表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/23

第4話|脱出未遂、そしてバレてた

(── 逃げなきゃ)



ふかふかの寝台、

美味しい食事、

整った部屋、

やたら丁寧な世話係たち。


あの副官以外は、

誰もがわたくしを「客人」として扱ってくれる。


けれど。



(…… このままじゃ、本当に戻れなくなる)



今日こそ、行く。


何日もかけて見つけた、

たったひとつの“隙”をついて。



(裏通路。食事当番が入れ替わるタイミング)



わたくしは廊下に出た。

足音を殺し、壁伝いに進む。

冷たい石畳の廊下。壁には金縁の絵画。

でも、いまはそんなの見てる場合じゃない。



(魔王様は不在。いまだって、カリーネさんの気配もしない)



問題は ──



「…… やれやれ、また君が何かやらかしたと聞いて来てみれば」

「っ!」



(うそ、もう!?)



振り返った先、そこにいたのは ──



「グリム宰相 ……っ!?」



例の、白髪眼鏡の変人が、にこにこと微笑んでいた。



「おや、ちゃんと名前を覚えていてくれたとは。

感激だな、姫君」

「いえ、別に覚えていたわけでは ……!」


「それはそれで、残念だな」

「…… っていうか、なんで、ここに!?」


「さっきも言っただろう? 

“またやらかした”と聞いて、ね」

「う ……」



(誰が……チクったの?)



グリム宰相は軽く杖を鳴らしながら、

わたくしの目の前までやってきた。



「魔王陛下より、“君の補佐”を命じられている。

今後しばらくは、私が君の身の回りを ──

ああ、そうそう」


「えっ?」

「君の“魔力の反応”、昨日よりも安定している。

これは興味深い」

「ま、ままりょく!? 

なにそれ、聞いてません!」


「ふむ、記憶封印型はこれだから」

「封印って、ちょ、ちょっと待って!」

「大丈夫。

慌てなくても、そのうち慣れる」


「そういう問題じゃありません!」

「じゃあ落ち着こう。…… ここは、外に通じる通路ではない」


「い、いえ、あの、お散歩を ……!」

「“脱出”するつもりだったのだろう?」

「……っ!」

「まあ、バレてたよね」



(な、なんで!)




* * *




「この塔は外に開かれておりません。

正規の許可なく外に出ることは不可能です」

「…… そう、なんですか ……」

「魔王陛下の命ですから。“無断で外へ出る行為”は、基本的に禁止されております」


「…… それ、最初に説明してほしかったんですけど!?」

「おや、言われなければ無断で外へ出るタイプですか?」

「ち、ちが ……!」


「まあ、結果的にバレているので、どちらでも構いませんよ」

「っ……!」



グリム宰相は、にこにこしながらまったく動じない。



「それに、仮に外に出られたとしても ──

瘴気に耐えられません」

「…… 瘴気、って?」


「我が国の空気は、少々重いのです。

魔素の関係なんでしょうね。」


「魔素?」

「はい。

少しばかり魔素の濃度が高いため、慣れない場合は ……

少し呼吸が苦しくなるかもしれませんね」



(こ、怖い……)



「もっとも、数週間もすれば順応します。

……“生きていれば”の話ですが」

「そ、それって脅しですか!?」

「いえいえ、事実ですとも」


「…… じゃあ、わたくし、帰ることもできないってことですか?」

「おや? 

帰るつもりだったのですか?」


「当然でしょう! 

わたくし、攫われてきたんですよ!?」

「ふむ、しかし。“思い出すまで帰れない”という話、もう聞いてませんか?」


「…… それは、魔王様が言ってましたけど ……!」

「なら、答えは出ていますね」


「…… っ、ほんとこの人、言い方が ……!」

「遠慮のない評価、光栄です」



(褒めてません!)



「では、部屋へ戻りましょうか」

「命令ですか?」

「とんでもない。客人に命令など。あくまで“お願い”です」


「…… 性格、悪いですよね?」

「よく言われます」

「自覚あるんですね ……!」



グリムは、肩をすくめてくすりと笑った。



「では、ひとつだけ、教えておきましょう」

「……?」

「“魔王様”の夢は、何度見ましたか?」

「えっ ……」


「そろそろ、見ている頃かと思いまして」

「…… 見てません」

「そうですか。では、そのうち」

「……!」



夢? なにそれ、どういう意味? でも、今は聞き返す暇もない。



「お部屋へどうぞ、姫君。

…… 宰相として、ご案内しましょう」



 

──そして、部屋に戻った瞬間。




「遅かったな」

「きゃっ!?」


 

そこには、当然のように、魔王様がいた──。




◇◇◇




(えっ、ちょ、なに!? いつから!?)



ソファに腰かけていたのは、当然のように、魔王様だった。



「…… どうして、ここに?」

「お前が戻ると思ったから」

「じゃあ、別に ……

待ってたわけじゃ──」

「待っていた」

「即答!?」



(なんなのこの人、さらっと爆弾落としてくるのやめてくださいません!?)



魔王様は静かに立ち上がり、すっとわたくしの前へ。



「…… 顔色が悪いな」

「えっ …… そ、そうですか?」

「夢でも見たか?」

「は、はぁ?」


「“昔の夢”だ」

「…… そんなもの、見てませんっ!」

「そうか。“まだ”か」

「“まだ”って ……!」



魔王様の目が、まっすぐにわたくしを射抜く。



「そのうち、嫌でも見ることになる」

「やめてください、その“意味深な言い方”……!」

「思い出せば、わかる」

「だから、その“思い出す”ってなにを──」


 

その瞬間、魔王様の手がふわりと伸び、わたくしの頬に触れた。



「っ ……!」



(また、この距離 ……!)



「…… やはり、肌が冷たいな」

「そ、それ、今関係あります!?」

「ある。“お前がここにいる理由”と、な」

「な、なんですの …… それ ……」



魔王様は、少しだけ目を伏せて、ふっと笑った。



「気長に待つ。焦ることはない。

“今は”それでいい」

「……“今は”って ……」

「俺は、覚えている。

だから、お前はゆっくりで構わない」



(その“覚えてる”って、また……)



言い返そうとしたけど、なにも言えなかった。


魔王様の声が、優しすぎて、ずるくて。



わたくしは、ただ視線をそらして──




「……先に、休ませてもらいます」




そう言って、寝台に向かった。



(この人、ほんと……なんなの……)



胸の奥が、ざわざわと騒がしい。

それなのに、足は妙にふらついて。



(……もう、知らない)




──その夜。わたくしは、夢を見た。




誰かが、わたくしの名を呼んでいた。


優しくて、懐かしくて、でも思い出せない声だった。



(……誰……?)



闇の中で、伸ばした手は、空を切った。




けれど、その声だけは、確かに残っていて──




 

わたくしは、目を閉じたまま、そっとその名前を探そうとした。






◆あとがき◆

ご覧いただき、ありがとうございました。


逃げようとして、気づけば迷い込んでいたのは、

甘さと記憶の狭間──


ずるくて優しい魔王様の言葉が、

心の奥の“何か”を、ゆっくりと揺らしていきます。


……次回、アリシアが“それ”に触れかけたとき、

物語はさらに静かに、でも確かに、動き始めます。


第5話「え、この人……昔の……!?」

どうぞ、ゆっくりと、心の準備を整えてお待ちください。。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