雛君。誕生日プレゼント、もらってくれる?」
「え?」
「誕生日プレゼントは私」
「え!?」
それは一体どういう意味なのか。
朝雛がそれを考える前に、甘い結論を導いてしまう前に、阿久津は答えを告げる。
「朝雛君の気持ちを受け止めてあげるから、私に吐き出して頂戴。そうしてスッキリして、いつもの元気な朝雛君に戻って欲しいな」
そう言って阿久津は優しく朝雛の肩を抱いた。
「(うほおおおお!朝雛きゅんの肩を抱いちゃった抱いちゃった!)」
なんてことはない。
阿久津が朝雛を慰めるチャンスをものにすべく、全力で行動しているだけの話だった。
「で、でも、阿久津さん」
「プレゼントなんだから貰って欲しいな。それとも私じゃ頼りないかな?」
「そんなことないです!阿久津さんは綺麗で、いつも凛としてて、信頼できる人だなって思ってます」
「(信頼して!私が君のママだよ!)」
朝雛の阿久津評に鼻血が出そうだったがぐっと堪える。
「…………」
「…………」
阿久津は朝雛が話してくれるのを、優しく抱きながら待った。
「(はぁはぁはぁはぁ、朝雛きゅんの香り、朝雛きゅんの体温、朝雛きゅんの息遣い)」
訂正、朝雛の全てを堪能しながら待った。
そんな阿久津の内心になど全く気付かない朝雛が心の内を曝け出す。
「僕、皆に騙されちゃったみたいです」
「…………」
「沢山失敗して、迷惑かけて、恨まれて」
「…………」
「頑張ってるのに、どうして失敗しちゃうんだろう」
「(そこが可愛いのよ!)」
台無しである。
「うう……ひっぐ……ひっぐ……」
「(朝雛きゅんの泣き顔きたああああ!)」
「僕……僕……どうすれば……」
「(私に全てを委ねれば良いのよ!)」
レアな泣き顔に鉄壁の表情が崩れそうだが、朝雛は阿久津の顔など見れる心情ではないため気付かない。
「朝雛君は優しいのね」
「え?」
「こんなことされたら、普通なら恨み言の一つも言いたくなるでしょ」
「ううん。全部僕が悪いから。僕がしっかりしてれば、仲良く出来たはずだから」
「それは違うわ」
「え?」
阿久津は朝雛の言葉をきっぱりと否定し、彼の両肩に手をおいて目を合わせる。
「(はああああ!朝雛きゅんの涙目顔が真正面にあるうううう!少し上目遣いになってるのがさいっこおおおおう!)」
必死で歯を食いしばるが、あまりの内面のテンションの高さに顔の紅潮は抑えきれない。
しかし幸運にも朝雛は気にしなかった。
「朝雛君は何も悪くない。どれだけ失敗しても、まっすぐに頑張り続けることが間違いのはずがない。そんな朝雛君に酷いことをする彼らの方が間違ってるの」
「そう……でしょうか……」
「絶対にそう。私が保証する。何なら私がママ……ごほん、じゃなくて朝雛君のパートナーになって支えてあげても良い」
「ええ!?」
「ううん。パートナーにならせて。頑張り屋で素敵な朝雛きゅ、君の努力を支えてあげたいって本気で思っているから。これまで何度か同じクラスになった時にも、実は同じこと思ってたの」
「ええええええええ!?」
一番大事なところで欲望がダダ洩れするところだった。危なすぎる。
もちろんそんな危うい気配に気付いていない朝雛は普通に陥落寸前だ。
何しろ失敗を咎められて酷い嘘を吐かれて凹んでいたところに、自分の在り方を全面的に認めて支援してくれるとまで言って貰えたのだから感激しない筈が無い。
「うううう……僕なんかのためにそこまで……」
「(ぐへへ。弱みにつけこんで朝雛きゅんのパートナー枠をゲットだぜ)」
そう表現するとまるで悪事を働いているかのようだが、朝雛の心が救われそうになっているのは事実なのでそうとも言えない。
「うわああああん。阿久津さんありがとう~~~~」
号泣する朝雛の顔を己の肩に押し付け、阿久津は彼の背中を優しく撫でてあげた。
「(はああああん!朝雛きゅんのママやってる!慰めてる!)」
誰も見ていないからか、我慢できなくなったのか、阿久津の顔はついにだらしなく歪んでしまった。
「(はぁ、はぁ、弱ってる朝雛きゅん可愛いいいいい!)」
果たして朝雛が彼女の真の姿に気付く日は来るのだろうか。
翌月曜日の朝。
「なんだ、やっぱり来ないのか」
「ざ~んねん。どんな顔してくるのか楽しみだったのに」
阿久津達のクラスは嘘誕生日会を仕掛けた男女が盛り上がっていた。
