暗殺令嬢、王妃になる
前国王夫妻が不慮の事故で儚くなって僅か一週間後、自身の誕生日に新たな国王へ即位したのがエルビス・ヴァン・ヴァーセル陛下だ。
王太子の時から諸々の事情が重なり婚約者は不在のまま国王となったがそれ以降も妃を取ることはなかった。
臣下達が王妃不在は流石にどうかと声を上げるが陛下は首を縦に振ることもなく、なんとかして妃を据えようと強行して即位一周年記念と陛下生誕祭と同日に王妃選定パーティーが開かれる事となった。
婚約者が居ない十四から十八歳までの国内の全令嬢を対象に集められた今回、子爵家の庶子であるわたしも王妃候補として連れてこられたわけだが。
「分かっているな。お前を連れてきたのは俺がお前にあの役目を与えたからだ」
「承知してます」
「失敗したら即座に前の生活へ落とすからな」
「覚悟の上で挑みます」
「ふん、それでいい。その為にお前を育てたようなものだ。あのような化け物は表舞台から早々に退場してもらわねばな」
父親が憎々しげに呟いた化け物とは一部の貴族から言われている陛下の蔑称である。
常に笑顔で感情がブレない、何度も命を狙われても自身の死の危機のみ免れてる、例え親しき者が目の前で殺されようとも動揺しないーーそう、先代が死んだ時と同じように淡々と現状を受け入れて対処する感情の無い化け物、それがエルビス陛下だ。
煌びやかなパーティーの開幕を告げる音楽隊の演奏の中で現れた件の陛下は誰もが見惚れる美貌を持つお方だ。
艶のある長い黒紫の御髪を一つ結びにし宝石のような輝きを持つ紫の瞳を細め、形の良い艶やかな唇からは甘い声が発せられる。
「臣下の計らいで開かれたパーティーだ。各々楽しんでくれるといい」
堂々と立つ姿に一切の隙はない。腰に下げている剣もただの飾りではないだろう。
「俺は臣下からの提案で今から別室で面談だ。いろいろ思うところはあるが彼等の善意として受け入れている。この場に来ている者達は奮って挑戦してくれると良い」
言葉では戯けているが目は口ほどに物を言うべきか冷ややかな紫の瞳には温度がない。陛下の上っ面の言葉に声をあげてるのは気付いていない一部のお花畑の令嬢のみだった。
「では陛下は部屋へ。此処からは私ニコラスが順番にご令嬢を一人ずつお呼びし案内します。それまでは皆様パーティーをお楽しみください」
まずは侯爵家と最初の令嬢が案内されていくのを姿が見えなくなるまで見送ると静まり返っていたホールに喧騒が戻った。
婚約者と来ている者達はダンスを踊り、食事を楽しむ者が居れば、成人組はお酒を楽しんだり、ある一角では情報交換や政治的やり取りなど繰り広げられる、どこにでもあるパーティー会場へと様変わりした。
わたしは呼ばれるまでは自由にして良いと命じられた為、滅多に食べることのない温かい食事に手を伸ばした。
「ーー美味しい」
国王に出す食事を担う一流のシェフが居るのは当然だが、それでも子爵家のシェフが作る食事とは味が違っていた。
これはどの料理も冷めててもきっと美味しいはずだと思いながら、はしたなく思われない程度に多くの料理に手を伸ばし食していると一瞬だけ視界が黒く染まった。一秒にも満たない其れだったがわたしに強烈な違和感を残した。
何か起きたのかと不審に思われない程度に周りを確認すると誰一人として気にしている人は居ない。音も空気も変わりなくそこにあった。
「おい伯爵家まで来たぞ。そろそろ呼ばれる頃合いだ準備しておけ」
「承知しました」
順番が近づいてきたのか父親が近くに来て命じてきた。
「俺は付き添えないからな一人で行って一人で帰って来い。それと俺や周りに対してはその態度でいいがせめてアイツの前だけはお淑やかにしておけ」
「そのように致します」
「ララーシャを真似ておけば問題なかろう。ララーシャは誰からも好かれる俺の娘だからな」
「その通りです」
腹違いの姉を参考にしろと言われて反論は無い。
父親の言う通りララーシャは愛嬌がある大変可愛らしい姉だ。庶子であるわたしにも分け隔てなく優しさを向けられる、父親と同じ血が通ってるとは思えないほどの人格者だ。
ただしわたしに姉の真似ができるかは別である。
「必ず陛下を仕留めてこい」
この言葉は決して比喩では無い。
「承知しましたご主人様」
主人から下された国王陛下暗殺の命令だ。
名前を呼ばれるまでに視界が黒く染まることが四回あった。
それを暗転とすると、暗転が起きるとほんの僅かに世界のブレがあるように感じられた。その度に何かが変わったのかもしれないと、言語化出来ないが何かが起きていると漠然にそう思えるものがあった。
暫くしてわたしの名前が呼ばれた。現在国王陛下の側近候補者として励んでいるニコラス・ジェイ・シェイヴァーの案内のもと人気のない廊下を進む。
わたしの前に何人もの令嬢が案内されたが誰一人すれ違わないことから帰りは別ルートが用意されてるのだろう。無駄に広さがあるのは流石王城の一角というべきか。
令嬢らしくない行動は慎みつつ相手に気取られない程度に周囲を確認する。
(警備が薄い?)
