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拐われたお姫様ですが、勇者ではなく魔王様を好きになりました  作者: Aldith
第3章|封じられた記憶と、魔王の横顔
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第4話|答えてくれない理由

魔王様に連れられて、わたくしが案内されたのは──



「……庭園、ですか?」

「ヴァルドにも、こういう趣味の者はいる」



目の前に広がっていたのは、黒薔薇が咲き乱れる、不思議な庭園だった。

空は相変わらず、ヴァルド特有の瘴気がかった曇天。

でもその薄明かりの中、漆黒の花びらが、まるで浮かび上がるように見える。



「……似合ってますわね」

「それは、褒め言葉として受け取っておく」



立ち姿さえ絵になる魔王様に、つい口から出てしまった言葉だったけれど──



(やっぱり、この人……怖い)



圧倒的な存在感。ひとこと話すだけで、空気が変わるような緊張感。

でも。



(それと同じくらい、目が離せないのは……なぜ、かしら)



「話したいことがある。少し、座ろうか」

「……はい」



促されて、石造りのテーブルに腰を下ろす。

魔王様も、わたくしの正面に座る。

距離は、思ったよりも近くて──どきりとした。



「アリシア。……君は、どうして自分がここにいると思う?」

「え……?」



思いがけない問いに、返す言葉がすぐに出なかった。



「君は、舞踏会の場で攫われた。そして、今ここにいる」

「……はい」

「だが、それは“偶然”だったと思うか?」

「……違うのですか?」



魔王様は、ゆっくりと首を振った。



「偶然でここまで来る者などいない。君がここにいるのは、必然だった」

「……それって、どういう──」

「だが、今はまだ、すべてを語る時ではない」



また、それ。

わたくしが聞こうとするたびに、“今はまだ”と遮られる。



(わたくしに関係することなのに、どうして教えてくれないの……?)



「あなたは、わたくしに何かを隠してますわよね?」



そう切り出すと、魔王様は静かに目を細めた。



「……隠しているのではない。“守っている”のだ」

「それって──!」



言い返そうとした、その瞬間。



「姫君、よろしいですか?」



割り込むような声に、びくりと肩が跳ねた。

振り向けば──案の定、例の変人。



「グリム=カーヴィス……!」



宰相と呼ばれる、あの皮肉屋が、またぬるりと現れた。



「よろしければ、少しばかりお付き合いを」

「い、今はお話の途中でして──!」

「必要な話です。主からも、お許しはいただいております」



ちら、と魔王様を見ると、静かにうなずいていた。



「……えっ?」



戸惑うわたくしをよそに、グリムはさっさと背を向ける。



「行こうか、姫君。少しばかり、“昔話”をしにね」




◇◇◇




宰相グリムに連れてこられたのは──



「……ここは、書庫?」

「正確には、魔王直属の機密保管区。あまり他言無用でお願いしますよ」



部屋一面、本、本、本。見上げても終わりが見えないほどの本棚が、ぎっしりと並んでいる。



(えっ、えっ、なにこの圧……! 宮廷図書館とは、規模も空気もぜんぜん違いますわよ!?)



「お気に召しましたかな?」



背後からぬるりと囁く宰相の声に、思わずビクッと肩が跳ねた。



「ここには、“あなたの記憶”に関する資料も、いくつか収められております」

「……わたくしの記憶、ですの?」

「ふむ、まだ表層に浮かんでこないようですな。やはり、封印はかなり強固」


「ちょ、ちょっと待ってくださいまし。封印って……何の話ですの?」

「おやおや、まだでしたか。それは失礼。

──では、少しだけ、お手伝いしましょうかね」



またそれ。

さっきから、“いずれ”“今はまだ”ばっかりじゃありませんの!?



