表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
櫻雨-ゆすらあめ-  作者: 弓束しげる
◆ 一章七話 至純の涙 * 元治元年 九月
95/212

囮の一本釣り任務

「もう、土方さんってば。さっさと成果を上げろって言う割には、変なところで悠長なんだからなぁ」


 玄関先で随分待たせることになった沖田と愁介は、しかし退屈した様子もなくひたすら雑談を交わして、時も忘れていたようだった。


 なのに斎藤が現れ「小言を食らっていた」と言い訳をした途端、沖田は案の定笑い半分で非難めいた言葉を口にするのだから、調子がいいものだと思う。


「でも、やっぱり斎藤さんにお任せして正解でした!」

「どうだかな……沖田さんが行ったほうが、早々に煙に巻いて退室できたんじゃないかと思わないでもなかったが」


 辟易したてい(ヽヽ)で答え、斎藤は沖田の反対隣にいる愁介に目を向けた。


「ひとまず、土方さん曰く『断る口実がないし、足を引っ張らなければ同行は構わない』ということでしたので」

「ありがとう、斎藤。まあ、オレが足を引っ張ると思われてるのは心外だけど!」

「土方さんって、愁介さんの立ち合い一度も見たことないですもんねぇ」


 あご元に手を添え、沖田はゆるく首をかしげてぼんぼり髪を揺らした。


「近い内、愁介さんがいらしてる時に土方さんを道場にでも引っ張り出してみます? 最近忙しい忙しいと、夜中か早朝に一人で素振りばかりしているようですし、土方さんも腕が鈍っているかもしれませんし!」

「いいね、オレは望むところだ!」

「やめて差し上げてください。沖田さんも。今、土方さんが本当に忙しいのはわかっているだろう……」


 呆れ交じりに苦言を呈せば、二人は残念そうに顔を見合わせ、苦笑いを交わす。


「さて、じゃあこれからどうする?」


 そうして屯所を発ち、三人並んで歩き出すと、愁介が弾んだ声を上げながら、間に挟んだ沖田越しに斎藤の顔を見上げてきた。


 沖田も同様に斎藤の腕を軽く叩き、「聞き込みです? 探索です? それともぶらり散歩にします?」と――やはり遊びに行くかのようだ。


「……何故、二人ともこちらに訊くんです」


 半眼を返すと、二人は「だって」「ねえ?」と示し合わせたように小首をかしげた。


「逆に訊きますけど、斎藤さん。私達に道筋任せていいんですか?」

「四条の河原町か烏丸(からすま)辺りの菓子屋に行っちゃうと思うけど、いいの?」

「……そうですね。そこに河上彦斎(げんさい)がいるのなら」


 端的に答えれば、二人は「いますかね!」「いや、わかんないよ!」と声を立てて笑った。今さら頭痛を覚えたところで、どうしようもない。


 斎藤は深い溜息をこぼし、「菓子屋巡りはともかく」と小さく首を横に振った。


「四条辺りの人通りの多い場所で、まず聞き込みをするのは悪くないとは思います。あてもなく歩いていたところで仕方がありませんし、河上のこれまでの襲撃現場も、そういった人混みからわずかに一筋逸れた小道で、というのが多いようですから」

「ほらぁ、やっぱり斎藤さんに訊いて正解だったじゃないですか」

「ねー」


 軽やかな足取りで進んでいく二人に、斎藤は後ろからついて歩こうと足を引きかけた。


 が、その直前で愁介が「ただ、それはそれとして」とわずかに表情を引き締めて再び斎藤を見やる。


「宿場町の辺りは探索しなくていいの? 野良で潜んでるって話もあるけど、肥後や長州贔屓(びいき)の宿や商店に(かくま)われてるんじゃないかって話もあるよね」

「ああ……そういう話もあるようですが、それらの宿や何かに踏み込むとなると、御用改めでもしない限り相手も『匿ってます』とは答えてくれないと思いますよ」


 答えて、斎藤は視線を前方に向けた。


「潜伏場所に当たりがついているならともかく、下手に一軒一軒回ろうものなら、回っている内に店同士で情報が行き渡って、みすみす逃がすことにもなりかねません」

「それもそうか」

「知らない内に逃げられるのが一番嫌ですよね。こちらが無駄足を踏むだけになりますし」


 視野の端で、沖田が唸って肩をすくめる。


「まあ、土方さんが私と斎藤さんをご指名の時点で、私達の役目ってやっぱり『探索』じゃなくて『囮』だと思いますから。程々に目につくよう動いて、おびき出すしかないんじゃないですかねぇ」

「ああー、総司が最初に言ってた『一本釣り』って、そういうことか」


 ここへ来てようやく理解が至ったらしく、愁介が納得の声を上げた。


 そんな会話を聞きながら、斎藤は改めて歩調をゆるめ、後ろに下がる。そうしてそっと、背後から、注視しない程度に二人を眺めた。


 これまでも二人が共にいるところには度々遭遇しているが、このように観察する機会は滅多に持てなかったため、ある意味で好機だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