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ねこはどこだ?  作者: nasuda
9/12

八 猫に会いに

猫騒ぎはひとまず落ち着いた。しかし、犯人の目的すら検討も出来ない。

明希達は犯人に迫れるのか?

 それから二日かけて、あたしがまとめたデータから意外な事実が浮かび上がった。

 刑事課のデスクで、あたしから報告を受けた明希はその内容に困惑していた。

「明白すぎる」

「混乱してましたから……」

 完全にヨレヨレになったあたしは、デスクに突っ伏しながら答えた。

「それに、人に戻った報告も足りてなかったですし」

「それは、そうだが」

 見なくても、明希が苦虫を噛み潰した様な顔をしているのがわかる。

「どうします? まだ時間はありますよ?」

「しかし、た……関根君、大丈夫かい?」

 あたしは、ヨロヨロと顔を上がるとサムズアップして見せた。

「バッチリです」

「……わかった」

 あたしの答えに明希は、渋々ながらうなづいた。

「この被害者に連絡を取ってくれ、今から会えるか……。いや、私が電話するから、君は少し休みたまえ」

 明希は有無を言わせずそう言うと、被害者宅に連絡を入れた。

 優しいなあ。

 あたしは署に備え付けのコーヒーサーバから二人分のコーヒを淹れると、自席に戻ってゆっくりと飲む。

 横では明希が、被害者と連絡を取っている。見ている感じ、感触は良さそうだ。

「すぐに会えるそうだ」

 電話が終わって、あたしからコーヒーを受け取ると、明希はそう言った。

「先方はどうでした?」

「やはりまだ猫のままだ、対応したのは親族の方だった」

「じゃあ、コーヒー飲んだらすぐ行きましょう。確か、住所は郊外の方だったはずですよ」

 時計を見ると、夕方までまだ少し時間がある。とは言え、あまり遅くに行くのは被害者の方も困るだろう。

「そうだな」

 明希もそう言って頷くと、コーヒーを飲み干した。

「猫に会いに行こう」

 その答えに、あたしもマグカップを置くと立ち上がった。

 駐車場に向かう途中、署内を見渡すと平穏無事な様子だ。数日前は猫で溢れ返っていた、同じ場所とは思えない。

「事件は、終わったのかもしれない」

 車に乗り込むと、明希がポツリといった。

「どういう事?」

「犯人は目的を果たしたか、もう猫は不要になったのさ」

 いつもの皮肉な笑顔で、明希はいった。

「あとは犯人を逮捕するだけだ、そうすれば事件は完全に終わる」

「ほんっとに、とっちめてやんないと、気が済まない!」

 あたしのハンドルを握る手にも、力が入る。

 あたしの明希を猫にして、絶対に許さないんだから。

 幹線道路しばらく走ると、田園風景が広がって来た。もう三十分ほど走らせると、山林の近くに作られたニュータウンに入る。

 今回の目的地は、ニュータウンより手前にある農家だった。

 大きめの門扉を抜けて、トラクターなんかが入っている大きな納屋の前に車を止める。

「ここ、車停めていいの? なんか出す時邪魔になんない?」

「猫になったのは、ここのご主人だ。大体もう夕方だから農作業には出ないさ」

 あたしの疑問に、明希は明快に答えた。

「なるほど」

 あたしはパーキングブレーキを入れると、エンジンを切った。

 車を降りて玄関に向かうと、中年の女性があたしたちを迎えてくれた。

「刑事課の関根です」

「楡松です」

 あたし達は、警察手帳を出して自己紹介する。

高崎たかさきの妻です、車の音がしましたのでいらしたんだと思いまして」

 中年の女性、高崎夫人はそういって頭を下げた。

「すみません、急にお伺いして」

「いえいえ、どうぞお上がりください」

 あたしは、恐縮しながら高崎家にお邪魔する。家の中からは、子供の頃に田舎に行った時に嗅いだ懐かしい匂いがした。

「どうぞ、こちらに」

 床の間らしい部屋には、猫が二匹。長方形の大きな座卓の横に置かれた座布団に、座っていた。

「どうも高崎信吾(しんご)です」

「妹の松本善子まつもと よしこです」

