表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
拐われたお姫様ですが、勇者ではなく魔王様を好きになりました  作者: Aldith
第3章|封じられた記憶と、魔王の横顔
15/36

第5話|副官、再び登場

「……っは」



まるで水面から飛び出すように、息を吸いこんで目が覚めた。

胸の奥が、まだじんわりと痛い。

夢の余韻が、くっきりと残っている。



(また、あの夢……)



誰かがわたくしの手を取ってくれた。

銀の髪。優しい声。小さな手のひらの温かさ。


なのに──

顔が、思い出せない。



「……どうして、こんな夢ばかり……」



寝台からそっと降りて、カーテンを開ける。

目の前に広がっていたのは、相変わらずの“ヴァルドの空”。


瘴気が渦を巻いているのが見える。

空気は澄んでいるのに、空は決して青くならない。

漆黒の山脈が、雲の切れ間から鋭くのぞいている。



(昨日までなら、これを見ただけで震えてたのに)



わたくしは、ゆっくりと胸に手をあてた。

ほんの少しだけ、慣れてきている自分がいる。

怖いはずなのに、昨日よりも心が落ち着いている。



「……でも、思い出せないのは変わらないまま、ね」



まるで、何かが欠けているような。

意図的に“封じられている”ような──


そんな感覚。

子どものころの記憶の一部が、ぽっかりと抜けている。



「お目覚めですか、姫君」



突然、背後から声がして──



「ひゃっ……!?」



思わず、飛び上がった。

そこにいたのは、赤い軍服に身を包んだ、あの人。



「……カリーネ副官」



昨日、魔王様の隣に控えていた“副官”。

冷たい目と、ふふんと笑う口元が印象的すぎる、変わった女性。



「昨日は、どうもご無礼を。改めて、陛下直属の副官──カリーネ・グライゼンでございます」



ぺこりとお辞儀をした彼女は、一見丁寧な態度。

けれどその瞳の奥には、鋭い観察の光が宿っていて……


やっぱり、ちょっと怖い。



「……お迎えにあがりました」

「え、迎えって……?」

「本日、陛下との昼食が予定されております。姫君のご準備を、と」

「なっ……!」



胸が跳ねる。



(ま、また魔王様と……食事を!?)



「で、ですが、わたくしまだ準備が──」

「お時間、差し迫っておりますゆえ。着替えはこちらにご用意しました」



そう言って差し出されたのは──



「……これ、ドレス?」

「はい。陛下のお好みの色で選ばせていただきました」



(なんで、知ってるの!?)



しかも──妙に、肌の露出が多い。

肩が出てるし、胸元のカットも深い。

ウエストもきゅっと絞られてて、ドキドキするようなシルエット。



「えっ、これを着ろと!?」

「お気に召しませんか? 姫君の魅力が、たいへん引き立つかと」



にこりと笑うその顔は、まるで──



(マウント、取りにきてますわね……!)




◇◇◇




「……なんで、こんな立派な食堂で……」



わたくしが案内されたのは、とんでもなく豪華な部屋だった。

天井が高く、壁は黒曜石に金の彫刻。

シャンデリアもきらきらしていて、どう見ても王宮以上の重厚感。

そして、中央にあるのは──



(な、長い……っ!)



まるで戦略会議用みたいな、果てしなく長いテーブル。

それでも、中央にはぴったり向かい合う形で、二人分の食器だけが並べられている。



「姫君、どうぞおかけくださいませ」

「あ、はい……」



椅子に腰を下ろすと、すぐに料理の香りがふわりと鼻をくすぐった。



「……この匂い、どこかで……?」



ふと懐かしさを覚えた、そのときだった。



「待たせたな」



重厚な扉が開き、現れたのは──



「っ……!」



黒衣の魔王、レオナルト=アルセイン。

完璧な礼装と、風に揺れる前髪、絶妙なタイミングの登場。



(な、なにこの演出……毎回すごすぎません!?)



もう慣れたはずなのに、思わず心臓が跳ね上がった。



「お早いですね、陛下」

「たまたまだ」



さらりと返して、わたくしの向かいに座る魔王様。

その仕草ひとつで、空間が静かに引き締まる。



「……この料理は?」

「エルヴァンシアの王宮風に寄せておいた。少しでも落ち着けるかと」

「っ……ありがとうございます」



そんなに気遣われて、どうすればいいのかわからなくなる。



(こんな人が、なんでわたくしを攫ったの……?)



