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拐われたお姫様ですが、勇者ではなく魔王様を好きになりました  作者: Aldith
第3章|封じられた記憶と、魔王の横顔
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第1話| 魔王様、近いです!

(──あれ?)



朝だと思っていたのに、目覚めたのは夜だった。

窓の向こうには、星がきらきらと瞬いている。

ヴァルドの夜空は、不思議なくらい静かで、美しかった。



(こんな場所で目を覚ますなんて……)



部屋はもうすっかり馴染んでしまった。

最初は怖かったベッドも、今では妙に落ち着く。



(……それが逆に怖いって思うのは、気のせい?)



ガチャッ。



「起きてるか?」

「っ!」



扉を開けて入ってきたのは、漆黒の礼装に身を包んだ──魔王様だった。



(また、この人……)



「もう夜だ。身体はもう大丈夫か?」

「……まあ、はい。一応」



わたくしはベッドの端に座り直しながら答える。

そのときだった。

すっ──と、魔王様がわたくしの前まで来て、ひざを折った。



「え、えっ?」

「念のため、顔を見ておこうと思ってな」

「い、いいですっ、わざわざっ!」

「そうか?」



その目が、まっすぐにこちらを見てくる。

夜の静けさに包まれた室内。

距離、近い。



(……いや、ほんと、近いんですけど!?)



「顔色も悪くない。熱もなさそうだ」

「ですから、離れてくださいってば!」

「こういうのは、近くで確認しないと分からない」

「わからなくて、いいですっ!!」



わたくしは思わずベッドの上で、ずるずると後ずさった。

でも──



「逃げても、無駄だぞ?」



魔王様が、にやりと笑った。



(ちょ、こわっ! というか、なんでそんな楽しそうなの!?)



「そう怯えるな。俺は、別に食べたりはしない」

「その台詞、説得力ないですっ!」



魔王様はわたくしの抗議にも全く動じず、ベッドの端に腰を下ろした。



(うそでしょう……この広い部屋で、わたくしのすぐ隣!?)



「そ、それで、何のご用ですか?」



できるだけ冷静を装って尋ねると、魔王様はふっと視線を外し、天井を仰いだ。



「……アリシア。お前は、ここで何をしたい?」

「え?」

「客人として迎えた以上、自由に過ごして構わない。

外には出られないが……中での行動には制限を設けないつもりだ」


「……幽閉、じゃないんですか?」

「違うな。監禁、でもない」


「じゃあ……?」

「保護だ」

「え?」

「連れ出した責任は、俺が負う」



魔王様はごく自然に、そう言った。



「お前は“俺の客”だ。

あの場で、俺が攫わなければ──どうなっていたと思う?」



(それは……)



ゼノの顔が、お兄様の、そして……セイルの瞳が、脳裏をよぎる。



「アリシア。お前が何を恐れていたのか……全部は知らない。

ただ、あの時のお前の顔は──“助けを求めていた”」

「……っ」


「だから俺は、手を伸ばした。それだけのことだ」

「……そんな、理由で」

「理由が必要なら、つけてやる。俺が、お前を気に入ったからだとでも言えば納得するか?」


「なっ……!」

「姫抱っこで攫ってきたのだから、そういう方が“お約束”だろう?」



(な、なんなんですかこの人……!)



「お前は、何者なんだ?」

「わ、わたくしは……!」

「“第一王女”としての答えは、いらない」



魔王様はわたくしの肩にそっと手を置き、言った。



「“アリシア”としての、お前自身を──知りたい」



(……やっぱり、距離が、近すぎますっ!)



「……なぜ、わたくしなんですか?」



思わず、口にしてしまった。



「わたくしは、ただの王女で……いえ、ただの“駒”でしかなかったんです。

婚約も、お父様の決めたことで……」

「“ただの駒”なら、お前はあのとき、泣かなかった」

「……っ」

「本当に諦めていたなら、あんな顔で、助けを求めたりしない」



(……わたくし、そんな顔……してた?)