一国の主である国王を護るために王家お抱えの影が居ると思っていたが今のところ確認出来ない。
どちらかと言うと目の前を歩くシェイヴァー公爵家の令息についている公爵家の影が目につくくらいで。
(どういうことだ?)
簡単ではない任務であることは百も承知ではあったが初めて当たる不気味な状況に不安が募る。
「こちらです。この扉の向こうは陛下のみ居ます。扉を閉めると中も外も音が遮断されます」
「お待ちください。それは未婚である者がそのような閉鎖空間に二人きりということですよね?それは問題あるのではありませんか?」
「おや、珍しいですね。貴女のように私に確認してきたのは三人目ですよ」
「でしたら…」
「こちらの答えとしては特に問題ありません。陛下が気に入るかどうか。それだけが確認出来ればいいのです。例え中で何があろうとも、この閉鎖空間は陛下が設けた条件です」
ますます怪しい。遠目から見て隙がなかった相手だ。警戒を上げて挑まなければ返り討ちに合う可能性が高い。
「すでに前のご令嬢が退出されてます。貴女が最後ですので後のことは気にせずゆっくりしていって下さい」
心の準備をする間もなく扉は開かれる。
窓一つ無い圧迫感のあるその部屋の真ん中に陛下は居た。
(ーーーは?どういうことだ?)
少し前まで一つも隙のない人だった。
「初めましてグラットン子爵家のジェナ嬢。緊張するなと言うのは無理な話だろうが俺の前にある椅子に座ってお互い有意義な話をしようではないか」
目は変わらずに温度を感じさせない。
だけど今はどこからでも殺せるほど隙があり過ぎていた。
部屋の扉が閉まってから少しして勧められた椅子に座ると陛下は笑みを浮かべた。
「紅茶は好きか?それとも君はコーヒー派かな?」
「家でよく飲むのは紅茶ですが、好みの話であればわたしはコーヒーです」
「ジェナ嬢はコーヒー派か。俺もそう。よく飲むのは紅茶で好きなのはコーヒーだ。うん、いいね」
何がいいのか分からないけど少し機嫌が良くなった陛下と目が合ったので嬉しい気持ちを笑顔に乗せて返す。どうも向こうのペースが掴めない。
不快に思われず視線が合わないよう真正面から陛下を観察する。近くで見るとより彼の造形美が分かる。これでいて婚約者も妃も居ないというのだから世の中というのは分からないものだ。
「好きな料理はなんだ?」
「好きな料理、ですか」
パチリと陛下と視線が合い恥ずかしいと感情を表に出しながら目線を外して考える。
「わたしはシェフが作ってくれるシチューが好きですね」
出来立てのパンがあれば尚良しと脳内で付け加える。シチューは冷めてても美味しいからというのも理由のひとつだ。
ほんの少しだけ脳裏に過った幼少期の記憶は見て見ぬ振りをした。
「…そうか。今日のパーティーには無かっただろう。悪いことしたな」
「とんでもありません!むしろとても美味しい料理ばかりで思わず手が止まらなくて…っと、す、すみません!」
素で答えてしまっていたが美味しいに罪はない。勢いのまましっかりと堪能したことを告げれば陛下は声をあげて笑い始めた。
「はははっこれまで来た令嬢は皆緊張して食事が喉を通らなかったと…そうか、君はしっかり食べたのかっ」
「その……はい、大変美味しゅうございました」
「くくっそれは良かった」
羞恥心に震えながらも頷けば更に笑いが止まらない陛下。このまま笑い過ぎて死ぬのではないかと言うくらい笑っている。
