最終話 最後に笑う者は… (side:リーニッド)
『!!アンヘルム伯爵家の惨劇!!』
俺は大きく書かれた新聞の見出しを読み進めた。
「自業自得だ……レイヴィス」
新聞をテーブルに置き、俺は腕を組みながらソファに深く座り目を閉じた。
俺は忠告したよな。
グロリアと関わるな…と。
なのにお前はグロリアと関係を持った。
その後も何度も忠告した。
グロリアと別れろと。
そしておまえは、とうとうあの温室で……
『卒業まで』などと自分に都合のいい言い訳で、グロリアとの関係を止めなかったレイヴィス。
その身勝手さが足を掬われる事になるとも知らずに。
◇
セルティアと出会ったのは高等学院1年の時。
ふわふわしたオリーブの髪。
キラキラした翠緑の瞳
そして小柄な姿が愛らしかった。
そんな彼女に、俺は一目ぼれした。
知り合いのいないクラスの中で、不安気にしている君に声を掛けた。
それが始まり。
話してみると、彼女も観劇が好きだと言う。
俺と同じ事が嬉しかった。
レイヴィスは『退屈で眠くなる』といつも言っていたから。
けれど彼女が好きになったのは……俺の友人のレイヴィスだった。
レイヴィスも彼女に好意を抱いていた事はすぐに分かったよ。
だから俺は、両想いの二人の間に割り込む気など全くなかった。
楽しそうにあいつの話をするセルティアの嬉しそうな笑顔を見る度に、胸の中で熱くなる感情と、チリチリと痛む感情が行き交う。
それでも応援したのは君の心に俺がいないから。
君にとって俺はあくまでもいい友人。
けれど俺はそれで良かった。
セルティア…君が幸せならそれで良かったんだよ。
もし俺が気持ちを伝えたとしても、戸惑う君の顔が目に浮かぶ。
そしたら友達でさえいられなくなってしまう。
それだけは嫌だった。
だから卒業後、セルティアとレイヴィスの結婚式を見たら、気持ちにけじめをつけるつもりでいた。
暫く国を離れて、君への思いを過去のものにしようと思っていたんだ。
けれど、グロリアが転校して来てから状況が一変した ——————
レイヴィスはグロリアと過ごすようになった。
最初は、級長として転校生の世話を焼くのは当然と思っていた。
けどその内、二人で街に出かけるようになっていったよな、レイヴィス。
それを俺が咎めると、
「来たばかりで慣れない街だから案内しただけだ」
二人で出かけた理由を、おまえはさも親切心からのように言っていたな。
確かに、始めはその気持ちも本当だったのだろう。
けれどセルティアがどんな思いで二人を見ているのか、分からなかったのか?
セルティアと二人で会う回数が減っていき、そんなおまえの態度に俺が何も気づかないとでも?
俺たちとの距離が広がるほど、グロリアとの距離が近づいていったレイヴィス。
俺は何度も言った。
グロリアにもう関わるな、別れろ…と。
だがおまえはその内、俺を疎ましがるようになったな。
そして、おまえは言った。
「うるさいな! グロリアとは、卒業までの割り切った関係だ!」
「………は? 何言ってんだ、レイヴィス!」
「おまえが何も言わなければいいんだ! おまえだって、セルティアが傷つく姿を見たくはないだろ? 知らなければ何もないと同じだよ」
「!!」
そう言うとおまえは足早に去って行った。
どうせこれからグロリアに会うんだろ。
俺は怒りを通り越して呆れた。
“知らなければ何もないと同じ”……だと!!
あんなヤツだったか?
女を知って、理性がぶっ飛んだのか!?
ああ…確かに、セルティアが傷つく姿は見たくない、けれどセルティアを不幸にする事は絶対に許せない!
