肝一の遺伝子達
……
伝説のプロレスラー、ブロック・レスナーは言った。
「正直今でも、アイツを殺したドライバーの事を思うと複雑になる。
でもそいつの文句は人前では言わないようにはしてるんだ。
天国からアイツに笑われちまう気がして」
伝説のボディービルダー、フィル・ヒースは言った。
「カンイチの遺伝子は、世界で受け継がれている。その遺伝子が言うんだ。
『人間にはまだまだ伸びしろがある』ってな……」
……
東が肝一の弟子になってから、一年と経たないうちに、
神田肝一は死んだ。
後厄を乗り切った後だった。
当時彼は24時間密着取材を受けている途中で、深夜0時10分。
ドライバーが飲酒運転をしていた車が歩道に乗り上げ、それに轢かれたのだ。
0.10、奇しくもそれは、肝一の内臓脂肪の数値だった。
そしてこの出来事は、「肝臓を世界一鍛えた男が、別の肝臓に殺された」として世界中に広まる事になる。
彼は救急車が駆けつける前に息を引き取ったが、死の間際、こんなことを言っていた。
「何も恨まないでくれ。俺が死ぬのは、俺が弱いからだ」
この言葉は世界中でさまざまな解釈をされて人々に広まったが、
世界に広まったことには変わりは無かった。
この言葉を皮切りに、内活、肝一の言葉で言う「リアル インナーマッスル」を鍛える運動が日本で盛んになり、
内活を極め、「日本一『肝一に近づいたもの』」を競う催しが、日本武道館で開かれた。すなわち……
肝一N01選手権、
後のK-1グランプリである……。
リアルインナーマッスルの概念は、世界中に響き渡り、
ついにボディービルダーの最高峰、ミスターオリンピア協議会は、種目を大きく二つに分ける事になる。
すなわち、マッスル部門。後のM-1グランプリである。
そして、リアルインナーマッスル部門。後のR-1グランプリである。
そして今、リアルインナーマッスル部門の初代グランプリが決まろうとしている。
どうやら日本人選手二人による接戦になりそうである。
肝一の息子、小太郎と、
肝一の弟子にして、今年度マッスル部門ミスターオリンピア・グランプリに輝いた東である。
東が勝てば、前人未到のオリンピア二冠達成になる。
ステージに同時に上がった二人は、まず自分の左拳を右胸に当てた。
そして人差し指にキスをして、天を仰ぎ、指差した。
沈黙を破った男 了。