だいぶ笑ってから落ち着いてきたのか涙を指で拭い立ち上がるとこちらへ背を向けた。
「ジェナ嬢はコーヒーが好きだと言ったな。ちょうど良い、俺のオススメを淹れてーー」
音を立てずに忍び寄り隠し持っていたナイフで首を切った。
声を出す間も無く上手く事切れたのか血を吐きながら倒れた彼の目は不思議と驚いていなかった。反対側の綺麗な首筋に指を当て脈をみて死亡を確認する。
呆気なく終わったことに拍子抜けしつつどうやって脱出しようかと考えてーーー暗転
パッと視界が戻ったと思ったら既視感のある場面。目の前には背を向けてる殺したはずの陛下の姿。
(なにが、起きて…)
「俺のオススメを淹れてーー」
動揺はある。だけどわたしがすべき事は変わらないため先ほどと同じように背後に忍び寄ってナイフを突き刺した。
「っぶな」
だけどギリギリのところでナイフは避けられた。
必然と振り返った陛下と目が合いわたしに手を伸ばしてくるが、そのまま真正面から陛下の喉を切って命を絶った。
「一体どうして…」
もう一度脈を確認するも結果は同じ。ただ今回は返り血を浴びてしまった故に脱出の難易度は跳ね上がった。
どうしようかと考えてーーー暗転
「ちょうど良い、俺のオススメを淹れてーー」
また再現。
動揺は顔に出てないけれど三度目だ。このカラクリは一体なんだというのか。
同じように背後からの攻撃は避けられ、次は喉を警戒された。ならばと足を払いバランスを崩したところで心臓をひと突き。
暗転
「ーー好きだと言ったな。ちょうど良い、俺のオススメを淹れてーー」
四度目、次は足も警戒された。
徐々に慣れてきている陛下に疑問は尽きない。爛々と輝く瞳はどこか愉しんでいるようにも見えてゾッとする。
それでも隙はあり過ぎてるのは何故か。
今度は顎を下から殴りあげたその隙に心臓を突いた。
暗転
五度目、首を折った、暗転
六度目、窒息させた、暗転
七度目ーーー暗転
八度目ーーー暗転
九度目ーーー暗転
何度も何度も繰り返した。
重ねるごとに適応してくる目の前の男に非現実的だけど一つの可能性が浮かびあがってくる。
否定できるだけの情報よりも肯定できる情報が多い。
十度目、わたしは……
「ジェナ嬢はコーヒーが好きだと言ったな。ちょうど良い、俺のオススメを淹れてーー」
同じタイミングで同じように動いたのは陛下のみだった。
「え」
振り返った陛下は何もない事に驚いて声を溢していた。
そう、わたしは何もしなかった。ただ不思議そうに陛下を見上げて首を傾げる。
「どうされましたか陛下」
心臓がはち切れそうなほど脈打っているけども平常心を心掛けて無害を演じる。
(陛下が驚いたことでわたしに殺された記憶があるのは確かだろうけど、少なくとも今のわたしは何もしていない。このまま何事もなく退出までただの子爵令嬢で逃げれば勝ちだ)
暗殺失敗で帰れば父親に折檻を受ける可能性は高い。だけどこれはどうやっても勝てない勝負だ。
(何度も命を狙われても死を回避するのは経験を積んでいるから。そんなカラクリがあれば生き残れるでしょうよ)
死が許されない存在であるならば何をしても無駄だ。
「陛下、体調が優れないですか?」
違うことに気付いてからずっと下を向いている陛下に表面だけの言葉を投げかける。
ここからどうやって出ようかと考えつつも陛下から視線を外さずにいたら、不意に顔を上げた陛下と目が合った。
(まずい!!)
