正義のための取引
フィルクレス共和国の黄昏
エリザのが全てを失う1年前、かつて自由と平等を掲げて誕生したフィルクレス共和国は、今や腐敗の極みにあった。都市の広場では飢えた民衆が暴動を起こし、貴族たちは黄金の食卓でワインを傾けながら、彼らの嘆きを嘲笑していた。
食糧危機が深刻化するなか、共和国議会は「緊急食糧援助法案」の可決を求められていた。しかし、法案の行方は暗かった。貴族議員たちは商業ギルドと結託し、食糧価格を釣り上げることで莫大な利益を得ていたのだ。彼らが自らの富を削ることなどあり得ない。
議場では、無意味な演説が続いていた。理想を語る者、責任を他者に押しつける者、すべては猿芝居にすぎなかった。
「正義とは、手を汚さぬまま成し遂げられるものではない」
ヴァリス議員は椅子に深く腰掛け、冷えた紅茶を口に含んだ。かつては理想に燃えた男だった。しかし、理想だけでは飢えた子供たちを救うことはできない。
彼は夜闇に紛れ、共和国の裏路地へと足を運んだ。そこには、貴族たちの影に潜む真の支配者――商業ギルドの長たちが待っていた。
「この法案が通れば、君たちの利益は大幅に削られる」
「ならば通ることはない」
「……いや、通すのだ」
ヴァリスは袋を机の上に置いた。銀貨が鈍い音を立てる。
「これは、お前たちが食糧供給を制限し続けることで得る利益の十分の一だ。それを今、確実に手にできる。どうする?」
商業ギルドの長は目を細めた。彼らはヴァリスを清廉な政治家と思っていた。しかし、今目の前にいるのは、正義のために手を汚す男だ。
「ふむ……」
「取引成立だな」
数日後、貴族議員たちの態度が変わり、法案は可決された。共和国に緊急食糧援助が送られ、飢えに苦しむ民衆の命が救われた。しかし、それは「汚れた金」によってもたらされた奇跡だった。