いずれもが醜悪な笑みを浮かべ、自分達が悪いことをしただなど全く思っていない様子だ。
「見るに堪えないわね」
「あっきゅんおっは~」
「だからその呼び方は止めてって言ってるでしょ」
「まぁまぁ、そんなことより首尾はどう?」
「そろそろ効果が出る頃合いじゃないかしら」
それは阿久津が仕掛けた、悪魔達への強大な罰。
大事な人を傷つけられたことにより激怒した、女神の鉄槌。
「肝心の彼は?」
「今日は休むように言ってあるわ」
たまには休むことも大事だと上手く言いくるめたが、それは今から起きることを見せないため、というだけの理由では無かった。
「(ぐへへへ、朝雛きゅんと授業の補習。二人っきりで補習)」
休んだ分の授業の内容を阿久津が朝雛に教えると約束し、二人っきりになる機会を作りたかったのである。この女、これまでは離れた所から鑑賞するだけだったのだが、ついに全力で朝雛を求め始めた。
「それよりまさかあなたもあそこまで動いてくれるだなんて。どういう風の吹き回しかしら」
「そりゃあ私だって親友の恋は応援したいもの」
「まだそんなんじゃないわ」
「ふぅん、まだ、ねぇ」
あくまでも阿久津は朝雛のパートナーであり、恋人関係ではない。
だがもちろんその先目指して関係を進めるつもりではあった。
「その話は後で掘り下げるとして、私もあいつらのやり方が気に入らないからね。流石に今回のはラインを大幅に超えちゃったなって」
「怖い怖い。あなたみたいな私情で罰を与えたがる人に権力をもたせちゃダメね」
「何言ってるのさ。権力なんて無くてもえげつないことするくせに」
「そうかしら。女性ならみんなこのくらいはするでしょ」
「世の中の女性に謝りなさい」
そこまで二人がお互いにえぐいえぐいと表現する罰とは何なのか。
その答えはすぐに判明する。
「ちょっと皆!」
猛ダッシュで教室に飛び込んで来た一人の女子。
「こ、ここ、これ、やばい、やばいよ!」
彼女は真っ青な顔で嘘誕生日会メンバーの元へと飛び込み、手にしたスマホを見せる。
「何これ!?」
「嘘だろ!?」
「いや!」
「ええええ!?」
彼らは一様に驚き、顔を青褪めさせる。
「じょ、冗談だよなこれ!?」
「ありえない!」
「どうしてあのLINEが流出して炎上してるの!?」
SNSに嘘誕生日会関連のLINEのスクリーンショット画像が投稿されていた。
しかも流出したのはそれだけではない。
被害者が些細な理由で騙された話はもちろんのこと、もっと最悪な情報が流出していた。
「俺の名前まで出てるじゃねーか!」
「まずいって、学校までもう特定されちゃってる!」
LINEの投稿者が誰なのかが名前付きで投稿されて大炎上していたのだ。
「誰だ!誰がやりやがった!」
「お前か!それともお前か!ふざけんな!」
当然、すぐに犯人探しが行われた。
だが彼らは愚かにもスクリーンショットを多くの人にバラ撒いていたため、特定は困難である。
「ば~か」
そんな彼らに向けて誰かが小さく侮蔑の言葉を漏らした。
「お前かああああ!」
まるで犯人であるかを自供するかのような発言に、噓誕生日会メンバーが物凄い形相で食いついてきた。
その人物は阿久津の前の席の女生徒だった。
「何を勝手に勘違いしてるのさ。これは私じゃないよ」
「嘘だ!」
「無理矢理信じて現実逃避したい気持ちは分からないでもないけど、誓って私じゃない。何ならスマホとか家のパソコンを調べてもらっても構わない。ただ単にバカだなと思ったからバカって言っただけ」
そこまで断言されると嘘だとは言い辛い。しかしその代わりにバカだと侮辱されたことについて憤る。彼らは不安と怒りを誰かにぶつけないとどうにかなってしまいそうなのだ。
「あの程度のことでこんなことされるとは思わないだろ!」
「そうよ!あんないたずらで人生壊されちゃたまったもんじゃないわ!」
「あのくらい誰だってやるだろ!」
彼らはやはり、自分達が酷いことをしたとは全く思っていない様子だ。
心の底から誕生日会を楽しみ、彼らを信じて待っていた純粋無垢な少年の気持ちを裏切り心に深い傷を負わせたことを理解できていない。
「…………」
朝雛の涙を知る阿久津は怒りで暴走しそうだったが、彼らがもう終わっていることを知っているため必死に耐えた。
