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拐われたお姫様ですが、勇者ではなく魔王様を好きになりました  作者: Aldith
第3章|封じられた記憶と、魔王の横顔
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第2話|なに者ですか、魔王様?

塔から降りた中庭は、意外にも静かで、穏やかだった。


──灰色の空。だけど、どこか落ち着く。



(……思っていたより、全然怖くないかも)



ひんやりとした風が肌をなでていく。

その風に混じって、なんとも言えない香りが漂っていた。

甘くもなく、苦くもなく、でも、なんだか落ち着く匂い。


王都のどんな庭園よりも、“整っている”。



「……ここがヴァルド?」

「どうした、拍子抜けか?」



隣で、魔王様がゆったりと歩いている。



(近い……っていうか、絶対これ、ふたりきりになるための“お散歩”ですよね!?)



わたくしの問いに、魔王様はふっと目を細めた。



「ヴァルドと言えば、もっとおどろおどろしい場所を想像したか?」

「……ヴァルドって、もっと、こう……瘴気が渦巻いて、正気じゃいられなくなるような場所だと……」

「どこの伝承だ、それは」

「ずっと、そうだと信じていたんですっ! 瘴気の谷に、棘の山、溶岩の大地、空にはドラゴン! まともな人間は一歩も入れないって……!」

「偏見だな。それは百年前の戦争時の情報だ。今は違う。ヴァルドとエルヴァンシアは、距離はあれど繋がっている」



(ほんとにそうなの? そんなこと、聞いたこともない……)



つい、ちらりと横目で魔王様をうかがう。

……けれど、彼は歩みを止めるでもなく、淡々と前を見ていた。



「……なにか、聞きたいことがあるのだろう?」

「えっ」

「そういう目をしている。──ずっと、こちらを見ている」

「…………っ」



(うわ、見透かされてる……!)



けれど、ここで黙るのもずるい。


わたくしは思いきって立ち止まり、彼の前へ回り込んだ。



「では、伺います!」



びしっと指を立てて、詰め寄る。



「あなたって……いったい、何者なんですか!?」



風が止んだ気がした。


冗談のように投げた言葉のはずだった。

けれど、魔王様の表情が、ほんの一瞬、翳ったのだ。



(……やっぱり。なにか、ある)



わたくしの直感が、静かに告げる。


そのとき。



「アリシア。お前は、“ヴァルドの魔法”をどう思う?」

「へっ?」



……いきなりすぎますっ!?



「……いきなり、なんですか、その質問」

 


わたくしは目をぱちくりさせた。



「どう思うって、何を基準にです? 

わたくしの知っている魔法とヴァルドの魔法って違うんですか?」

「……エルヴァンシアでは、魔法は技術として学ぶものだろう? 

だがヴァルドでは、“血”が力を呼ぶ」

「……は?」



その言葉に、わたくしの思考が一瞬で止まった。



(ち、血が力を呼ぶ……?)



魔王様は一歩、こちらへ近づいてくる。



「俺は、ある意味で“混血”だ」

「…………」



その瞬間、わたくしの脳裏に浮かんだのは──銀色の髪。夜のような瞳。



(……え? まさか)



「父はエルヴァンシア。母はヴァルド。

もっとも、エルヴァンシアで生きた時間など、ほんのわずかだったがな」

「どうして……?」

「語れることは多くない。

ただ……お前が本当に知りたいのは、“なぜ俺が魔王になったのか”──そこだろう?」



図星だった。


けれど、それ以上に衝撃的だったのは、魔王様の言葉の続き。



「答えはひとつ。“必要だった”からだ」

「必要、って……」

「“王”が必要だった。

誰にとってかは──まだ言えない。だが、いずれ分かる日が来る」



(またそれ……! いずれって、いつ!?)



焦れったくて、けれど聞き返せなくて。


そんなわたくしを見下ろしながら、魔王様はふっと目を細めた。



「アリシア。お前は、自分の世界が“正しい”と思っているか?」

「そ、それは……」

「政略のために婚約させられ、義務として振る舞い、感情すら押し殺す。

──それが“正しさ”か?」

「…………」



答えられなかった。


お父様の命令。

お兄様の言葉。

婚約者の微笑。


全部、“わたくしのため”だった。

けれど、そのどれもが、わたくしの気持ちを聞いては──くれなかった。



「俺は、正しさを疑った。そして、奪った」

「……!」

「“魔王”という名も、“王”という座も……欲しかったからではない。

必要だったから、力で奪い取った。それだけのことだ」



静かな声。


なのに、なぜだろう。胸の奥が、きゅっと苦しくなった。



「わたくしには……まだ、よくわかりません」



震える声でそう言うと、魔王様はふっと口元を緩めた。



「分かる日がくる。その時まで──そばにいろ」

「えっ……?」



どくん、と心臓が跳ねる。



(ま、また……この距離……!)