隙だらけだった筈の陛下に一切の隙が無くなっていた。それもまた不思議なものの一つであったが、それ以上にわたしの中での警戒が跳ね上がり反射的に扉へと駆け出していた。
けれど男女の差と言うべきか距離は詰められ扉と陛下に挟まれる形で身動きが取れない状態へ陥ってしまっていた。目の前は扉、背後には陛下。非常に危険な状態だ。
「俺が今からする質問に答えろ。拒否権はない」
上から落ちてくる至近距離から浴びせられる冷ややかな声。
「お前、覚えているな」
確信を持った質問ですらない問いにギュッと心臓を掴まれたような感覚に陥る。少し男は動いたのか僅かな身動きすら耳に残る。
「聞こえているだろう。お前は覚えている、そうだろ?」
主語のない問いだけど主語が分かる問い。サラリと陛下の髪がわたしの顔にかかる。かなり近くに顔を寄せられているみたいだ。
「ジェナ・グラットン、答えろ」
今度は耳の近くで問いかけてきた。背筋が凍る程にゾワゾワする。熱、息遣い、音、その全てが自分の近くで存在する事が何よりの恐怖だ。
こんなこと今まで無かった。どうすればいいのか対処法を習っておけば良かったと後悔するが、そもそも死ねない絶対条件の相手取る事は人生において有り得ない事だろう。
(無いのか?本当に?)
わたしと同じように記憶があれば必ず何かしら成し得る可能性は限りなく低いが決してゼロでは無いはずだ。でもその前提が違っていたらどうだ。
(この男が頑なに質問してくるのも理由がある?)
「答えないなら無理矢理でも答えさせるが…そもそも俺の声が聞こえているのか?」
パーティーが起きてから何度もあった暗転はその都度やり直していた事になるのでは無いか。
数回で終わったのはパターンを覚えて適応した事で未遂で終わらせたからで。
「そうか顔が見えないから話が出来ないんだな。残念だ。ならもう一度やり直すか」
「……ぇ」
暗転
「そう言うわけで聞かせてもらおうかジェナ嬢」
今度は椅子に座ったまま真正面から詰め寄られているわたしです。
「絶対覚えているよな。でなければお前最後小さく驚いてないもんな。ぇって可愛い声で言ってたもんな」
「わたしの声が可愛いとは陛下の耳は可笑しいのではありませんか?」
「言うことおいて指摘はそこかぁ?」
理解不能な生物を前にしているかのようなどこかフランクさが出てきた陛下。むしろわたしからしてみれば陛下の方が理解不能だ。
「はぁ…今回も返事が聞けないなら言いたくなるまでやり直すわ」
そう言いながら見せつけるかのように内ポケットから折りたたみナイフを取り出す。初動は早く目の前で血が散ったーーー暗転
「さぁてちゃきちゃき行こうか」
同じように椅子に拘束されてるわたしは目の前で笑う男に恐怖した。
(この男は自分が望む答えが返ってくるまで何度でも無駄に死ぬ。死を恐れてない狂ってる人間だ…)
「で、俺的には記憶を持ち越してると確信してんだけどそこんとこどうよ?」
どんどん口調が気さくになってくる男の目にはいつでも死ぬぞという思考がチラついてる。こういう人間を相手にするには考える時間が圧倒的に足りなかった。
「わたしの答えを聞いて何を望むのですか」
事実上の敗北。両手をあげて真っ直ぐ見据えれば目をまん丸くして驚く男の姿が見えた。
それがわたしの言葉を徐々に飲み込めてきたのか嬉しそうに顔を綻ばせて初めて見る笑顔を向けた。
「記憶が共有できる相手を欲していた!一生現れねぇとも思ってた運命共同体!ジェナ・グラットン、お前を俺の王妃にする!」
「は、はぁ!?!?」
「拒否権はない!」
「なんっで殺した、いや殺そうとした相手を妻にする奴がいるんですか!?」
「ここにいるだろ?」
「居ますが、目の前に居ますけども、理解できないんですってば」
相手がこの国で一番偉い人であろうとも知ったことではない。取り繕えず変な言葉遣いになってるけどもこの場においては仕方ないだろう。
