第3話 穢された場所
【注意】
※後半、性描写あり※
翌朝、私は重い気持ちを抱えながら登校した。
教室に入ると、緊張しながらレイヴィスに声を掛ける
「お、おはよう、レイヴィス」
「……おはよう」
彼は私を見ずに答えた。
「あの、レイヴィス……」
「昨日はごめん」
「え、あ、待って…っ…」
レイヴィスは一言謝罪の言葉を口にするとすぐに席を立ち、教室を出て行った。
そんな私達の様子を見たリーニッドが、私に声をかける。
「何かあったのか?」
「…あ、ちょっと…ね…。で、でも大丈夫だからっ」
「そ…か」
何か聞きたそうだったけれど、それ以上何も聞かないでくれた。
けど、リーニッドに相談できる事ではない。
昨日レイヴィスにされた事は……
あんな事をされるとは思ってもいなかったから、強い口調で拒絶してしまったけれど、そもそも最初からレイヴィスの様子がおかしかったわ。
だから、勇気を出して声をかけたのに……あんな…たった一言だけ…っ!
私が悪いの!?
でも突然あんな事されたら、誰だって嫌がるに決まってるじゃない…っ!
唇を噛みしめ、泣きたくなる気持ちを堪えた。
もう…レイヴィスとどう向き合えばいいのかわからない ――――
その後、授業の開始ベルが鳴るとレイヴィスが戻って来た。
グロリアと一緒に…
この時、微かな疑心が私の頭の中を過った。
◇
「…セルティア」
「レ、レイヴィス?」
あの日以来、レイヴィスとはぎこちなく挨拶を交わすくらいで、最近ずっとまともに会話をしていなかった。
そんな中、久しぶりに彼に声をかけられ驚いた。
「な、何?」
あの時の事に触れるのはやめよう。
そうすれば、前のように……
そうだ、今日一緒に帰れないかな?
ウェディングドレスのパンフレット、一緒に見たいし…
「あのね、帰り…「これから毎週末、温室のメンテナンスが入る事になったんだ」
私の言葉にかまわず、レイヴィスが話し出した。
「え?」
「だから、週末は出入りできない。平日ならいつ来ても構わないから」
「わかったわ……」
レイヴィスに声をかけられ弾んだ気持ちが、一気に萎んだ。
それは言い換えれば、週末には来るなって事でしょ…?
平日なら来てもいいと言ったけど、あなたはいるの…?
彼はそれだけいうと、慌ただしく教室を出て行った。
その後をリーニッドが追いかける。
きっとレイヴィスの行動を諫めに行ってくれたと思うけど…多分、彼は聞かないと思う。
「平日に一人で行っても意味ないわ……」
週末はいつも二人で過ごしていた。
メンテナンスなんて……嘘よ。
今までそんな事、一度だってなかったじゃない。
『いつでもきれいな花が保てるようにうちの庭師に定期的に見てもらっているから、心配しなくていいよ』
あなたがそう言っていたのよ、忘れたの?
私に話した事も、私と過ごした事も、私と約束した事も、もう……心にないの……?
リーニッドが戻って来た、無論一人で。
ここのところ、レイヴィスは授業以外教室にいない事が増えた。
その時は……グロリアもいなくなっている。
ねぇ、レイヴィス。
こんなにもあなたの態度が変わったのに、私が何も気が付かないとでも思っているの?
「リーニッド」
「うん?」
「週末、付き合って欲しい場所があるの」
心の中に増え続ける疑惑は確信へと変わって行く。
もう現実から目を逸らすのはやめよう。
私の考えがもし間違っていなければ……
◇
「ねぇ、私の事、愛してる?」
「…愛しているよ、グロリア」
私の瞳は温室で睦み合う二人の姿を映していた。
レイヴィスがグロリアに愛を囁き、口付けを交わす。
二人とも裸で抱き合っている……私達の温室で。
「婚約者がいるくせに悪い男…っ …ふぅ…んっ…」
二人の唇は離れがたそうに何度も舌を絡ませる。
あの時、私にした強引な口付けは、グロリアとの行為で知ったの…?
レイヴィスがグロリアに侵食されたようで、もう…彼の全てが気持ち悪くて仕方がない。
(…セルティア)
小声で名を呼び、ふらつく私を支えてくれたリーニッド。
私は、大丈夫と…いう代わりに無言で頷いた。
「セルティア相手じゃこんな事させてもらえなかったんでしょ?」
「ああ、突き飛ばされるわ、殴られるわ、最悪さ。そんな話はもういいから集中しろよ」
「あんっっ あ、あ、あ!」
レイヴィスの身体が激しく動く。
それに合わせて、弾む声を上げるグロリア。
この温室は、レイヴィスが私の為に作ってくれた場所。
ここは私達だけの場所だと…そういってあなたがプレゼントしてくれて、初めて口付けを交わした場所だった…
今二人がベッド替わりにしているソファで、あなたと語り合った想い出はもう……穢された。
私は傍にあった小さな植木鉢を掴むと、二人のいる方へ向かって思い切り投げつける。宙を舞った植木鉢は、ソファの手前にあるテーブルの縁に勢いよく当たり割れた。
ガッシャン!!!
「きゃあ!」
「な、何だ!?」
裸で重なったまま、首だけを音のした方に向ける二人。
私の姿を映したレイヴィスの瞳が見開いているのが分かった。
「セ、セルティア!!」
「行きましょう、リーニッド」
「ああ」
「ま、待って!」
彼の言葉を無視して、私は足早に温室を出た。
馬車に乗り込もうとした時、私を呼びながらレイヴィスが走ってきた。
髪は乱れ、トラウザーズの釦は留まっておらず、羽織ったシャツは前が開けていた。
なんてみっともない姿……!
「ま、待ってっ 行かないでくれっ セルティア!」
「近づかないで! 汚らわしい!!」
私は手にしていた温室の鍵を彼に投げつけた。
固まったようにその場に立ち尽くすレイヴィス。
「乗って、セルティア」
「ええ…」
リーニッドに促され、私は馬車に乗り込んだ。
「セルティア!」
扉を叩きながら、走るレイヴィス。
小さな窓から見えていた彼の姿は、すぐに視界から消えた。
「……もう、我慢しなくていい」
リーニッドの優しい声に、張りつめていた心の糸がプツリと切れた。
涙がボロボロと溢れる。
拭っても拭っても止まらない。
「ど……して…!? な、なぜ…っ い、いつから? いつからあの二人は! 私よりグロリアを好きになったの!? だから、だからあんな……っ!!」
私は両手で顔を覆い、泣き伏した。
裸で絡み合う二人の姿が浮かんでは消え、消えてはまた浮かぶ。
二人の会話が頭の中で何度も繰り返される。
苦しくて悲しくて心が潰れそう……っ
「…う…ぅ…っ うあ…っ…あぁあ…っ!」
「セルティア…」
リーニッドが隣に来てそっと私の肩に触れると、ゆっくりと自分の胸に寄せた。
私は彼の胸に顔を埋め、声が枯れるまで泣き叫んだ ―――――…