友の裏切り
エリザは商業ギルドの代表、カイル・ロッシュに会うためにギルド本部へ向かった。
ギルド本部は、かつて賑やかだった建物の面影をわずかに残していたが、その周囲は荒廃し、以前のような活気はなかった。ドアを開けると、香料の匂いが漂う室内に、豪奢な机と椅子が置かれていた。しかし、それらがどこか不自然に映る。街が飢えに苦しんでいるのに、ここにはまだ豊かさが残っていた。
カイルはエリザの姿を見て、ゆっくりと笑みを浮かべた。
「久しぶりだな、エリザ。共和国のために奔走してるって聞いたが、今日はどうした?」
エリザはまっすぐ彼を見つめた。
「カイル。食糧供給の支援を頼みたいの」
彼は少しだけ眉を上げた後、肩をすくめた。
「悪いがな、エリザ。俺たちはもう共和国には期待していない」
エリザは一瞬、言葉の意味を理解できなかった。
「どういうこと…?」
「貴族どもは利権を守るために戦争を引き延ばし、兵士たちは市民を抑圧してる。この国はもうダメだ。俺たちは、生き延びるために別の道を選んだ」
「…まさか、帝国と取引してるの?」
カイルはニヤリと笑った。
「そういうことだ。帝国は秩序をもたらす。連中は商業には理解があるし、商人を無駄に搾取しない。あんたも知ってるだろ?共和国の貴族どもがどれだけ俺たちを搾り取ってきたか」
エリザは言葉を失った。
「…でも、あなたたちは共和国の支えだったはずよ…」
「共和国が俺たちを見捨てたんだ。今さら、俺たちが共和国のために何かしてやる義理はない」
エリザの喉が詰まり、心臓が痛んだ。
(カイルまで、共和国を見放した…)
「…カイル、あなたは…裏切るの?」
カイルの目が冷たく光った。
「裏切り?違うな。これは生きるための選択だ。エリザ、お前も気づいてるんだろう?この国はもう終わってるって」
エリザは拳を握りしめた。
(…このままでは、何も守れない。)
共和国は内部から崩れ、貴族たちは腐敗し、軍は市民を虐げ、商業ギルドすら帝国に傾いている。
エリザの中で、決断が固まった。
「…分かったわ。ありがとう、カイル」
彼は肩をすくめ、「気をつけろよ」とだけ言った。
エリザは静かに扉を閉じ、ギルド本部を後にした。
空を見上げると、曇天が広がっていた。
(もう、戻れないかもしれない。でも、前に進むしかない…)
この日、エリザは帝国との交渉に踏み切る決意をした。