 虎猫がお兄さんで、三毛猫が妹の善子さんと名乗った。

「刑事課の関根です」

「同じく楡松です」

 今度は名刺を出して、猫の前に置く。にゅーっと背伸びして二匹はそれぞれ名刺を覗き込んだ。

「楡松警部さん?」

「楡松で結構です」

 高崎氏は、明希をしげしげと眺めた。

「失礼、どうも猫になってから、こうじっくり眺める癖がついて」

「わかります」

 明希が重々しくうなずいた。さすが、経験者は理解が早い。

「お茶お持ちしました」

 高崎夫人がお茶と、水の入ったボウルを持って登場した。

 あたし達にはお茶が、猫にはボウルが供された。なかなか気遣いが出来る人のようだ。

 高崎夫人は、雪だるまみたいなふくよかなシルエットの上に、頭の上にお団子を結っていてそれがまた雪だるま味を強くしていた。

 高崎夫人は花柄のワンピースを翻すと、どっかりと下座に座った。

 これで関係者が揃ったようだ。

「松本さんには、ご足労頂いて恐縮です」

「いえいえ、猫になってからあまり外に出られないので退屈していたところですし」

 松本さんも、捜査協力には抵抗はないようだ。

「簡単に、猫になった時の状況を聞かせて頂けますか?」

 何度も聞かれたであろう質問に、高崎兄妹は嫌がらずに目を覚ましたら猫になっていた事や、前日の行動を答えてくれた。

 しかし、結婚して家を離れた妹と農家の兄では、一日の行動がまるっきり違って、共通点を見出す事が出来なかった。

「ここ最近、恨まれるような事は?」

「心当たりは……」

「私も……」

 猫の姿を見る限り、人に恨まれる事もなさそうな二人だ。勢い込んでやって来たものの、これは見込み違いかな? そう思い始めた時だった。

「困っている事は? 今、困っている事は無いですか?」

 あたしはふと、『困ってなけれなば助けを呼ばない』と明希にいわれた事を思い出した。

「困っている事ですか……」

 猫から困惑した返事が返って来た。そりゃ猫になってる事が一番の困り事だろうから、いきなりこう言われても困るか。

「例えば、仕事で話が進まなくなったとか、止まってる商談があるとか、そういった事はありませんか?」

 明希が助け舟を出すように、付け加えてくれた。

「仕事は……農家ですし……」

 それでも、高崎氏に思い当たる節はないようだ。

「兄さん、山の話は?」

 三毛の松本氏が思い出したようにいった。

「ああ、母さんの山か……あれは確かに話が止まった様なものだな」

「山ですか?」

 意外な答えに、今度はあたし達が困惑した。

「ええ、一年前に母が亡くなりまして、山を——と言っても丘の様なものですが二人で相続しまして」

「その、相続で揉めているとか……」

 莫大な遺産! と言う文字があたしの脳裏に浮かんだ。

「いえいえ、兄妹が二人しかいませんので、大体半分にして相続しているんですが、それが売ってくれと言われていまして」

「売る?」

「あ、少し待ってってください、お父さん地図持って来ますね」

 高崎夫人が気を利かせて、立ち上がった。

「市の方で道路を通すので、売ってくれといわれていましてね」

 夫人の後ろ姿を見ながら、高崎氏が続けた。

「まあ、二束三文なんで大したことにはならないんですがね」

 そう言うと、高崎氏はぴちゃぴちゃとボウルから水を飲んだ。

「あたしは嫌よ兄さん、美津子みつこさんもエッちゃんも反対してるじゃない」

「俺だって売る気はないよ、でも役人がしつこくて」

 そう松本氏に言った後、高崎氏はあたし達も役人だった事に気がついて気まずそうにボウルを舐めた。

「あ、お気になさらず。ところで美津子さんとは?」

「美津子はうちの妻です、それと江津子えつこは娘です。今は高校生です」

 江津子だからエッちゃんか。

「これですよ、これ」

 美津子さんが、地図を持って現れた。

「失礼」

 明希と地図を覗き込む。地図に書き込まれた計画を見ると市街地からニュータウンを抜けて、隣の市に繋がる新道の様だ。計画を示す赤い線がど真ん中を通っている山が、高崎家の山らしい。

