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ねこはどこだ?  作者: nasuda
11/12

十 猫の集会

猫騒ぎはひとまず落ち着いた。しかし、犯人の目的すら検討も出来ない。

明希達は犯人に迫れるのか?

「少し待ってくれないか?」

 深夜十一時、高崎家の山に入って少しすると、明希が小声であたしを引き留めた。

「環、もう少しゆっくり行けないか?」

「行けるけど、明希こそなんでそんな格好なの?」

 靴こそスニーカーだが、いつも通りのスーツ姿で山に入ろうとしている明希をあたしは見下ろした。

「環こそ、その格好は何だ?」

 あたしはトレッキングシューズと、長袖のシャツにズボン。それにオレンジ色のアノラックを身につけていた。

「だって低くても山じゃん、ちゃんとしないと危ないし」

「いや、その靴から一式をどうしたんだ?」

「一回帰った」

 あたしの答えに明希は、口をパクパクさせると頭を振った。

「なんで私に声をかけなかった?」

「だって、明希、アウトドアのウェアなんか持ってないじゃん」

「うう」

 明希は頭を抱えた。

「ほら引っ張ってあげるから」

「服が破れる」

「今度、アウトドアショップ一緒に行こうよ」

 文句を言う明希を引っ張りながら、あたしはいった。

「たまには動かないと」

「考えておく」

 明希は憮然とした顔で答えた。

 こうしてあたし達は、暗い木々の中を慎重に進んだ。ありがたいことに、この日は満月だったので足元は何とか見えたが、それでも暗い山道は危ない。

「本当に灯りはつけない方がいいの?」

 あたしは、囁き声で明希に聞いた。

「ダメだ、犯人に見られると警戒されるかもしれない」

 心配しすぎじゃないかな? あたしはそう思いながら、慎重に歩みを進める。明希を引っ張りながらなので、気をつけないと二人揃って転ぶ危険がある。

「所で、背中に背負ってるのは何だ?」

「一応捕物だから、私物だけど持って来た」

「なるほど」

 あたしの適当な答えに、明希は納得したようだ。

「もうすぐだ」

 明希は、スマホの地図を見て目的地を確認する。

 その言葉通り、ぽっかりと広場じみた空き地が見えてきた。

 さすが、聞いた通り手入れが行き届いた山だけあって、比較的楽に山頂近くにたどり着いた。

「ここに隠れよう」

 山頂近くにある藪に、二人で隠れる。月明かりで空き地の様子はよく見える。あたしは、蓄光式のアウトドアウォッチに目を向ける。

 十一時五十分。

 あと十分で十二時というところで、人影が空き地に現れた。

 月明では顔がよく見ないが、頭にお団子を結った女性のようだ。しかも、この山中をどうやって来たのか、ヒラヒラとした服を着ている。

「向こうに回り込む、私が合図したら出て来てくれ」

 明希はそう囁くと、猫じみた動きで静かに動いた。

 その間、件の人影は蝋燭を立てたり香を焚いたりと儀式の準備をしているようだ。

 息を殺して見ていると、女は踊るように動き始める。

 いや、あれは踊っているのだ。

 女は何かの儀式めいた踊りを、時に激しくそして緩やかに、時に祈るように舞った。 

 時間にして十数分程度、彼女は一人で踊り続けた。そして、袖で蝋燭の火を消すという手品じみた動きの後、女は静止すると膝に手を置き肩で息をした。

 どうやら、『儀式』は終わったようだ。

「終わったか?」

 空き地の反対方向から、明希が現れた。

 どこかで引っ掛けたのか、木の枝や枯れ葉が髪にくっついている。

 明希はその場を動かずに、手に持ったライトで女を照らす。

 ライトの強力な光が、女の顔をはっきり見せる。

「環、出て来てくれ」

「動かないで! 七海!」

 あたしは背中の獲物を取り出すと、空き地に飛び出した。

 明希の登場には驚かなかった女——バー『プラム』の店主七海はあたしを見てギョッとしたように固まった。

「そ、それ、備品?」

「私物!」

 あたしが両手で構えた猟銃を見て、明希も固まっていた。

「あのガンロッカー、本物だったのか」

 明希は青くなりながら、つぶやいた。

「猫の寿命は二十年ぐらいなの! あのまま明希が猫のままだったら! 考えただけでも嫌! あなたの事は絶対に許さないんだから!」

 あたしは、決意を込めてコッキングレバーを引いた。

 死神めいた音を立てて、撃針の準備が整う。

「ちょ、ちょ、ちょっと待って!」

 七海が真っ青になって、叫んだ。

「アタシが何したっていうの」

「七海、君は魔女だな?」

 明希が、かろうじて冷静さを保った声で言った。

