九 猫の取引
猫騒ぎはひとまず落ち着いた。しかし、犯人の目的すら検討も出来ない。
明希達は犯人に迫れるのか?
翌日、あたしと明希は、市役所の応接スペースで、件の役人と対面した。
対応に出て来た野々村という課長は、慇懃無礼を絵に描いたような男だった。
灰色というか鼠色のスーツ、メガネに七三分けの髪。絵に描いたいうより、まるで漫画の中から抜け出して来たような、存在自体が冗談みたいな男だった。
「高崎さんの先代——つまり高崎美善様からは、確かに当方への売却を、お望みとのお返事を頂いております」
高崎家の山について質問すると、野々村は資料を見る事もなくペラペラと話し始めた。
「交渉記録みたいなものはありますか?」
「ございます」
言を左右にするかと思いきや、いきなり即答されたのであたしは虚を突かれた格好になった。
「見せてくれ」
パクパクと次のセリフを探していたあたしに変わって、明希が言いたい事を言ってくれた。
「大変申し訳ございませんが、私の一存では開示いたしかねます」
見せられない。という一言を、慇懃無礼に変換し直したお答えだ。
「いたしかねる、か」
「大変申し訳ございません。なにぶん個人情報を取り扱う関係上の処置でございまして、当方といたしましても……」
「結構、次の質問に移ろう」
明希は役人の長広舌を遮った。彼の趣味に付き合う必要は無い、という事だろう。
「高崎美善さんの息子さんと娘さん——信吾さんと善子さんは、売却の意思はありませんね?」
「大変残念な事ですが、すでに売却のご意思を先代……」
「現在の地権者からは、同意が取れていない。違いますか?」
あたしも明希に習って、役人の話を遮った。話の長い奴は嫌われるぞ。
「ええ、確かにそうですが、プロジェクト全体としては先代のご意思を尊重してお話を進めたいとご説明を……」
「道路の計画はいつからです?」
「え?」
あたしの質問がよほど意外だったのか、役人は口を半開きにして絶句していた。
「道路の計画ですよ、ここ数年じゃないでしょ? いつから始まっています?」
ついイライラして、責めるような口調になってしまった。
「あ、少々……少々お待ちください」
慌てた野々村は、机の書類をばら撒きながら目当ての資料を探し始めた。
「来意は連絡していたはずだが?」
「ええ、はい、伺っております」
明希の嫌味に、野々村はさらに焦りながら資料を探す。
あらかた書類を床にぶちまけると、野々村は稟議書らしき書類をあたし達に示した。
「これによりますと、計画が市長承認されて議会に提出されたのは二十年ほど前です」
「二十年!」
あたしと明希の声がそろった。
それはいくら何でも、昔過ぎでは?
「道路計画自体はですね、ニュータウンの造成と同時に始まったのですが、なにぶん地権者が複数いまして……」
誰に向かって言っているのか、役人はクドクドと言い訳をし始めた。
「どうにか、二年前に地権者がまとまったルートが設定できまして、ちょうどそこに高崎様の山がありまして」
「つまり、美善さんにお話をしたのは?」
あたしは、畳み掛けるように聞いた。
「亡くなる数ヶ月前です」
そりゃ、家族の誰も聞いていないはずだ。
そして、おそらく売却の意思云々も、うまく進める為に野々村が創作した物だろう。
市役所に来る前から疑ってはいたが、資料ひとつ見ないでペラペラと経緯を話し始めた時点で疑いは確信に変わっていた。それに野々村は、資料を丸暗記できるほど優秀そうには見えないし、現に道路計画の開始時期も覚えてなかった。
「最後に一つ、あんたも猫になったのか?」
「え? いえ私は……なってないです」
「失礼した。関根君、帰るぞ」
困惑した野々村を置いて、あたし達は市庁舎を出た。
「何なの? 最後の質問?」
あたしは運転席に座りながら、明希に聞いた。
「念の為に聞いたのさ」
明希はニヤニヤしながら続けた。
「さて、今晩は空いているか?」
「そりゃまあ?」
同棲してるのに、何いってるんだか。
「じゃあ、署に戻ったら、仮眠だ」
「仮眠?」
怪訝な顔のあたしに、明希は告げた。
「今晩、犯人を逮捕するぞ」
プレビュー版はここまでです。
コミケから一ヶ月後にWEB版として更新します。
次回は1/29月曜日の8時更新予定です。