「アリシア姫。あなたが十歳の頃、記憶にない事件はございませんか?」

「十歳……?」



(あの頃……わたくし、何か……)



胸の奥で、なにかがピクリと動いた気がした。



「そのとき関わった人物の記憶が、夢となって現れてもおかしくはない」

「夢……」



銀髪の少年。優しい手。

名前も、顔も、曖昧なのに、どうしてあんなにも懐かしいのかしら。



「……見ました。夢で。わたくしを助けてくれた男の子がいました」

「ふむ、やはり」



グリムは満足そうにうなずく。



「ですが、これ以上は語れません。まだ“早い”ので」

「また、それですの!?」



思わず語気が強くなった。



「どうしてみんな、わたくしにだけ秘密にするんですの!?」

「知るということは、代償を伴います。姫君。

……その覚悟が、あなたにありますか?」

「……」



(わたくしに、覚悟……)



そんなの、まだ……こわいに決まってるじゃありませんの。

その時、棚の奥にある、ひときわ古びた装丁の本が目に入った。

革のような表紙に、知らない紋章が刻まれている。



「……これは?」

「ふむ。そちらは、“封印”に関する記録書ですな。関係があるかもしれませんな」



パラパラとページをめくった、そのとき──



(あ……)



ふと、目にした一枚の挿絵に、胸が強く脈打った。

黒い霧の中、手を伸ばす銀髪の少年。



(夢と、同じ……)




◇◇◇




(……わたくし、知りたい。でも、こわい……)



廊下を歩きながら、胸の奥がざわざわと落ち着かない。

何かが、今にも溢れそうで。

でも──それが何かは、まだ、わからない。


ふと、足が止まった。

そして、書庫を出たところで──見つけてしまった。



「……魔王様」



魔王様が、壁に寄りかかって待っていた。

黒の外套が、揺れる灯りにゆらりと溶け込んでいて。



「様子は?」

「……“まだ早い”って、また言われましたわ」



わたくしがむっとして言うと、魔王様は小さく笑った。



「グリムらしい」

「でも……わたくし、本当に知りたいんですの」



足が、勝手に一歩、踏み出していた。



(こわい。でも、知らずにはいられない──)



どうしてこんなに胸が苦しいのか、自分でもわからない。



「夢に……銀髪の少年が出てきました。わたくしを助けてくれたんです」



魔王様の目が、静かに細められる。



「その夢は、“ただの夢”じゃない」

「……やっぱり、そうですのね」

「だが、それ以上は──」

「“今は話せない”、ですか?」



わたくしの声が、少し震えた。



「……どうして。どうして、わたくしだけ、何も知らないんですの?」



この人に言っても仕方がない。そう分かっているのに、わたくしは止めることができない。



「……あの夢と、十歳の記憶。そして、この胸のざわつき。

すべてが、どこかで繋がっている気がして──」



魔王様は静かに歩み寄り、わたくしの目をまっすぐ見つめてきた。



「今、君にそれを話してしまえば──“決断の自由”すら奪ってしまうかもしれない」

「……」

「君が、何者で、何を願うのか。その答えは、他人から教えられるものじゃない。

君自身が、選んで、掴むものだ」



心臓が、きゅうっとなる。



「……それでも、知りたいって思った時には?」

「その時は──すべてを話そう」



魔王様の手が、わたくしの頭にそっと触れた。

……ゆっくりと、髪を梳くように撫でる。

その手は、大きくて、あたたかくて。

でも、どこか、すごく懐かしい。



(……わたくし、昔、誰かに……)



なぜだろう。涙が、出そうになった。



「……ずるいですわ」

「そうか?」

「ずるいです。そうやって、やさしくするの、ずるすぎますわ……!」



顔をそむけるのが精一杯だった。

でも、なぜだろう。

ほんの少しだけ、その手が離れてしまうのが──惜しく感じた。





◆あとがき◆

はぐらかされるたび、気持ちが焦っていく。

だけど、カリーネ副官にも、宰相グリムにも──みんな、何かを知ってる気配。


夢と現実が繋がりかけてるのに、

「いずれ」「まだ早い」の嵐!


でも、書庫の中で見つけた“あの挿絵”。

あの瞬間、胸がずきんと痛んで……わたくし、本当に、忘れているんですのね?



次回、「副官、再び登場」

魔王様との距離も、カリーネの圧も──さらに増し増しです!?



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