第55話「ヤマトさんは時々嘘つきだけど、嘘の理由が正しいから信頼できる人だと思う」
「まぁ、そうだな」
もうこれは習性みたいなものだから仕方ない。
「残念ながらそれは私には通じないから。いろいろとヤマトさんのテクニックを知っちゃっているもの」
「だけど――」
「だけど、心配していないわけでもないのよね?」
反論しようとした俺の言葉に重ねるようにマリーベルは言うと、してやったりといったように小悪魔っぽく笑う。
「それもお見通しか」
「いろんなヤマトさんを見てきたからね。今日だって無理やり難癖を付けてかばってくれて、決闘の結果を先延ばしにもしてもらったし。ヤマトさんは時々嘘つきだけど、嘘の理由が正しいから信頼できる人だと思う――ミューレさんの次くらいに」
「おおっと? それはなかなかの高評価だな?」
マリーベルが苦しい時代の自分を支えてくれたミューレを慕っているのは、周知の事実だ。
そのミューレの次ってことだからな。
「だから私が全力で戦えるようにできるなら、して欲しい。私はアリッサに負けたくない。アリッサに負けたら、私を見捨てたローゼンベルクに負けることになっちゃうから。それは嫌」
「それも分かっているさ。俺も全力で対処法を考える。だからマリーベルも一緒に頑張ろう。バーニング・ライガーとのデュエルまでもう数日しかないが、なんとか全力を出すことへの恐怖心を取り払うんだ」
「うん」
こうして俺はマリーベルのデュエル・アナリストとして正式に行動することになった。
◇
その後、今さらになって起きてきたミューレに事の次第を話した。
(もちろん昨日も夜遅くまで仕事をしていたので、責められはしない)
「そうか、大変だったね」
ミューレはそれだけ言うとマリーベルを優しく抱きしめた。
抱きしめながら背中をゆっくりとさする。
その姿はまるで本当の母娘のように、俺の目には映った。
ミューレに抱かれながらマリーベルは肩を震わせていた。
気丈に振る舞っていてもまだまだ多感なお年頃だ。
泣いているんだろうと察しを付けた俺は、そっとその場を後にした。
俺がいたら、声を出して泣くこともできないだろうから――。
◇
その日の夜。
俺はミューレの部屋に話をしに行った。
「俺が付いていながらこんなことになってしまって悪い。決闘は何がなんでも止めないといけなかった」
何はともあれ、今日の失態を謝罪する。
「急だったんだろう? いきなりアリッサがやってきて決闘になって、マリーベルまで乗り気だったのなら仕方ないさ。私がいても止められなかっただろうから、ヤマトが気に止む必要はないよ」
「そう言ってくれると、少しは気も楽になるかな」
「それにね」
「ん?」
「私はマリーベルがローゼンベルク家と和解することは、悪いことじゃないと思っているんだ。ローゼンベルク家は決してマリーベルを見捨てたわけじゃない。ただ少し、いろいろなタイミングが悪かっただけで」
「そうだな。和解すること自体は俺も悪いことじゃないと思う」
「だけどそれと同時に、見捨てられたと感じたマリーベルの気持ちも痛いほどに分かるんだ。かつての私も、同じように思ったからね。ファンもスポンサーも何もかも、みんないなくなってしまった。本当に辛かったよ」
「マリーベルの気持ちを本当の意味で分かってあげられるのは、きっと同じ境遇を経験したミューレだけなんだろうな」
裏方の俺は頭では理解はできても、実感として想いを共有してあげることは絶対にできない。
「だからマリーベルが勝って気持ちよく和解してくれたら、私としては言うことがないんだ。ある意味これはそのチャンスとも言えるだろう?」
「ポジティブ・シンキングだな。そういうのは嫌いじゃないぜ」
「マリーベルは勝てるかな? 誰もが認める最強のアリッサ・カガヤ・ローゼンベルクに」
「勝つしかないんだから、勝つしかないだろ?」
「ふふっ、なかなか悪くないトートロジーだね。期待している――と、さすがにそこまで君に押し付けるわけにはいかないが、よい結果が得られることを祈っているよ」
一人立ちしかけの娘を思う母親のような優しい笑みを、ミューレが浮かべた。




