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櫻雨-ゆすらあめ-  作者: 弓束しげる
◆ 一章七話 至純の涙 * 元治元年 九月
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違和感のある人付き合い

「……土方さんとは別の意味で、気味の悪い人だな、と見ているのが正直なところですね」


 敢えて包み隠さず、あけすけに答えた。いつもながら抑揚のない声だが、今においては、内心で抱えている戸惑いはできる限り隠さず口に乗せた。


 すべて打ち明けられずとも、嘘は言わず。


 そのために、わずかに片眉を上げた土方に正面から視線を返す。


「私は、人の純粋な善意というものを信じない性質(たち)です。善意の裏には何かしら下心があるほうが自然ですし、あるほうが健全だろうとすら思っています」

「ああ……そうだな。それには同意する」

「ですが、愁介殿にとっての『下心』が何なのか、まったく見えないのが気味悪いのです」


 きっぱり言えば、土方は神妙に口をつぐんだ。それでも斎藤から視線を逸らすことはしなかったので、促されるまま言葉を続ける。


「もちろん、垣間見える時もあります。池田屋の折には、会津の動きが間に合わないと判断したからこそ単身でも様子見に来たのでしょうし、先日の建白書の一件では、今の会津と新選組の間で面倒事を起こしている場合ではないからこそ仲介を引き受けてくださった」

「確かになァ。会津侍としちゃ、良くも悪くも柔軟が過ぎるが」

「ええ。ただ、だからこそ……愁介殿と沖田さんの関係だけは、とても奇妙に見えます。友情なんて曖昧なものを『下心』とするには、沖田さんは新選組に、愁介殿は会津に、それぞれ立場があまりにも偏りすぎている。そこが理解できない二人ではないと思えるからこそ、『下心』が見えないことに、強烈な違和を感じます」

「……そうだな。それも、同意する」


 土方は皮肉げに口元を歪め、あごを引いて視線を下げた。


 土方も土方で、沖田を幼い頃から知っていればこそ、余計に同様の想いが強くあるのだろう。敢えて口に出すことはしないが、土方と沖田が互いを兄弟家族のように思っていることは、普段の様子から見ても明らかだ。しかしそんな土方からして、やはり愁介に対しての沖田の言動だけは今一つ納得がいっていないらしい。


 今も、酷くゆったりと腕を組む仕草から困惑が隠せず窺えた。


「土方さんもご存知の通り、私は沖田さんと同室ですから……ある程度は互いの機微も目に付きます。だから今回も、私自身が動くのでなく、山崎さんに頼ってしまったのですが」

「ああ……」

「とにかく、見極めたいのです。愁介殿が、どういう存在なのか。少なくとも、今のこの気味の悪さが解消されるまでは」


 斎藤が話し終えると、土方はわずかに目を細めた。それは微笑みのようでもあったし、何かを探るような視線にも感じられた。


「……愁介のこともそうだが、お前には総司の奴を気にかけといてもらえると助かる」


 いくつかの呼吸を重ねた後、おもむろに土方が口を開いた。


「沖田さんを、ですか?」


 またも想定外の言葉を、つい反復する。


「斎藤、お前の言うこたァもっともだ。同時に『違和感がある』のは、愁介だけじゃなく総司もだろう。俺も似たような違和感はずっと抱いてる。だから……同室のお前に頼むのが一番手っ取り早いだろ」

「それは……具体的に、どう気にかけておけば良いでしょうか」


 斎藤は小さく首を傾けて伺いを立てた。


「言っても、方法は様々ですよね。単純に様子を見ておけばいいのか、愁介殿が近付きすぎるのを阻止すればいいのか……後者の場合、気付かれると一気にへそを曲げられると思いますから、正直できれば辞退させていただきたいのですが」

「はは。あいつはへそを曲げると面倒くせぇからな」


 土方はおかしそうに肩を揺らして笑った。それから明らかに穏やかに視線をゆるめ、仕事だ任務だという雰囲気とは打って変わり、身内を気にかける年長者、といった表情をてらいなく浮かべて口元をほころばせる。


「別にあいつを疑う気なんざこれっぽっちもねぇから、様子を見てるだけでいい。実際、あいつは近藤さんを裏切ることだけは絶対にしねぇからな」

「それは……私も、そう思います」

「ただ、愁介が関わると、俺でも総司が何を考えてやがるのかほとんど読めなくなる。見たまんま、ママゴトを楽しんでるだけってんならそれでもいいが……とりあえずお前から見て何かしら引っかかることがあれば、教えてもらいたい」


 過保護に思わないでもないが――引っかかること、と言われて、不意に副長室へ来る前のことを思い出した。気のせいかもしれないが、これまで一度も見たことのないような、冷めた視線を向けられていたこと。


 けれど斎藤は一瞬開きかけた口をつぐみ、あごを引いて首肯を返すことで誤魔化した。


 気になるといえば間違いなく気になる表情だったが、あれが何なのか、まったく意味も理由も理解できていない状態では、報告も何もないだろう。挙句勘違いでした、となれば目も当てられない。


「承知しました。では、改めて行って参ります」

「ああ。頼んだ」


 一礼して、ようやく腰を上げる。


 何だかんだと四半時(三十分)は話し込んでしまった気がして、部屋を出る前に斎藤は「土方さん」と後ろを振り返った。


 文机へ向かおうとしていた土方は、半端に体をかしげて「あ?」とあごを上げる。


くどくど(ヽヽヽヽ)とお小言を食らっていたことにしますから、ご承知くださいね」

「……まあ、それしかないだろ。お前の都合のいいようにしろ」


 斎藤が軽く頭を下げれば、土方は諦めたように口をへの字に曲げ、肩をすくめていた。

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