「そばにいて、“知れ”。この世界の形を。そして──俺という男を」

「な、なにを言って……!」

「お前は、“思い出す”はずだからな」



(……また、それ)



“思い出す”。わたくしが、何かを?


けれど、その答えを求める前に、魔王様は静かに背を向けた。



「戻れ」



その一言だけを残して、黒の外套が風に揺れ、遠ざかっていく。



◇◇◇



「……ずるい」



背中越しに、思わずそう呟いてしまった。


だって、あんなふうに言われたら──心が、ついていってしまいそうになる。


攫われたのに。


“魔王”なのに。


こんなふうに、言葉で、視線で、距離で──揺さぶってくるなんて、反則じゃないですか。



「……ったく。わたくし、なにを考えてるのよ」



むくれて一人ごちていたそのとき。



「……アリシア」

「きゃっ!?」



すぐ後ろから声をかけられて、思わず跳び上がりそうになった。


振り返ると、そこにはさっき去っていったはずの魔王様。



「な、な、な……! なんで戻ってきたんですの!?」

「ああ、ひとつだけ。渡しそびれていたものがある」

「……は?」

「これを、お前に渡しておこうと思ってな」



そう言って差し出されたのは──一本の小さな鍵だった。



「な、に……これ」

「お前の部屋の“外鍵”だ」

「……へ?」

「塔の扉。外から閉じられていたら、客人とは言えないだろう?」



カチャッ、と手の中で小さく鳴るその鍵に、わたくしは言葉を失った。



(……自由を、くれる? ヴァルドで?)



「使うかどうかは、お前次第だ。だが、“閉じ込める”つもりはない──信じてくれるなら、だがな」

「…………」



手のひらの上の鍵が、ぽかぽかと、妙に温かく感じられた。



「……どうせ、いずれ逃げても、すぐ見つかるんでしょう?」

「逃げられたら、それはそれで追う楽しみがある」

「……! どこまで本気なんですの!?」

「お前の頬が、また赤い。……やはり、熱があるんじゃないか?」

「もおおおおっ、いい加減にしてくださいませっ!!」



思わず手にした鍵でぺしぺしと彼の胸元を叩いたけれど、魔王様はまったく動じなかった。


むしろ、楽しそうに口元を緩めて──



「そうやって、怒ってる顔も、悪くない」

「~~~~っっっ!」



もうダメです! この人、ほんとに魔王様なんですか!?



「では、俺はもう行く。夜はまだ長い。……良い夢を」



軽やかな笑みとともに、今度こそ本当に彼は去っていった。


……と思ったのに。



「お前の夢に、また俺が出るかもしれんがな」

「~~~っっっ、出ませんっ! ぜったいに、出ませんからぁっ!」



叫んだその声は、もうすっかり静まり返った中庭に吸い込まれていった。



◇◇◇


 

──カチャッ。



扉を閉めて、鍵を手の中で見つめる。



(……ほんとうに、自由を、くれるの?)



思い出す、という言葉。


魔王になった理由。


わたくしが“駒”ではなかった理由。


そして──この胸の奥の、妙なざわめき。



(……なんなのよ、もう)



顔を覆いながら、ベッドの上にごろんと転がった。


柔らかな布団に包まれたその瞬間。



(あ……)



なぜだろう。


この場所が、“檻”ではなく、“避難所”に感じた。


魔王様がわたくしを“保護した”と言った理由が──

ほんの、すこしだけわかった気がして。

 



──そしてその夜、わたくしは夢を見た。


銀の髪。夜の瞳。


闇の中、わたくしに手を伸ばす、その少年の姿を。




◆あとがき◆

え、何その出自。ハーフ? 混血? そして“王が必要だった”?


魔王様、いきなり世界観をぐらぐらさせてきましたわね……!


しかもこの人、“正しさを疑った”とか、“力で奪った”とか……


かっこよさと重さをさらっと投げてきて、読者の心がついていきません!


そして、まさかの「君は、思い出すはずだからな」宣言。



……って、わたくし、何を!?



次回、「夢に見た、銀髪の少年」


それって、夢だけの存在なんですの……?





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