 『おばあちゃんの山!』と子供っぽい字で書き込みがある。

 どうやら江津子さんの字のようだ。

「特に何がある山でもないのですが、母が生前大事にしていた物ですから」

 高崎氏も地図を覗きこんだ。

「私も売りたくなくはないんですが、何せ市役所の人がしつこくて。母が、生前のうちに売却を承諾していたといって何回も来るんですよ」

 高崎氏の声には、嘘偽りなくの無い『うんんざり』している響きがあった。

「奥さんと娘さんも、反対されているんですよね?」

 明希は美津子さんに確認した。

「え、ええ。義母が生前大事にしていた山ですし、年に何回かは手入れをしてましたから」

「そうなんですか」

 山の手入れとは、何をするのか? あたしには何だか分からなかったが、大事にしていたのは伝わってきた。

「そうなんですよ、最近は人を雇ってましたけど。もう歳でしたから。ほら草刈りだけじゃなくて、木を切ったりしますし」

 確かに老婆がチェンソーか何かで木を切り倒している姿は、想像しにくい。いや、最近まではやっていたのか。

「あたしもね、おばあちゃんの手伝いで山に入ったりしてたんですよ」

 美津子さんがチェンソーで木を切り倒している姿は、容易に想像できる。

「そうすると、奥さんも山には愛着が?」

 明希が脱線しかけた話を、軌道修正した。

「ええ、あたしも娘もおばあちゃんと一緒に山に行ってますから。娘の方が子供の頃から行っているんで愛着が強いですよ」

 家族そろって、売る気がないようだ。

「俺も売る気ありませんよ。何度も言って申し訳ないですが。それに、何せ猫になってしまったので手続きが出来なくて。どっちにしても売れないんですよ」

 高崎氏が、右前脚を上げながらいった。

 お手上げという事のようだ。

「あたしも売る気はないですよ、それにあたしも猫ですし」

 松本氏も付け加えた。

「ですので、確かに話が進まなくはなっていますが、困ってはいないんですよ」

 高崎氏は、そう締め括った。

「なるほど」

 それは確かに猫になった事で、困ってはいない。役人の訪問を、断る口実にはなるけど。

 役人の方は困るかもしれないけど、どっちにしろ高崎家では売らないつもりだし、状況的にはあまり変わらない。

 今回もハズレかな? あたしは、そっと明希を見た。明希はいつもの聞き込みの通り、表には感情を出していなかった。

「役所の担当者の名刺か何か頂けますか?」

 明希の求めに、美津子さんが役人の名刺を出して来てくれた。

「こちらはお預かりしても?」

「ええ、どうぞうぞ」

「ありがとうございます」

 明希はお礼を言うと、あたしに名刺を預けた。

「それでは、失礼します」

 外まで見送りますと言う美津子さんの申し出を断り、あたし達は高崎家を後にした。

「とりあえず、一回署に戻って報告だ。役所には明日行こう」

 すでに日は落ち、あたりは暗くなっている。

 これから役所に向かっても、話を聞けるか微妙なところだ。

 ここは明希のいう通りにした方がかしこい。

 もうクタクタだし。

「了解です」

「それと、環、車のキー渡してくれ」

 明希の唐突な申し出に、あたしは驚いた。

「いや、でも、運転ぐらいなら」

「ダメだ、君は助手席で休みなさい」

 ひったくるようにあたしからキーを受け取ると、明希はさっさと運転席に座った。

「ありがとう」

 あたしは助手席に座りながら、明希に言った。

「今日は帰って寝る、夕食は食べていく。いいね」

「うん」

 そう答えると、あたしはトロトロと眠りに落ちた。

次回は12/27水曜日の8時更新予定です。

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