第2話|副官のマウントが止まらない
「……起きていらっしゃるのですか、“姫君”。」
冷えた声が、寝台の脇から降ってきた。
「え、あ……はい……」
わたくしは慌てて起き上がる。
……って、まだ夜明け前じゃありませんか!?
(昨日、ようやく“命は取られない”ってわかったところなのに……)
朝の静寂の中、すっと背筋を伸ばして立っているのは──
昨日の“あの”銀髪副官、カリーネ=ヴァルトライン。
いや、存在感がすごすぎて、寝起きにしては刺激が強すぎます……!
「では、着替えてください。今すぐ。」
「えっ、あの、いまですか!?」
「聞こえませんでしたか? “今すぐ”です」
(いや、そんな圧を込められましても!?)
「……まさかとは思いますが、
”姫君”がご存じの宮廷では、寝間着のままで朝食を?」
「い、いえっ! そんなことはっ!」
「でしたら、“さっさと”どうぞ」
(でた、マウント……! 朝から全開!)
しぶしぶカーテンの奥に引っ込むと、そこには──
(なに、このドレス……)
やたらと手触りのいい布地。
深紅に黒金の刺繍。
どう見ても王宮以上の高級品が、ずらり。
(っていうか、わたくしのサイズぴったり……?)
……まさか、昨晩のうちに準備済み!?
「急いでください、姫君。
こちらでは“朝食に遅れる”ことは、“戦線離脱”とみなされかねませんので」
「戦線って、戦争じゃないですよね!?」
「“我が国”において、“朝食”とは即ち“生存確認”。
おわかりですか?」
(わかるかあああっ!)
服と格闘していると、いつの間にか数人のメイドたちが現れ、
わたくしの髪を整え、謎の香油をふりかけてくる。
(なにこれ……いい匂いだけど……すっごく異国……!)
「似合っていますわ。
まあ、“意外と”ですけれど」
「……ありがとうございます?」
「いえいえ、“意外と”ですから」
(だからその“意外と”ってつけなくてよくないですか!?)
◇◇◇
「……着きました。こちらが、食堂です」
わたくしは、案内された扉の前で足を止めた。
(え、でっか……)
まるで舞踏会の会場。
天井が高すぎて、上を見上げると首が痛くなる。
壁には巨大な絵画。
──火を噴くドラゴンが、勇者と戦ってる最中。
(これ……食堂じゃなくて戦場じゃない?)
中にはすでに料理が並んでいた。
黒い皿に、美しい盛り付け。
香りが……すごくいい。
(朝からこんな豪華な料理!?)
「ずいぶんと、いろいろなメニューが並んでいるんですね」
「当然です。
魔王陛下の食卓に並ぶものは、
すべて我が国屈指の職人による“最高級”の品ですから」
(ドヤ顔……!? え、なにこの自負……)
「さあ、お召し上がりなさい。
……毒見は、すませてありますので」
「ど、毒見!?」
思わず椅子から跳ねそうになった。
「冗談ですわ」
「笑えない冗談禁止です!」
カリーネはにこりともせず、ナプキンを広げた。
「ちなみに、そちらの赤いソースは“火龍の血”と呼ばれていますが、実際はトマトと香草のソースです」
「名前のインパクト強すぎです!」
「……そういう文化なんです」
(その文化、心臓に悪いからほんとやめて)
でも──料理は、びっくりするほど美味しかった。
パイはふわふわで香ばしく、海老はぷりぷりで甘みが強い。
見たことのない野菜も、すごく瑞々しい。
(なんか悔しいけど、美味しい……っ!)
「その果実酒も、お気に召すかと。”姫君”向けに、度数を調整してあります」
「気が利きますね。……意外と」
「“意外”とは、失礼な」
「だって、副官さん、最初からずっと怖かったですし……」
「当然です。貴女が“敵”でない保証は、まだどこにもありませんから」
「わたくし、“攫われてきた側”なんですが……?」
「魔王様は、必要があって“お連れになった”。それだけのことです」
(必要って、どういう……?)