それに…卒業してグロリアとの関係をあいつが切れるとは思えなかった。
「おまえが選んだんだ、愛情より欲情を…」
俺はもともと、3年の時に転入してきたグロリアに違和感を持っていた。
あまりにも季節外れの転校生。
何か引っかかるものがあった。
それからレイヴィスとグロリアが一緒にいるようになり、俺たちの関係がおかしくなっていった。
だから調べたんだよ、この季節外れの転校の理由を。
この学院に来る前、あいつは隣国にいたといっていた。
その国には俺と同い年の従兄弟が住んでいる。
グロリアの事で何か知らないか聞いてみたところ、グロリアがいた学院に従兄弟も通っていて、面白い事が分かった。
グロリアはとある子爵家の令息と関係を持っていた。
それが子爵令息の婚約者にバレて、その婚約は破談になったらしい。
令息は次男だった。
婚約相手である伯爵家の長女と婚姻し、将来は伯爵家を継ぐ予定だったとか。
しかしグロリアとの不貞が露呈し、婚約は破棄。
男は家門から除籍され、屋敷を追い出されたようだ。
グロリアは学院から停学処分を受ける前に自主退学し、この高等学院へ編入したという事のようだ。
そしてここでも同じことをしたのか。
前回のトラブルから何も学んでいないんだな。
多分一度や二度じゃないだろう。
人のモノが好きな、ただの尻軽女。
そうして、発覚したおまえらの関係。
だが、どれだけグロリアが誘惑しようと、おまえが拒絶すれば良かっただけの話なんだよ、レイヴィス。
おまえにはセルティアがいただろ?
なのに愛情より欲情に感けたおまえに…セルティアを裏切った時点で、彼女を幸せにする資格なんかないんだよ!
婚約破棄後、レイヴィスはグロリアと結婚した。
グロリアが妊娠したそうだ。
近々、式を挙げるらしい。腹が目立つ前にってとこか?
どこまで間抜けなんだ。
まともに避妊もできなかったのか。
俺は、ここらへんがタイミングだと思った。
隣国でグロリアが不貞した相手の住所を調べ、書簡を送った。
無論匿名で…だ。
内容はこうだ。
《あなたは婚約破棄され、次期伯爵家当主という未来を失くし、実家も追い出され、苦しい生活を送っていると聞き及んでいます。にも拘わらず、あなたを不幸の道へと誘ったグロリア・ヘルデはこちらで伯爵令息と婚姻し、近々、式を挙げる予定です。しかも現在妊娠中との事。昔馴染みのあなたから、ぜひともお祝いの言葉を述べられてはいかがでしょうか?》
そうして、式会場の住所を同封した。
これで男が来るか来ないかはおまえの運次第だな、グロリア。
――――― だが、運はおまえに背を向けた ―――――
期待以上の働きをしてくれたよ、不遇の男は。
グロリアに襲いかかり、持っていたナイフでそのおきれいな顔や身体を切りつけたらしい。ナイフの傷って消えないんだろうな。
グロリアは襲われた際に流産。ご自慢の美貌が見るも無残な醜貌に変わり、精神を病んだようだ。
そして、その事件からグロリアが隣国で行っていた不貞が明るみになり、さらに同じ理由でセルティアと婚約破棄しグロリアと結婚したレイヴィスが、世間から責められる立場になった。
挙式の最中に起こった事件という事もあり、新聞ではセンセーショナルに書かれていた。
『挙式の最中にナイフを持った男が乱入、新婦を襲う』
『犯人は新婦の元交際相手』
『新婦は略奪好きな淫乱令嬢』
『不貞同士の挙式』
『新郎は腰を抜かして、ただ見ているばかりだった』
アンヘルム伯爵家は社交界での権威を失墜した。
「リーニッド、お待たせしてごめんなさい」
淡いグリーンのドレスにそれと揃いの帽子を被ったセルティアがやって来た。
「全然。とても綺麗だよ、セルティア」
「あ、ありがとう」
俺が今日の装いを褒めると、ほんのり頬を染めるセルティア。
可愛いな。
俺は、チラリとテーブルの上の新聞紙に目をやる。
きっとセルティアも、アンヘルム家で起こった事件の事は知っているだろう。
けれど、俺たちはその事に触れずにいた。
「今日の観劇はどんな内容なの?」
俺はセルティアをエスコートしながら、馬車へと向かう。
「うーん、大まかなあらすじは…主人公は男。その男は幸せな日々を送っていたのに、欲を出したせいで、次から次へと災難に見舞われていくんだ」
「へぇ~、面白そう」
セルティアの笑顔に、俺も微笑んだ。
今はまだ友人でいい。
でも、もう君を諦めないよ、セルティア。
【終】