伝説の幕開け
伝説のボディービルダー、ロニー・コールマンは言った。
「クレイジーな奴だったよ。あんな日本人は見たことがない」
ジェイ・カトラーは言った。
「絞りすぎだし体も小さいし、なんでこいつがここに? あの会場にいたやつはみんなそう思ってただろう。
俺もそう思った。しかし、
あいつのアレを見た瞬間だったよ。
……あいつは客席のブーイングを ■■ で黙らせたんだ」
そして、アーノルド・シュワルツネッガーは言った。
「まさに、ボディービルのネクストステージだ。私たちは体をデカくするあまり、
足元を見失っていたのかもしれない。
彼の評価は誰にも下せない。しかし、間違いなく彼はボディービルダーに革命をもたらしたんだ
それがどれくらいのことか、想像できるかい?」
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名前:神田肝一。
性別:男性。
年齢:42歳厄年(そう書いてあった)
身長:179㎝
体重:63kg
自分のお体で気になるところはございますか? : その他 、肝機能の数字が悪い。酒に弱くなった。
当ジムのご利用目的:その他 肝臓を鍛えにきました。
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世田谷区某所のゴールドジム。
経営2年目にして赤字続きで首が回らない状況である。
そんな中現れたこの新規入会員の男であるが、
チェックシートに書かれていたのは、インストラクターの久保田にしてみれば初めて見る内容だった。
それはどちらかというと、内科のカルテに近いものだった。
「肝臓……? ですか?」
「はい。肝臓を鍛えにきました」
男は酔っているようでも、ふざけているようでもなかった。
「肝臓は……鍛えられませんね。内臓なので」
「『困難とは寛容より15分時間がかかることを言い、不可能とは困難より15分時間がかかることを言う』……私はそうやって生きてきました」
「いえ、そうではなくてですね……」
「ある日私は、自分の肝臓の『声』を聞いたのです。
……肝臓は『沈黙の臓器』と呼ばれているそうですね。
しかし私は確かに聞きました。あれは……大好きなレモンサワーを飲んでいる時でした。
『肝一! やめろ! もうやめろ!!』……あれは確かに私の肝臓の声でした」
「はい。あのー……」
「根性には自信があります! 昭和生まれですから!!
早寝早起き! ストイックな自制心! やり切るまでやめない野生の心!
備わっています! 私は昭和の残党ですので!!」
「ええ……貴方の意気込みはわかりました。しかしね、肝臓はジムでは鍛えられないのです。
それはどちらかというと医師とか栄養士の領域なので……」
「なんでもやります! 肝臓のためなら私は負けません!!
タバコもケーキもやめました!!」
……タバコ関係ないんだよなあ……
会話がどうにも一方通行だ。しかし、新規顧客を迎え入れたいジムと、体(?)を鍛えたい顧客。
需要と供給が噛み合ってしまったのだ。
断る理由もないと言うので、一応「健康維持」と言う名目でこのゴールドジムは神田を入会させた……。
これが、後にボディービル・ひいてはフィジーク界隈で伝説となる、神田肝一の伝説の幕開けだった。