わたくしが詰まっていると、カリーネは視線を落とした。
「いずれにせよ、“無害”でいる限り、わたくしは敵意を向けることはありません」
(……お? ちょっとだけ、打ち解けた?)
──そう思ったのも束の間。
「ただし、魔王様に“不必要な接近”をした場合は──」
ぎらりと、緑の瞳が光る。
「即刻、排除対象です」
(やっぱり怖いぃぃぃーーーー!!)
◇◇◇
食後、再びカリーネに連れられて、わたくしは城の中を歩いていた。
「……あの、応接室も広かったですけど、この廊下、ちょっと……」
「魔王城ですので」
「……納得、です……」
廊下には深紅の絨毯。
天井からは魔石のシャンデリアがきらめき、
壁には歴代の魔王の肖像画がずらり。
(うん、完全に異世界だわ、ここ)
「こちらが、貴女の仮滞在室です」
カリーネが開けた扉の先には──
「ひ、広っ! ベッドでかっ!」
ふかふかの天蓋付きベッドに、
執務机、読書棚、暖炉、
そしてバルコニーまである豪華仕様。
(え、なにここ。王宮より豪華なんですが……!)
(それよりも、窓からの景色……高い。まさか、わたくし、塔の上とかじゃないですよね?)
「仮とはいえ、“客人”ですので」
「え、じゃあこれ、わたくしのために……?」
「一晩で整えました。……部屋づくり担当が、少々張り切りまして」
(いや、これ“少々”ってレベルじゃ……)
「では、これから“世話役”を一人付けます」
「優しい人がいいです……できれば、人畜無害な感じの……」
「どうでしょうね」
「え?」
「変人ですが、有能ですので」
(ちょ、やだ、そのフラグ!)
その瞬間──すぅ、と扉が開いた。
「失礼するよ、姫君。いや、“客人殿”かな?」
現れたのは、白髪、銀縁眼鏡、黒ローブに魔導書を抱えた──
(あ、絶対この人……クセ強い!!)
「君が“例の姫君”か。
ふむ、なるほど、瞳の色は母方譲り。
額の生え際には魔力の兆し……記憶封印型か。
実に興味深い」
「ちょ、待って! 誰!?」
「失礼。
私の名はグリム=カーヴィス。
魔王陛下の宰相を務めている」
「宰相って、そんな変人そうな人が!?」
「よく言われる。
だが、安心したまえ。
私は誰よりも陛下に忠実だし、たいていのことには目をつぶれる」
「目をつぶる前提!?」
「それが“宰相”の仕事だからね」
(やっぱりこの人、やばい)
隣でカリーネが、微妙にこめかみを押さえながら言った。
「……何かあったら、すぐに呼びなさい。わたくしが来ます」
「は、はい……!」
(でも最初からそうしてほしかった……!)
◇◇◇
その夜。
わたくしは天蓋付きベッドの上で、
ふかふかの枕に顔をうずめながら、
深いため息をついた。
(なにこのお城……)
毒舌副官。
変人宰相。
そして──
あの、魔王様の意味深な微笑み。
(まともな生活が送れる気が、しない……)
それでも。
攫われてしまった以上、ここで生きていくしかないのだ。
黒衣の魔王の城で。
◆あとがき◆
お読みいただき、ありがとうございます!
魔王様に攫われたはずが──
朝から副官に叩き起こされ、食卓では「火龍の血」ソース(中身はトマト)に肝を冷やし、挙句の果てには“クセが強すぎる宰相”まで登場するという、情報過多な朝でした。
カリーネ副官のマウント芸(※誉め言葉)にひるみ、
グリム宰相の“情報爆弾”にビクつきながらも、
なんだかんだで姫様、ちゃんとやってますよね。
次回、第3話のタイトルは──
「え、距離感バグってません?」
いよいよ、あの魔王様が……距離を詰めてきます。
(え、ちょっと待って。心の準備が……!?)
次回もどうぞ、よろしくお願いいたします!