市場の惨状
エリザは、市場へ向かうために石畳の通りを歩いていた。
かつては馬車が行き交い、商人たちの声が響いていたこの通りは、今や瓦礫と汚泥にまみれ、死んだような静寂に包まれている。道端には飢えた犬が死骸をついばんでおり、痩せこけた人々が建物の影で身を寄せ合っている。かつての活気はどこにもなかった。
市場の入口にたどり着いたとき、エリザの心臓が強く脈打った。
空っぽの店が並び、わずかに開いている露店にもほとんど品物がない。痩せ細った男が干からびた野菜を並べ、その前にはぼろをまとった老人が震える手で銅貨を差し出していた。
「頼む、これだけでも…」
男はため息をつき、わずかばかりの干し芋を老人に渡した。
「これが最後だ。次はないぞ」
「すまない…ありがとう…」
その瞬間、埃まみれの子どもが駆け出し、老人の手から芋を奪って逃げた。
「待て!」
老人は叫んだが、すぐに咳き込み、肩を落とす。男も追いかけることはせず、ただ頭を振った。
エリザは、何も言えなかった。
(子どもですら、生きるために奪わねばならない世界になったのか…)
さらに広場へ進むと、怒号が聞こえてきた。
「食糧を寄こせ!俺たちは市民だぞ!」
「貴族どもは贅沢してるくせに、俺たちはどうだ!?餓死しろってのか!?」
男たちが食糧倉庫の前で暴れていた。顔は憔悴し、目は血走り、飢えが理性を奪っているのが見て取れた。
「黙れ、暴徒が!」
兵士が棍棒で一人を殴りつける。男は地面に転がり、口から血を吐いた。
「やめて!」
エリザは思わず叫び、駆け寄ろうとした。だが、兵士が彼女を一瞥すると、まるで何も見ていないかのように再び男を蹴りつけた。
エリザの拳は震えた。
(このままでは、戦争を続けるどころか、国そのものが死んでしまう…)
彼女はその場を離れ、帝国との交渉の必要性を強く意識し始める。