「簡単な話だ。まず俺の近くにいて少しでも殺されない自衛できる王妃が必要だった。今までいた婚約者や両親も結果的に俺に巻き込まれて死んだからな。流石に王になってからは俺も妃不在が長く続くのはどうかと思って今回臣下達の計画に乗ったんだわ。良い感じの王妃がいればなぁって思ってたら今回の中で一番強い女の暗殺者がいて尚かつ記憶が持ち越しできてるってなれば全力で囲いに行くのは当然だろ?」
「意外と理由はしっかりしてた」
「お前は俺をなんだと思ってたんだ」
スンッと表情が抜け落ちる。案外表情豊かなんだなと現実逃避しつつ、いまだに緊張している自分を落ち着かせるよう深呼吸をした。
「あ、そうだ。確認するからジッとしてろよ」
「他になんの確認があるんですか…」
「お前の体」
「は?」
何度思考が固まったことだろうか。この一瞬がこの男相手には命取りだというのに、気付いたらドレスに手がかけられていた。
「弁償はする。むしろコレよりも良いやつをプレゼントする。お前は嫌な感じはしないが、お前をグラットン子爵から引き離しておきたい。その材料が必要だ」
なるほどと納得するもドレスを破くのは別であり早計だ。抵抗を試みようとするもやはりこの男は見た目よりも力が強い。
「ほんっとさっきまでの隙の多さはどこにいったんだよっ」
「それについてはお前が期待以上の働きをしてくれたらいつかポロっと話すかもな」
「あっ!」
ビリィッと破かれたドレスの下から見えた素肌には打撲痕や火傷、擦傷から切傷が多くあり、むしろ綺麗な場所を探す方が難しい。普通の令嬢には無いそれらを隠すために作られた露出の低いドレスは今はただの布切れとなった。
「見て気分の良いものでないでしょう、早く隠すものください」
溜め息吐いて見られたものはしょうがないと体を隠せる布を要求する。
何かを言いたいんだろう。何度か言葉にしようとしたのをやめて男は自身が身に纏っていたマントを脱いで渡してきた。
受け取って羽織ってみる。袖を通す前から気づいてはいたがかなり大きい。身長差があるのは分かっていたがそれでも布が余って五分の一ほど床についていた。
「うわ、良い香りするのがなんか嫌だわ」
「俺が言えたことじゃないけどお前口悪いな」
「ほんと人の事言えないですね」
変に吹っ切れてしまったのか今更令嬢モードを取り繕う気にもなれずほぼ素に近い話し方になっていた。
言葉遣いで不敬罪が適用されるなら、むしろ暗殺未遂の方がよほど大きいだろう。敗北者の開き直りである。
「ひとまずこの怪我の多さを理由にグラットン子爵家からの離籍からの保護と併せて俺の一目惚れということで王妃宣言をするか」
「後半を無しにすることは?」
「むしろ今回のパーティーのメインだが?」
言われてそうだったと気付く。わたしにとって今日は国王の最期の日になるはずだったから王妃選定は頭から抜けていた。
「でも何故一目惚れと」
「その方が周りが勝手にしてくれる。俺の人生の中で選んできた少数精鋭の臣下達が俺のために動いてくれる」
含みある言葉の裏にはきっと男にだけにしか残ってない記憶があることだろう。同時に選ばれなかった人達も存在するわけで。
(これは奇怪な人生に巻き込まれたな)
どの道わたしに逃げ場はなかった。
父親が暗殺計画を持ってきた時点で詰んでいたのだ。
何故自分が記憶の持ち越しが出来るのかは不明だが、これからわたしの人生が大きく変わるのは間違いない。
マントごと抱き上げられ男と顔が近くなる。つくづく美という言葉が似合う男だ。
「これからよろしく頼む妃殿」
「適度に自衛しますよ旦那様」
「公の場では陛下だからな」
「一応それくらいの分別はついてますが?」
「それならいい。では行こうか」
そして王妃宣言から王城で保護され暗殺稼業を強制的に洗って暫くしてわたしは気付く。
「陛下の命狙われすぎでは!?」
「俺の妻が頼もしい限りだ」
記憶を持ち越す事ができるわたしは必然と陛下を守らなければならないことに。その数の多さに。
これは暗殺を生業にしていた形だけの令嬢が生と死に愛された王に見初められて妃になる二人の出会い物語である。