父の遺書書
エリザ、私は共和国の理想を守りきることができなかった。だが、お前にはその道を進んでほしい。
この国がどこへ向かうのか、私にはもう分からない。
ただ一つ確かなのは、私はこの手で何も成し遂げることができなかったということだ。
共和国は理想を掲げながら、その理想を信じる者を容易く切り捨てる。清廉を説きながら、その実、力ある者たちは己の利益のために清廉を装う。私はその構造を知りながら、それでもなお、この制度の中で戦おうとした。
私は誤ったのかもしれない。
正しさとは何か。清廉であることが正義なのか。それとも、正義を貫くためには手を汚すことも許されるのか。
私は、理想のために妥協し、理想を守るために不正を行った。
だが、理想を守るために理想を壊したのなら、それは果たして正義と言えるのだろうか。
私は、この国のためにできる最後の務めを果たすつもりだ。
だが、これからの共和国を決めるのは、私ではない。
私は過去の人間だ。新しい未来は、これからの時代を生きる者たちが形作るものだろう。
ただ、一つだけ――
正義とは、必ずしも清廉である必要はない。しかし、清廉ではない正義が、いつしか本物の腐敗と見分けがつかなくなることもある。
その境界線を、これからの時代を生きる者たちが見極めなければならない。
私はここで筆を置く。
共和国のために、最後の務めを果たす時が来た。
ヴァリス
エリザは静かに紙を折りたたんだ。
震える手で、父の書斎の机の上にそっと置く。
窓の外では、寒風が吹き荒れ、共和国の都ヴェルティナの鐘が重々しく鳴り響いていた。
彼女は、小さく息を吐き出しながら、ぽつりと呟いた。
「父は……私の枷を外してくれたのね。」