「アリシア。人の目に映る姿は、仮面だ。俺は、そういう“笑顔”を見慣れてる」

「なに、それ、魔王特有の能力ですか?」

「いや、俺の“勘”だ」

「勘かいっ!」



思わずつっこんだら、魔王様はほんの少しだけ笑った。

くすぐったいような、あたたかいようなその笑みに、心臓がまた跳ねる。



(……この人、ずるい)



でも、なんだろう。 気づけば、最初の恐怖は少しだけ遠のいていて──



「そうだ」



魔王様が立ち上がる。



「そろそろ、こっちの暮らしにも慣れてきたころだろう。散歩にでも出るか?」

「え? お散歩……?」



魔王様が立ち上がる。



「中庭がある。塔を降りれば、すぐだ」

「塔……やっぱり、ここって……!」

「高所は、外からの侵入を防ぎやすいからな。

“客人”にはふさわしいだろう?」


「まるで、姫を閉じ込めるための場所みたいですわね」

「否定はしない」



(否定しないって、何考えてるのよ)



「では、案内させよう。……もちろん、俺も同行する」

「えっ」

「当然だろう? 俺の“客人”だ。丁重に扱わねばな」



(……ああ、もう……)



「……勝手についてくれば、いいでしょう!」



ぷいっと顔を背けたら、また、ふっと魔王様は笑った。

──そうして。

わたくしと魔王様の、ほんの少しだけ不思議な距離感は、その日もまた、じわりと縮まったようだった。




◇◇◇




「……あの、魔王様」



歩きながら、ふとわたくしは尋ねた。



「ん?」

「ヴァルドって……夜が長いんですの?」

「ヴァルドでは、日が落ちてからが“本番”だ。活動する者も多い」


「じゃあ、これから……」

「“デート”の時間だな」

「でっ、デート!?」


「違うか?」

「違いますっ! ちが……ちがいませんけどっ!」



わたくしは思わず口ごもって、バサッとローブの裾を払った。

どうしてこの人は、いちいち一言多いんですの!?



「顔が赤いな。熱か?」

「違いますっ!!」



そう言った瞬間、またしても、魔王様の手がわたくしの頬に触れた。



「っ!」

「ああ、やっぱり……」

「な、なんです!?」

「少し熱い。……風邪でも引いたか?」

「それ、絶対わざとですよね!?」

「さてな」



そうやって、とぼけたような笑みを浮かべているけれど──

まっすぐなその目は、やっぱり、どこか優しかった。



(……この人、ほんとうに魔王様?)



外の廊下へ出ると、ひんやりとした風が肌をなでる。

空には、先ほど見たよりももっと大きな月が、静かに浮かんでいた。



「わあ……」

「どうだ、“ヴァルドの空”は?」


「……綺麗。思ったより、ずっと」

「だろう。お前が“夢で見た空”と、似ているか?」

「っ、どうして……!」



魔王様は少しだけ目を細めた。



「お前の“匂い”が、そう言っていた」

「……もう、またそうやって……!」

「冗談だ」



(うそです、絶対うそです!)



けれど──



「でも、本当に。わたくし、こんな空を夢に見たような気がして……」

「なら、運命かもしれんな」

「……そんな、都合のいい」

「俺はそう信じる」



その一言に、どうしてだろう。胸の奥が、ふっとあたたかくなった。

ふと、魔王様がわたくしの手を取った。



「ひゃっ……」

「……冷たいな。まだ、緊張してるのか?」

「ち、ちが……!」

「なら、少し歩こう。怖くないように、俺がそばにいる」



(……ずるい。そう言われたら、手、放せないじゃない……)



でも──ほんの少しだけ、

ぎこちない足取りのまま、

わたくしは魔王様と並んで歩いた。



──こうして、ヴァルドでの“お姫様生活”は、また一歩、進んでいったのだった。





◆あとがき◆

……いやいやいや、近すぎますってば魔王様⁉

お姫様生活、はじまったかと思えば初手がこれ。

なんで保護の名のもとにベッド横で診察されるんですの!?

優しいけど、謎も多くて。そもそも魔王様、なにしに来たんです?

「“夢に見た空”と似ているか」って、その一言が引っかかって仕方ありません。

次回、「なに者ですか、魔王様?」

……それ、わたくしが今いちばん聞きたいんですけど!?


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