「この辺りの人間を猫にして、高崎兄妹がこの山を売却するのを妨害しようとした」

「アタシは知らないわよ!」

「じゃあ、ここで何をしていた?」

 明希は、ツカツカと七海に近寄った。

「ここは私有地だ、まさか山菜でも取りに来たのかね?」

「踊ってたのは認めます、儀式もしてました」

 七海は、不貞腐れたように答えた。

「でも、アタシは犯人じゃないわ」

「そうかい、その割に私が猫になった時は随分と冷静だったじゃあないか?」

「それは……」

 七海が言葉に詰まって俯いた。

 沈黙があたりを支配する。

「……一ついい?」

 しばらく俯いていた七海は、諦めたような顔でいった。

「何だ?」

「環に銃をしまわせて」

 明希は無言であたしに近寄ると、そっと肩に手を置いた。

「環……」

「明希……」

 明希は、優しく銃を下すように促した。

「ここは狩猟禁止区域だ、もう少し離れて撃とう」

「うん」

 あたしは、ゆっくりと銃を下す。

「いや、撃つ前提かよ!」

 七海が叫んだが、あたしは無視して慎重にレバーを解放すると弾を抜いた。

「マジで撃つつもりか」

「もう少しで、恋人の犯罪をもみ消すために君の墓穴を掘る羽目になったんだ、自白してもらおうか」

 七海は信じられない、と言う顔で額に手をやった。

「本気なの?」

「本気さ、ここでいわないなら江津子さんに聞いてもいい」

 それを聞いて、七海は肩を落とした。

「そこまで分かってるなら、仕方がないわ。アタシが犯人よ」

「ここは君たち、魔女の集会場だな?」

「よく分かったわね? いや知ってるから来たのよね」

 七海は軽く肩をすくめた。

「高崎のお婆さん、高崎美津子さんそれに江津子さんの三人とも魔女だね?」

「そう、ここは亡くなった高崎のお婆ちゃんの好意であたし達が使っていたの、いい人だった……」

 ふと疑問を感じて、あたしは質問した。

「孫の江津子さんは魔女なのに、娘の松本善子さんは魔女じゃないの?」

「善子さんには素質が無かったって、お婆ちゃん嘆いてたわ。」

 七海はどこか懐かしむような顔で、答えた。

「もっとも、たまたまだけどお嫁に来た美津子さんが魔女だったんで、運が良かった、いいお嫁さんが来たってお婆ちゃん大喜びだったわ」

 どこも後継者不足だ。

「あと、魔女はみんなお団子必須なの?」

 ついでなので事件とは関係ないが、素朴な疑問を聞いた。

「それはヒミツよ」

 七海は笑ってはぐらかした。

「ともかく高崎のお婆さんが亡くなった後は、美津子さんが事実上の管理者だったので、ここは問題なく使えていたが……、買収話が降って湧いた」

 明希が逸れていった話の軌道を、修正する。

「そこで、あの野々村が登場したと」

 七海はしょうがない、とつぶやいて続けた。

「あの役人がしつこいから、いっそアイツをどうにかしようと思ったけど」

「流石に足がつくと?」

 七海がうなずくのを見て、明希が続きを引き取った。

「事件前に、しつこい役人に負けそうになっている父親を見て、江津子さんが、勘違いしてここが売られそうだと、君に連絡を取ったんだろ?」

「そう、昨日の夜に美津子さんから連絡が来てようやく勘違いだって分かったの」

 とはいえ、町中で猫騒動が起きてしまった後だ。

「流石に勘違いで、猫騒ぎを起こしたのは悪いと思ったけど、みんな戻ったからいいでしょ?」

 七海はあっけらんと笑った。

「流石にすぐにはアタシの仕業とバレないと思ったから、満月の儀式に来たんだけど」

「君の店、満月の夜だけ休むから、今日中にカタをつけないと、と思ってん来たんだ」 

「一回ぐらい飛ばしても、問題ないから休めば良かった」

 七海は、ドヤ顔の明希を恨めしげに見つめた。

「所で、なんで明希を猫に? 本当にランダムなの?」

 あたしは七海に疑問をぶつけた。誰でもいいなら、明希を外してもいいじゃない、知らぬ仲でも無いし。

「狙ったわよ」

「何ですって!」

 あっさり答える七海に、あたしは怒りのあまり、ふたび猟銃を構えそうになった。

「ちょ、ちょっと待って、だって。明希をしばらく動けなくしないと、すぐにバレるじゃない! すぐに戻すつもりだったわよ」

「だそうだ、環、銃を下ろそうな」

 必死で銃を押さえながら、明希が言った。

「とにかく、環、帰ろう」

「あの役人だけ猫にすればいいじゃやない! もうー!」

 あたしの雄叫びは、満月に吸い込まれて行った。

エピローグは同時更新です。

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