第1話 波紋を呼ぶ出会い
「セルティア…君の為にこの温室を作ったんだ」
「わぁっ なんて素敵なのっ!」
私はセルティア・オルモフィ。
一緒にいるのは婚約者のレイヴィス・アンヘルム。
オルモフィ子爵家とアンヘルム伯爵家の婚約を執り行った翌日、レイヴィスが連れてきてくれたのは、彼の屋敷の隣にある小さな土地に建てた温室。
花が好きな私の為に…と、作ってくれた。
彩り豊かな花たちが、甘い香りを漂わせながら私を迎えてくれる。
壁際を所狭しと這っている青々とした植物は、まるで小さな森のような雰囲気を醸し出していた。
摺りガラスで出来ている窓は、外から中は見えづらい仕様になっている。
「ここは君と僕だけの場所だよ」
そういって、二つある鍵の一つを私にくれた。
「私達だけの場所…うれしいわ、レイヴィス」
私は鍵を宝物のように胸に握り締める。
「改めて君に乞うよ。これからもずっと一緒にいて欲しい」
「はい…っ」
私の頬にそっと触れるレイヴィス。
彼の青緑色の瞳がゆっくりと近づく。
軽く彼の息を感じ、私は目を閉じた。
彼の唇と私の唇が重なる。
初めての口付けだった……
『ここは君と僕だけの場所』
そう言ってくれた……なのに、あなたはその約束を破った。
……レイヴィスは私ではない女性とここで……この温室で…っ
逢瀬を重ねていた―――――
◇
「転校生?」
初めて聞く話に、私は聞き返した。
「ああ、今日このクラスに入ってくるんだ」
長い金髪を一つにまとめながら話すレイヴィス。
彼はこのクラスの級長をしている。
他の生徒より情報が早かったのだろう。
「こんな3年のこの中途半端な時に珍しいよな」
そして私の向かいで黒髪をかき上げながら話しているのは、ルーチェット伯爵家の令息リーニッド。
「本当ね、そろそろ梅雨になろうとしているこの時期に…」
新しい学院は緊張するだろうな…と考えながら、二人に出会った頃の事を思い出していた。
高等学院に入学したばかりの時、知り合いのいない教室で最初に声を掛けてくれたのがリーニッド。
リーニッドの友人だったレイヴィスとも話すようになった。
それから三人で過ごす内に、私はレイヴィスに恋をした。
そして一年前にレイヴィスと婚約を取り交わした。
アンヘルム家から婚約の打診が来た時は、夢を見ているかと思ったわ。
高等学院を卒業後、結婚式を挙げる予定だ。
その日まで約10か月。
式場の予約は済んでいるし、衣装選びとかは夏季休暇の時がいいかしら?
その方がレイヴィスも時間が取りやすいと思うし。
けど、少し早くても見ておきたいな…
ちょっと先の事だけど、今から楽しみで仕方がない。
ガラガラ
「はい、みんな席について」
バラバラに座っていた生徒たちが、自分の席に戻っていく。
教師の後から入って来た転校生。
教室内がざわつく。
流れるブルネットの長い髪。
明るい金色の瞳。
鮮やかな赤い唇。
スラリとしたスタイルは、女性の私から見ても目を惹いた。
オリーブ色のくせ髪に、身長の低い私にとっては、羨ましい体型だわ。
「グロリア・ヘルデです。よろしくお願い致します」
(なんだか…大人っぽい、同い年よね?)
私はその姿に見惚れた。
「席は…級長であるアンヘルム君の隣に」
「はい」
彼女は教師の指差す方へ目を向け、右手を挙げているレイヴィスの隣に座った。
「よろしくね」
「ああ、よろしく」
この転校生が、後に私達の人生を変える事になるなんて、この時は思いもしなかった。