四 猫が消えた
刑事で上司で恋人の楡松明希警部が猫になってしまった、突然の事に嘆き悲しむ関根環巡査部長。果たして明希は人に戻れるのか?
四 猫が消えた
「概ね二、三日長くても四日」
翌日の捜査会議で、人に戻った『元猫』達の証言を総合した結果、本部が下した結論だ。
「個体差、と言うか必ずしもそうなるとは言い切れないが、多くとも一週間以内には人に戻るようだ」
捜査本部長を兼ねる署長が、納得していない顔でいった。
「犯人の目的がまるでわからない」
ちなみに、明希はまだ猫のままだ。
ぶすっとした顔で、机の上に座っている。
「その、何か自然現象とか、トラップ的なものが動いたみたいな事はないですかね?」
捜査員の一人が、そう発言した。
あまりに動機が見えない事件なので、災害とか何かにしたい。というのは、あたしも同じだ。
「被害者の住所や職業に共通性がない以上、ランダムにターゲットが選ばれている……ように見えるが」
「例えば、こう食べた食品とかに含まれる成分とか呪いとか」
全くの五里霧中なせいか、会議の発言も迷走ぎみになっていった。
せめて共通点が浮かび上がれば、もう少し的を絞った議論になったかもしれない。ここまでバラバラだと、さっぱりどうしょうもない。
「警部はどう思います?」
「食品は無いだろ、同じ食事をとっている家族は無事だ」
モサモサと尻尾を振りながら、明希は答えた。
「個人差が出るのもなあ、単なる個人の体質の問題なのか、時間差が出るように故意に行なっているのか」
そういいながら、明希はあくびをする。
「この体、やけに眠くなる」
「猫ですから」
あたしにそう言われて、気分を悪くしたのか明希は不機嫌そうに私を見上げた。
「ちょっと寝る、念のため地域的な偏りがないか再確認してくれ」
明希はそう言うと、丸くなって寝てしまった。
猫になっても明希はかわいい。
とはいえ、人でいてくれた方がいい。何より、寿命の心配をしなくてもすむ。
とりあえずは、個人差があるとはいえ人に戻れそうだというのは朗報だ。
「わかりました、警部」
あたしは、静かに彼女を撫でた。
「もふもふだ」
人の時はショートヘアだった彼女が、どういうことか長毛種の猫になっていた。意外とその方が似合っていて、あたしは寝ている間も彼女のもふもふの毛皮をなでて楽しんだ。
「もふもふ、もふもふ」
気がついたら声が出ていた。
ゆっくりと頭を上げると、周囲の視線があたしに注がれていた。
「……猫ですから……」
あたしは言い訳ならない言い訳をして、そっと手を離した。
課長の視線が痛い。
会議は、聞き込みを強化して、共通点を探る事を方針として確認して終わった。
あたしは、明希をそっと持ち上げると刑事課の彼女のデスクの上に乗せた。
「むにゃむにゃ」
明希はぴちゃぴちゃ舌を出しながら、熟睡していた。
「どんな夢を見ているやら」
あたしはそんな明希を横目に、命じられた通り、被害者の住所を地図にプロットしていった。
人口密集地に被害者多い、地図のプロットからもその傾向は見て取れた。これを勤務地にしても、オフィス街や工業団地、商業地域に被害者が多いという似たような傾向が見られるだけだった。
「うーん」
カチャカチャとパソコンにデータを打ち込みながら、あたしはうなった。
「苦戦してる?」
気がつくと、目を覚ました明希があたしの肩に前脚を置いていた。
そのまま、ぐぐっと伸びるとモニターに目を向ける。
「まあ、想像通りか」
「警部、服に爪立てるのやめてください」
「すまん、なんかこう、出るんだ」
珍しく、素直に明希は謝ると改めてモニターに向かった。
「少しは期待したが、甘かったな」
「すみません」
落胆の色を隠さない黒猫に、あたしは誤った。
「君がのせいじゃない、私の見通しの甘さだ」
どう言うわけか、今日の明希は素直だ。
「犯行が集中している地域がないなら、逆に空白地域がないかと思ったが」
「空白地帯?」
「そう、誰も猫になっていない地域。猫が目眩しだとしたら、逆に何も起きてない地域があるかもしれない……と思ったが」
流石の明希も、気落ちしたように見えた。
何かを考えるように、前脚の爪を噛んだ。
しばらく爪やら肉球をぺろぺろ舐めていたが、軽く首を振ると言った。
「情報が足りなすぎる」
そう言うと、ぴょんと床に降りた。
「帰ろう」
「帰る? 帰ります?」
突然の提案に、あたしは戸惑った。
確かに退勤時間は過ぎてるし、帰って問題はないけどさ。
「時間が解決する事もある、もしかしたら時間がたてば見方を変えられるかもしれない」
明希は、すたすたと刑事課のドアに向かった。
あたしは挨拶もそこそこに、リード片手にその後を追った。
もう、一人で外でないでってあれほど言ったのに!
次回は12/18月曜日の8時更新予定です