「確かに炎上しているコメントの中には、あんた達に同情的なものもあったね」
「そりゃそうだ!」
「炎上するのがおかしいんだ!」
「勝手にSNSに流したやつが叩かれるべきでしょ!」
確かに個人情報を勝手に投稿したことがやりすぎだと咎められている。
投稿されたことを憐れむコメントも存在する。
「でもほとんどがあんた達を否定するコメントばかりなんだけど」
「…………」
「…………」
「…………」
世の中の正義面した人間たちが、ここぞとばかりに彼らを叩いていた。
やりすぎだ。
可哀想だ。
酷すぎる。
本人達が些細なことと思っていても、世の中の大半はそうは思ってくれない。
実際にそうなのかどうかはさておき、SNSでの炎上はそう思わせて来る。
お前達は重い罪を犯したのだと、そしてその罪から逃げるなと、責めて来る。
そういった現実を突きつけられてしまっては、彼らはこれからのことを恐怖に震え黙るしかない。
「だ、大丈夫だって。俺ら未成年だし、この程度のことで学校が何かしてくることなんてないさ」
「そ、そうそう。注意されるか、最悪でも数日謹慎になる程度だろ」
「もっと酷いことして処罰されないなんて話も聞くもんね」
彼らが選択したのは楽観的な未来を想像して逃げること。
だが実際問題、確かに学校側がまともに対処しない可能性は高い。誰からも大問題だと感じる傷害事件ですら隠蔽したがる学校が多い中、嘘誕生日会の炎上程度で動くとは到底思えない。
彼らにとって不幸だったのは、普通ならば動かない教師陣を動かせる人物がこの場にいるということ。
彼らを馬鹿にした彼女は『これは私じゃないよ』と答えた。
まるで彼女は他の事をやったかのように。
「おい、お前ら!急いで生徒指導室に来い!」
彼らの担任教師が慌てて飛び込んで来て、噓誕生日会メンバー全員を連れて行こうとした。
「や、やだなぁ先生。どうしたんですかいきなり」
「私達何かしました?」
「朝から冗談きついっすよ~」
軽口をたたいて誤魔化そうとする彼らとは対照的に、担任の表情はあまりにも重い。
まるで誰かが人殺しでもしたかのような程に、鬼気迫る感じだった。
「いいから来い!」
その様子に嘘誕生日会メンバーは黙ってしまい、恐る恐る教室を出ていった。
彼らの背中に向けて聞こえないような声で少女は呟いた。
「私を溺愛するパパ、教育委員会の偉い人なんだよね」
本来では動かないはずの教師が動かざるを得ない。
SNSでの炎上と上からの圧力。
彼らが軽い処分で済む未来は全く見えなかった。
担任と噓誕生日会メンバーが教室から去ってから、少女は座りまた阿久津に話しかけた。
「一体どうやったのさ」
「秘密」
「教えてよ~それに多分犯人捜しが行われるけど、証拠残っちゃってない?」
「そんなヘマはしないわ」
「でも潰すとか書いちゃったじゃん。怪しまれるよ」
「その後にあなたに『お父様の力を借りられないかしら』って返事したでしょ。だから私の潰すはそっちのことであっちのことではないの」
「あ~それでわざわざ私に頼んで来たのか~」
「本当にやってくれるとは思わなかったけどね」
阿久津としてはただのアリバイ作りをしたかっただけなのだが、予想外に彼女が動いてくれたおかげでより大きなダメージを与えることができたのだった。
「怖い怖い。恋する乙女って怖いねぇ」
「だからまだそうじゃないって言ってるでしょ」
「ならもっと怖くなるかもしれないのか」
「さあ、どうかしら」
たとえそうだとしても彼女はその姿を朝雛に見せることは決してないだろう。
「(朝雛きゅううん、早く会いたいよ~いつもの笑顔をママに見せて~)」
敵対する者には容赦しない阿久津は、邪悪な内面を徹底的に隠しながら女神のような微笑みを浮かべるのであった。
「(ぐへへへ、朝雛きゅん朝雛きゅん朝雛きゅん朝雛きゅううううん!)」
そんな阿久津から朝雛は逃れることはできないだろう。
「(私はもう朝雛きゅんのものだから、たっぷり甘えてね!)」
何故ならば阿久津は自分自身を朝雛にプレゼントしてしまったのだから。
それが誕生日だけの話だなど、彼女は一度も口にしてはいなかった。
最初は星飛〇馬のように誰も来ないことを知って暴れさせる予定だったのに、何故か変態ヒロインとのおねショタ風味になってしまいました。解せぬ。