もやもやとした疑問が、また胸の奥に浮かび上がってくる。



「ふぅん。味は、どうです?」

「……っ!?」



そのとき、不意に真横から聞こえた声に、フォークを取り落としそうになった。



「……カリーネ副官」

「お気に召しましたか? それとも、味付けが“貴族向け”すぎましたか?」

「いえ、そんなことは……!」

「それはようございました。──で、姫君?」


「はい……?」

「まさか、ナイフとフォークの使い方もご存じない、などとはおっしゃいませんよね?」

「っ、使えます! 王女ですから!」

「まぁ。それは頼もしい」



ふふ、と笑う副官の顔が、なぜかやたらと“勝ち誇って”見えるのは気のせいかしら。



「カリーネ」



そこで、魔王様が静かに口を開いた。



「余計な挑発は控えろ。客人だ」

「……はい。心得ております」



そう言いながらも、カリーネの瞳は、少しも和らいでいなかった。




◇◇◇




「──で、結局」



食事が一段落し、わたくしがお茶に口をつけたそのとき、カリーネ副官がさりげなく話を切り出した。



「陛下は、この姫君を“どうなさる”おつもりで?」

「それは、君が問うべきことではない」



魔王様は、静かに、でも決して揺らがない声で応じる。

けれど、カリーネは一歩も引かず、むしろ目を細めて問い詰めるように口を開いた。



「私は陛下の剣です。判断のための材料は、できるだけ多く欲しいだけですわ」

「アリシアは……“客人”だ。今は、それ以上でも、それ以下でもない」

「……ふぅん?」



(い、いまは……ってどういう意味!?)



その一言が、胸に妙なざわつきを残していく。

わたくしはそっと視線を落とし、グラスの水面に映る自分の顔を見つめる。



(……少しだけ、強張ってる)



「……わたくしは、ただの囚われの姫なのですよね?」

「そう思っているのか?」

「……ちがうんですか?」


「君は“ここにいるべき存在”だ。少なくとも、俺にとっては」

「……っ!」



目が合った。

真っ直ぐに、逃げ場もなく、でもどこか優しくて。



(ま、魔王様……そろそろイケメンの規格違反で訴えますわよ!?)



そう心の中で叫んだはずなのに、顔が熱くなっていくのはどうして?



「姫君」



ふいに、今度はカリーネの声が静かに響いた。



「貴女が、何を思い、何を忘れているのか──

それは、陛下とてご存じない部分もあるでしょう」

「……忘れている、こと……」


「ですが、“知っている者”はいるはずです。記憶の中に」

「記憶……」



その言葉に、夢の中の“銀髪の少年”がふっと浮かぶ。

小さな手、あたたかい笑顔。


──でも、その顔は、思い出せない。



(あれは……誰……?)



「“問い”は、いずれ“答え”を呼びます。焦らず、ゆっくりと進めばよろしいのです」



カリーネの声が、さっきより少しだけ優しかった。



「だから、少しずつでいい」



魔王様が、そう重ねて言った。



「この場所に、慣れていけ」



その声に、わたくしは思わず頷いていた。



「……はい。頑張って、みます」



そのとき、魔王様の瞳が、ふっと緩んだように見えた。



(──ああ、やっぱり)



この人の声は、どこかで聞いたことがある。

懐かしくて、優しくて。

きっと、わたくしは──



「わたくし、ほんとうは……あなたのことを──」



でも、その言葉の続きを告げるには、まだ心の奥が、ざわついていた。

夢と現のあいだ。思い出せない記憶。

けれど。



(少しずつ、思い出せばいい──のよね?)



魔王様と、カリーネ副官と。

少しずつ変わっていくヴァルドの日々が、確かにわたくしの中に根づき始めていた。




◆あとがき◆

魔王様との食事会──のはずが、なぜわたくし、

あんなに攻めドレス着せられて、カリーネ副官に煽られてるんですの!?


でも、あの人の言葉が、また心に残ってしまって……


「君は“ここにいるべき存在”だ」って。


いったい、わたくしは何を忘れていて、

魔王様は──何を覚えていて、わたくしに言わないの?



第3章、これにて完結です。

次回より、第4章が始まります。


ますます深まる記憶と、ついに触れ始める“あの真実”。

引き続き、お楽しみに!



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